「魔女の森」5
闇に影が走った。影は木々の隙間に射し漏れる月光をわずかに乱し、踏み折る枝葉の音に森の静寂をさざめかせた。
木に登ったアセリナは暗視の演算を目に施し、集音の演算を耳に当てながら、小屋を巡るように展開する侵入者の動きを探っていた。
「……多いな」
数は二十人ほどか。偶然、森に迷い込んだ人間の数ではない。何より家屋の存在を認めた上で、これを囲むように動いている。明らかに目的を持ってこの森に侵入している人間の動きだった。
(どうやら、お前の想い人をさらいに来たようだな)
せせら笑う声にアセリナは顔をしかめる。しかしそれは事実だろう。ジャミルの言っていたエルナンという奴かベルトランという奴かはわからないが、今この森に集団で侵入する理由はジャミル以外にありえなかった。
(ちょうどいいのではないか? あいつらに始末を付けてもらえば、秘密は守られ万事丸く元通りになるぞ?)
声の言うことは確かだった。ジャミルを見捨てればそれですべて終わる。一方で助けるのならば力を使わなければならない。それは侵入者の全滅を意味した。しかもそれはジャミルに気付かれる前に済まさねばならない。
アセリナの思考に声が嘲った。
(秘密を守るつもりなら、想い人であっても、消さねばならなくなるからな)
「黙れと言ったはずよ」
頭に響く声を一言で斥けると、アセリナは侵入者の全体の位置を確認し、一番手近な場所を走る相手に向かって木から飛び降りた。
「すぐに終わらせるわ」
アセリナは自分の弱さを知りながら、それでもその決断を下した。声は笑う。
(まあ、頑張りたまえ)
アセリナは音もなく森の底闇を馳せていく。
右前方の暗闇から悲鳴が聞こえた瞬間、ワザンは夜襲が失敗したことを悟った。
夜陰に紛れて背後に兵を回しつつ、正面から攻撃を仕掛け魔女を家からおびき出す。その隙に家に侵入し、まずはジャミルを仕留める算段だったが、機先を制したのは敵の方だった。
ワザンは木影の間隙にわずかな演算の明滅を見た。その光は魔女の目の周囲を照らしている。ワザンは魔女が光を操ることを思い返し、その可能性に気付かなかった自分に苦く舌打ちをした。相手は伝説の魔女だ。こちらには理解できない方法だろうが、暗闇に光を集め視力を確保するぐらいのエーテル技術は持ち合わせていても、なんら不思議ではない。
「敵にはこちらが見えている」
後ろに走るエミリアにそう告げると、ワザンは立ち止まった。エミリアはそのまま走り抜ける。ワザンは演算を開いた。
「行くぞ! 金色の魔女!」
再び悲鳴が上がった。しかしその断末魔もワザンの上げた大音声に掻き消された。魔女がこちらに振り向く。ワザンは笑みを浮かべた。次の瞬間、ワザンの展開した演算が強烈な閃光を放った。