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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
33/73

「カラの街」3

「入ってよし」

 戻ってきた若い衛兵が短くそう告げると、その男は愛想よく笑い、背中の荷を揺らしながらカラの街門をくぐった。

 街門の高さは五ムルーナほどある。門上には(やぐら)を備え、門の左右からは立てた丸太を並べて造った高さ四ムルーナほどの街壁が街を巡っていた。丸太は火を防ぐために厚く泥が塗られ、壁の外側には逆茂木が植えられている。山賊などの襲撃を恐れての防備であった。

(意外とすんなり入れたな)

 門下の影を抜けると、斜面に列をなす赤屋根の家並みが男を迎えた。

 男の黒髪は旅塵にくすみ、灰がかっている。やや削げた頬には無精髭が散っていた。着ている外套だけは毛皮作りの比較的上等なものだったが、裾に覗ける革靴は泥に汚れ、容貌とともに長旅の労苦のほどを見る者に感じさせた。

(あの若い衛兵、まだ見ているな)

 この男――ジャミルは背中に感じる視線に気付かないふりをしながら、道を進んだ。

(まあ、怪しまない方が不思議だろうな)

 ジャミルは自分の詭弁を思い返して苦笑する。


「鹿の角ですよ。それと毛皮」


 カラの街に着いたジャミルは、立ちはだかる門衛にそう言って荷袋を開いた。鹿の角は薬として珍重される。その広い山林に多くの鹿が生息するエダ山地は、鹿の角の産地として有名な土地であった。

「戦争のおかげで猟師も買い手がないで困っていると思いましてね。いや、随分と良い値で取引させていただきましたよ。危険を冒した甲斐はあったというものです」

 街に手配が及んでいることを予想したジャミルは商人に扮装しての進入を試みた。実際は扮装というより、森を抜ける間に付いた汚れを利用しての設定である。

 二人いた門衛は袋の中身の鹿の角と毛皮を手にして顔を見合わせた。迷いがある。それを感じ取ったジャミルは内心に自分を笑った。

(もともとはこれが俺の本職だからな。それとも、この薄汚れ具合が真に迫っていたのかな?)

 二人の門衛はやや揉めたようだが、やがて若い方の門衛が街の中へ走っていった。上官に判断を仰ぐつもりだろう。


「入ってよし」


 そして結果、たいした取り調べも受けることなくジャミルは街に入ることを許されたのだった。

(人の通りはないな。……あんなのにいられちゃ無理ないか)

 大通りの左右には商店や旅籠が軒を並べていたが、そのほとんどが戸を閉めていた。人影もわずかだ。その中でざわめきが行く手から聞こえてくる。駐屯部隊のものだろう、いくつものテントが通りの先の広場に見えた。兵士がそのテントの間をせわしなく動き回っている。

(解体しているのか? 移動するつもりだな……)

 兵士たちがテントを引き倒している。多くの馬匹が集められ、そのいななきが聞こえてくる。

(近付かないのが無難だな。裏から行くか……)

 ジャミルは通りを左に外れ階段を下った。

 建物の隙間にある狭い階段は影に光を遮られ、足を踏み入れたジャミルの肌をすっと冷ます。切り取られた視界に見上げた空は、光量を絞られて一層に青味を深く増した。

(行商人に戻った感じだな)

 階段を一段降りるたびに背の荷の重みが肩に食い込む。

(いつかまたこうした生活に戻れる日があるのか……)

 踊り場まで降りると建物の影が途切れ、陽射しが再びジャミルを熱した。眩しさに目を細めたジャミルは左右を見回し道を探す。

「こっちだったかな……」

 ジャミルは行商に幾度かこの街を訪れていた。そのため面識のある人間が何人かいる。捕縛の危険を冒してまでこの街に入ったのは、彼らから情報を手に入れるのが、まず一つ目の理由だった。

「フォルクネの情勢が分かるといいんだが……」

 ジャミルの家族は反乱軍がフォルクネを占拠した際に、そこに人質として留め置かれていた。そのため、ジャミルはまず家族の救出を優先したいとアシュリーに訴えた。すると彼女は自分の胸に手を当ててこう答えたのだった。

「私の魂は不滅だ。その容れ物となったこの身体もな。私には永遠の時間がある。些少の寄り道など構いはせんよ」

 しかし、そこでアシュリーは口許に笑みを含み、ジャミルを制するように続けた。

「ただし私に期待するなよ。お前の家族がどうなろうと、私にはまったく関係のない話だからな」

 日溜まる通路を歩き、今度は階段を上がると、街道に面する建物の裏手に出た。

(そう言う割に邪魔はしたがるのだから、本当にタチの悪い性格だよな)

 下段の屋根の上に木板を張って設けられた狭い通路は、足を進めるごとにギイギイと音を鳴らす。左手に青い山麓を見晴らすと眼下の赤屋根の反射がきらきらと目に跳ねた。眩しさに上げた顔は西に流れる浮雲を見る。

 ジャミルの心中には懸念ばかりが浮いていた。

(おとなしく待っていてくれるといいけれど)

 ジャミルはごねるアシュリーを街の外に置いてきていた。それというのも、彼女はとにかく目立ち過ぎるのである。

 その誰もが振り返らずにはいられないだろう美貌は、なんらかのエーテル技術を使っているのか旅の汚れをすべて斥け、常にほのかな金彩をまとって妖しい煌めきを放っていた。それはいくらフードで顔を隠しても抑え切れない、強烈な美貌であった。

 そんなアシュリーを連れて街に入るのは、たとえジャミルが追われる身でなくとも、それだけで騒ぎを生む恐れがあった。そのためあれこれ言いくるめて街の近くの森で待ってもらうようにしたのだ。

 しかし、この短い期間にジャミルが知り得た範囲では、アシュリーがこのような懸念を意に介する性格であるとは到底思えなかった。そのためアシュリーの自尊心をうまく刺激する言い方をしてみたのだが……。

「不安だ」

 ジャミルは自分の独りごちに、思わずため息を漏らした。

 そのとき上からざわめきが聞こえた。広場の下辺りにまで着いたようである。そこでジャミルは立ち止まる。

「ここだったかな」

 扉が前にある。勝手口だろう、幅狭く、特に装飾もない無骨な木の扉である。見上げると四階ほどの高さを持つ、黒材を多用した堅牢な建物だった。

「さて、これが売り物になるかな……」

 呟きに背の荷を軽く担ぎ直すと、ジャミルは扉に下げられた呼び(かね)を強く叩いた。

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