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黄金の竜  作者: ラーさん
第一章「黄金に輝けるもの」
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「魔女の森」6

「がっ」

 音もなく忍び寄ったアセリナに、突然のどを掴まれた兵士は、その首から白い煙を噴き出すと、アセリナが手を離したと同時に木の枝のように細くなった首を押さえ、その場にうずくまった。骨と皮だけになった喉には血も呼吸も通わない。兵士は濁った表情でしばらく悶えると、やがてそのまま動かなくなった。

「どうし……」

 数歩先を走っていた兵士が後ろの異変に気付いて振り向いた時には、アセリナの風刃の演算がその頭部を跳ね飛ばした。吹き出す血も見えぬ暗闇に、膝突き倒れる音だけが響く。

 アセリナからは敵の動きが瞭然と見えていた。目に施した暗視の演算は、月と星のわずかな夜の光を集め、昼間と変わらぬ視力をアセリナに与えていた。

「まだ二人……」

 呟くアセリナの目は、三人固まってこちらに向かってくる、次の敵の姿を捉えていた。

(さて、次はどう料理する?)

 アセリナは演算を描くと、それを地面に走らせた。演算はスルスルと三人の足元へ滑っていく。

(なるほど。面白い使い方だな)

 演算が足に触れた瞬間、凝縮した風の槍が、音もなく下から上に、三人の鳩尾みぞおちの急所を貫いた。

「ぎゃあぁぁっ!」

 悲鳴が上がった。発動のタイミングを誤ったか、演算の風槍は最後尾の敵兵の急所を外し、その脇腹をえぐり落としただけだった。

(焦り過ぎだな)

 笑う声にアセリナは唇を噛んだ。否定の余裕もないアセリナは、脇腹を押さえもがく敵に近付き、止めの演算を放とうとする。

 そこに悲鳴を聞いて駆け付けた敵兵が現れ、アセリナと目が合った。

(焦り過ぎだと言ったろう?)

 敵兵は長剣を鞘抜きに放つ。アセリナは演算を向ける。剣撃が空を切り、アセリナの風槍が敵兵の胸を貫いたとき、その末期の叫びを打ち消すほどの大音声が鳴り響いた。


「行くぞ、金色の魔女!」


 アセリナの身体が過敏に反応した。大声の方向に顔を向けると、演算をまとった長衣の男がこちらを見て、笑った。

(私を知っている?)

 アセリナの驚きが生んだ一瞬の隙は、その演算の解読を怠らせた。

「しまった!」

 演算の放つまばゆい閃光が、その視界を白に染めた。






 払われた闇にエミリアが見たのは、惨劇の上に返り血ひとつなく立つ女の姿だった。

(この女が……魔女?)

 振り向きに黒髪を舞い揺らす白面の美貌に、思わず息を呑んだエミリアは、しかし魔女の足元に広がる凄惨な光景に、かぶりを振って切り掛かった。

 閃光が絶え、視界が暗転する直前、エミリアの炎熱の剣閃が魔女のいる場所に向けて放たれた。

 しかし剣閃は赤い尾を引き、闇を裂いただけだった。

「下だ、エミリア!」

 ワザンの声が飛んだ。魔女はエミリアの攻撃を屈んでかわしていた。エミリアが二撃目を振り下ろそうとしたとき、演算の明滅が眼前に広がった。

「あっ!」

 猛烈な突風を受け、後ろに数回転飛ばされたエミリアは受け身をとって素早く体勢を立て直す。だが追撃は来ない。エミリアが目を凝らすと、影に身を沈めた魔女が目を押さえながら、木々の隙間に退いていく姿を認めた。

「逃すな! 竜の血を使え!」

 ワザンが駆けてくる。エミリアは懐から「竜の血」の入った瓶を取り出した。エミリアは魔女を追って走り、瓶の蓋を開く。


 ――思いのまま、ということだ。


 ワザンの言葉が脳裏に浮かんだ。


「私の意志に従え、竜の血よ!」


 エミリアの言葉に漆黒に蠢く液体は、強烈な腐臭を放ちながら噴水の如き勢いで闇に飛び散り、幾条もの紅蓮に爆ぜる炎の蛇に姿を変えた。演算の術式を伴わずに動く炎の蛇は、木々を焼き裂き魔女へ向けて走っていく。

(これが、竜の血の力?)

 エミリアは自分の意識が蛇と共に空間に拡がっていく不思議な感覚に囚われていた。

(神はこうして世界に意志を伝えるのか……?)

 エミリアの感慨が蛇との共振を強くする。もはやエミリアの意識は蛇そのものとなって、逃げる魔女に追いすがり、その喉笛を目掛けて牙を剥いた。


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