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黄金の竜  作者: ラーさん
第一章「黄金に輝けるもの」
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「魔女の森」7

 暗視の演算を使用していたアセリナの目は、敵の放った閃光に完全に視力を奪われていた。

 残光に眩む視界の向こうから、枝葉を踏み折る足音の接近が聞こえる。

(しゃがめ!)

 アセリナが声に応じて身を屈めると、空を裂く音が熱風と共に頭上を通り抜けた。敵が前にいる。次撃の及ぶ前に素早く演算を開く。相手の位置がわからないので、アセリナはめくらに爆風を打ち放った。

(暗視が裏目に出たな。網膜が焼けたか?)

 アセリナは目を擦ったが、白い残光が染みのように広がる視界は元に戻らない。暗視は光を集める演算である。通常の数十倍もの光を目に受けたアセリナの視力は、簡単に回復しそうにはなかった。

(しかし、あの術士の顔、どこかで見た記憶がある。殺し損ねた奴でもいたのかね?)

 自分を知っているということは、そういうことであろう。しかし、そんなことに思いを巡らせている余裕など、今のアセリナにはない。アセリナは声を無視し、反響の演算を周囲に放った。耳に聞こえぬ音波の反響で物の位置を把握する演算である。動きの素早いものを捉えるのには不向きであるが、木々の位置を察知するぐらいならば何の不都合もない。

(賢明だな。しかし、すぐには終わらなかったな)

 声の皮肉にアセリナは顔を苦くしたが、視力の回復を待たねば満足に戦えない。今は隠れるしかなかった。森の奥へと駆け出す。


 そのとき、異様なエーテルの動きを感じた。


(この匂いは……まさか!)

 何かが猛烈な速度で馳せてくる。熱風が背後に触れた。


 殺意。


 背筋を走り抜けた悪寒に振り向いたアセリナは、この殺意を打ち消すように、でたらめに爆炎の演算を放った。

(久しいな……この香り!)

 爆炎の焦気しょうきに混ざって鼻を突いたのは、うじが湧くほどに腐り果てた死肉が発する強烈な腐臭だった。

「あれは……何?」

 わずかに視力を取り戻し始めたアセリナの霞んだ視界にそれは見えた。明々と燃え落ちる木々を背景にそれは浮かんでいた。


 炎の蛇。


 演算をまとわないこの不可思議な炎は、本物の蛇の如くに鎌首をもたげると、アセリナへ向かって襲い掛かった。






 眼前に広がる焦熱しょうねつの光景に舞い飛ぶ炎の蛇を見て、ワザンはエミリアの炎のイメージが蛇であることを知った。

 竜の血は意識、無意識を問わず、使用者のイメージを具現化する。おそらくエミリアには、炎のうねりが蛇の動きに通じているのだろう。

 炎の蛇を意のままに操るエミリアに、ワザンは思わず顔をほころばせた。

「いいセンスだ」

 エミリアの操る蛇は、その頭を何本にも枝分けて、魔女の周囲を巡りながら、立て続けにその身に噛み付こうとする。魔女はその攻撃を呆れるほどに素早い演算の連続で回避しているが、その足は完全に止まっていた。

 ワザンはたもとから竜の血を取り出し、その瓶の蓋を開ける。腐臭と共にほとばしる漆黒の竜の血は、見る間にその色を輝かし、闇を焦がすほどの金色のまばゆさに変貌していく。

 ワザンの頭上に黄金に光り輝く球体が浮いた。人の背丈の五倍近くもの直径を持つその球体は、触れた木々を燃やしもせずに黒い炭へと変えていく。それは三十年前にワザンの脳裏に焼き付いた、黄金の火球のイメージだった。

「借りは返すぞ、金色の魔女!」

 黄金のほむらとなったワザンの意志が、魔女へと向けて放たれた。






「遅すぎやしないか……?」

 夜は徐々に深みを増し、ささやかなランプの灯りだけが、部屋の陰影を映している。寝台に横たわるジャミルは、虫の音の囁きしか届かない静寂の中で、アセリナが戻るのを待っていた。

 アセリナが食事を用意しに部屋を出てだいぶ経つ。最初は調理に時間が掛かっているのかと思ったが、耳を澄ましても炊事の音は聞こえない。まるで誰もいないかのように、今この家はあまりにも静かに過ぎた。

「くっ……」

 芽生えた不審にジャミルは身を起こし、寝台の傍らに置かれたランプを手にすると、痛む脇腹をかばいつつ、壁伝いに手を付きながら、ゆっくりと部屋を出た。

「……なんだ?」

 廊下を途中まで進むと、何かが床の暗がりに落ちているのを、ランプの灯りが照らし出した。

「パン?」

 肉と青菜を挟んだパンが水とともに、盆の上に納まった状態で忘れられたかのように床に放置されていた。

「どういうことだ?」

 パンを掴み上げたジャミルはますます不審を強めた。食事は用意されここまで運ばれていた。ではアセリナはどこに?

 顔を上げたジャミルは、廊下の先に月光の射し込みを見た。開け放たれた扉が、夜風にかすかに揺れている。それは外への間口のようだった。

「外?」

 間口をくぐり外へ出る。そこでジャミルが見たのは、森の奥にぼんやりとする赤い光の揺らめきだった。

「あれは……火か?」

 痛みに浮かぶ脂汗を拭うジャミルがそう呟いたとき、森の奥から太陽よりもまばゆい黄金の輝きが放たれ、夜闇が一瞬姿を消した。

 爆音と共に膨らんだ光が瞬時に引くと、明々と燃える森が黒煙を巻き上げて、夜空を赤く焦がし始めた。

(戦闘? まさか……)

 明らかに演算を駆使した戦闘だった。こんな森でそんな戦いが起こる理由など、ジャミルには一つしか思い付かなかった。

(……敵は想像出来る。じゃあ誰が戦っている?)

 状況から他に答えなどないとわかっていても、ジャミルはその問いを浮かべずにはいられなかった。

 不安と焦躁に駆られたジャミルは、歯痒いほどに弱々しい足取りで、燃え上がる森へ向かって一歩ずつ足を進めた。


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