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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
34/73

「カラの街」4

「まったく、不愉快な奴だ」

 ジャミルが無事に街へ入るのを、向かいの山森の草陰から見届けたアシュリーは、頬を膨らませながら不満に言葉をこぼした。

「街に着けば休めると言いながら、こんな場所でお留守番とは」

 木に寄り座るアシュリーは、下草をぶちりぶちりとむしりやると、パッと辺りに撒き散らした。

 苦い臭いが鼻を突く。

「ここまで文句も言わずに歩いてきてやり」

 草むしりに飽きたか、今度は錦糸のような艶髪を長い指にいじくりながら、アシュリーは遠視の演算で街を歩くジャミルの動きを追った。

「腹を空かせば鹿やら兎やら狩ってやって食わせてやったというのに」

 ジャミルは通りを外れて階段を降りると、途中の赤屋根に姿を遮られたが、またすぐに踊り場に現れると、右に左に頭を巡らし道を探して歩いていく。

「いっそ派手に暴れてあやつに泡を喰らわせてやろうか……うん?」

 一人の兵士がジャミルを窺うように、建物の影から顔を出しているのが見えた。ジャミルが道を進むとこの兵士も移動して物影に潜み、そこから再びジャミルの様子を窺い始めた。

「ほれ、言わんこっちゃない」

 明らかな尾行だった。ジャミルの身の危険となればアセリナとの約束がある。派手に暴れてやるのも一興かと口許を緩めたが、そこでアシュリーはジャミルに言われたことを思い出し、不快にその顔を歪めた。

「一緒に入らんで、どうやってお前を護れというのだ」

 街への同行拒否に文句を上げるアシュリーに、ジャミルはわざとらしく驚いてみせ、実に不愉快な台詞を吐いたのだった。


「伝説の竜なんだろう? そのぐらい出来ないのか?」


「不愉快だ」

 アシュリーが苦り切った言葉を吐き捨てている間に、ジャミルは目的の場所に着いたのか、家の戸を叩いていた。その姿は当然尾行する兵士にも見られている。

「そのぐらいとは言ったものだな」

 厄介な奴め、という内心の毒づきに、アセリナとの約束が意外に面倒なものであったことに気付かされたアシュリーは、苛立ちにまた哀れな草葉をぶちぶちとちぎり出した

 約束を果たせなかったとなれば己の沽券に関わる。自分は「竜」であるのだ。しかし、ジャミルの挑発をまったく無視してやるのもしゃくである。

「ええい、不愉快だ」

 アシュリーはしばらくぶちぶちとやっていたが、途中でふと手を止めると、急にニヤリと笑い出した。

「――そうか。目立たなければよいのだったな。少し欠点はあるがあの方法なら――」

 手にした草を放り捨てて立ち上がったアシュリーは、空を見遣り風を読み始めた。

「なかなか難しい風だな」

 意識を集中するとアシュリーの目には風が文字列に見えた。エーテルの原式である。この式が森羅万象の自然現象を発生させており、これを読み解き任意に修正を加えることがエーテル技術の基礎であり、その真髄であった。

 式を読み解くアシュリーの目には、尾根に巻き吹く風の風向、風速、風力の目まぐるしい変化が見えていた。

「よし……着地はあの辺りにしておくか」

 斜面にひしめく街の赤屋根の間隙に、やや広めの踊り場があった。そこを見定めると、アシュリーは七色に輝く演算の帯を身体にまとわせ始めた。演算はやがて背中から脚にかけてその動きを凝縮させる。風がアシュリーの周囲に逆巻き始めた。

「もう少しか……」

 アシュリーは飛ぶ気だった。圧縮された空気の爆発を推進に空を飛ぼうというのである。滞空中は風に軌跡を乱されるため、アシュリーは注意深く風の変化を演算の推力計算に合わせながら、タイミングを見計らった。

「……今だ!」

 木々の梢が葉を散らした。

 重く低い爆音に葉煙はけむりを巻き上げたアシュリーは、しかし飛び上がると同時にその姿を消していた。

 演算の帯が刷毛のようにその身を撫でると、空に馴染むように身体が透けた。加速が終わり、滞空状態になる頃には完全にその姿は見えなくなっていた。

(やはり何も見えん)

 感覚は風圧に軋む肌音(はだおと)だけで、視界は暗闇に閉じていた。

 アシュリーは透過の演算を使用していた。光を屈折させて対象の後ろに光を流すのである。目は光の反射に対象を捉える。光が当たらなければ反射もせず視覚できない。つまり透明になるのである。これならば目立つことなくジャミルの側に隠れて、いざというときに恩を売ることが出来る。ジャミルの驚く顔を浮かべると自然に笑みがこぼれた。

(しかし視界がな……目だけは解いておくか)

 しかしこの演算には欠点があった。全ての光を流してしまうと、自分の目にも光が当たらず、何も見えなくなってしまうのである。

 アシュリーは目にだけは光が当たるようにした。するとどうだろう。二つの眼球だけが空を飛んでいる不思議な光景が現れた。幸い高く飛んでいるので小さい眼球は目立たなかったが、街に降りれば異様な光景であることは疑いない。

(まあ、着地までだ)

 着地すれば音の反響で周囲を知覚する演算も使える。

 アシュリーは高速に流れる風の文字列を読みながら、微修正を加えつつ着地点の踊り場へと飛んでいく。

 残りニ百ムルーナほどの距離でアシュリーは減速を始めた。演算で空気を前面に集めていく。計算では二階から飛び降りた程度の速度で着地出来るはずだった。


(――なぬ?)


 着地まで十ムルーナ。

 踊り場に人が通った。

「あ、いかん」

 鈍い衝撃が走った。

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