「復活」1
勇敢なるフォロクレス
汝は立ちて人々の長となった
勇敢なるフォロクレス、人々にかく告げる
竜の世に生まれし人々よ
汝らは頭を垂れし奴隷なり
汝らは太陽の至高を知らず
汝らは大地の豊饒を知らず
竜の輝ける魂の黄金と
腐り果てし肉の漆黒を知るのみ
我が名はフォロクレス
人の子なり
竜の子にあらず
汝らは如何ん?
勇敢なるフォロクレス、応じて立つ者を見る
冷徹なるエパミノンダス
熱情のデマデス
秀麗なるフリュネ
博愛のクラウディア
不敵なるアルキビアデス
不屈のクレオン
六者、相立ちて、相叫ぶ
我らは人の子なり
竜の子にあらず!
皆、人々に讃えられし賢者なり
勇敢なるフォロクレス、賢者を率い
黄金に輝ける漆黒の竜を討つ
賢者の智恵は竜を裂き
竜は賢者をことほいだ
我は不要か
我は不要か
汝らは汝らの時を謳歌せよ
なんぞ祝福せざらんか
人の世の始まりを
竜はついぞ封じ込まれ
黄金の魂は闇に沈み
漆黒の肉体は光に消ゆ
竜を制し七賢者
人々にかく告げる
聞くがよい
この喜びに満ちたる風声を
見るがよい
この輝きに満ちたる天土を
竜は去る
もはや何を畏れようか
汝らは汝らの主なり
歓呼万声に渡り、欣喜四海を伝う
竜の世は終わった
人の世が始まったのだ
「人の世の始まり」より
馬車の車輪が小石を踏む度に、荷台に積まれた麦穂が揺れた。
「おっとっと」
痩せ馬の引く馬車は、ゆっくりと家路を進んでいた。アセリナの隣で手綱を引くハンスは、身体を前にせり出して馬に向かって苦情を付ける。
「おいおいカルロ。そんなに揺らしちゃ、かわいいローラが起きちまうぞ。泣かせてから後悔したって遅いんだからな」
ハンスの苦情に痩せ馬カルロはちょっとだけ目を遣ると、すぐにぷいと前を向いて、変わらず馬車を揺らし続けた。ハンスが困った奴だと肩をすくめると、ローラを抱くアセリナはそんなハンスに微笑み返す。
「なあローラ、聞いてくれ。カルロの奴は、お前が泣いても構いはしないらしいぞ」
丸いお顔に赤いほっぺの赤子のローラは、ハンスの愚痴など聞きもせず、アセリナの腕の中ですやすやと眠っている。
「かわいいなぁ」
それを見るとハンスの顔が自然にほころんだ。
「しかし、今年は本当に豊作だなぁ。全部刈り取るのに何日掛かるやら」
遠くに見える麦畑は落日に染まり、夕風が赤金の穂波を揺らしていた。二人の乗る馬車の前後にも麦穂を満載した馬車が並び、斜め射す茜色を浴びて、伸びる長い影と共にガラガラと道を進んでいく。
秋風は徐々に冬枯れの気配を伝えてきていたが、赤く絞られた夕日は暖かくアセリナの顔を撫でた。
「相変わらずの痩せ馬だな、ハンス。日暮れまでに帰れるのかい?」
痩せ馬カルロののんびりした足の運びに、後ろに付いていたショーレンの馬車が横に並んだ。
「それともなんだい? 美人の奥さんとかわいい子供に恵まれた幸せを、俺に見せつけようって魂胆かい? かーっ、羨ましいねぇ」
「おうともよ。生唾垂らして羨ましがれ」
ショーレンのやっかみを笑い飛ばして、ハンスはアセリナの肩を抱くと、アセリナの唇をすっと塞いだ。
「あーあー、やってられないねぇ。早く帰って古女房の顔でも拝むとしますか」
ショーレンは馬に一打ちくれると、ハンスの馬車を追い越していった。
アセリナがハンスの胸を押す。
「……もう、いいでしょ?」
夕日よりも赤く火照ったアセリナの顔に、ハンスはアセリナの艶やかな黒髪を掻き撫でまわした。そんな両親のやり取りに、ローラは健やかな寝息で母の袖を掴むのであった。
「さてさて、日暮れまでに家に帰れるかね、カルロさん」
ハンスの皮肉にもカルロは動じず、その歩みを変えることなく、のろのろと進む。
麦畑の向こうに広がる森林に、卵のような太陽が滲み潰れていく。
「……ん?」
森と麦畑の境界に黒い影が動くのをハンスは見た。夫の様子にアセリナが振り向く。
「どうしたの?」
森から現れた影は見る間に数を増し、麦畑に分け入って来る。太陽の最後の斜光に影がキラリと光った。
それは槍の穂先だった。
「急げ、カルロ!」
ハンスがカルロに鞭を打つ。にわかにカルロの足が速まった。
槍を携えた影は、ますますにその数を増やしていく。
ガタガタと一層激しく揺れる馬車に、アセリナはローラを強く抱きしめた。