「出会い」7
その河原に倒れていた数体の死体の内にジャミルのものがなかったことに、ワザンは疑念を覚えた。そしてそれは、人を引きずったような跡が森に向かって伸びているのに気付いた後、確実な懸念となってワザンの判断を慎重にさせた。
ワザンはエミリアの報告を受けた後、急ごしらえに数艘の筏を作らせると、夜が明けてからジャミルの捜索を始めた。筏に乗って河の上流から下流に向けて捜索を展開し、エミリアがエルナンと戦闘した場所からしばらく下ったところで、複数の死体が打ち上がっている河原を見付けた。
「獣にでも引きずられたか?」
エミリアの言葉にワザンは賛同しなかった。それは他の死体が鳥にこそついばまれていたが、大型の獣に喰い荒らされた痕跡がなかったことからも明白だった。
「確認の必要はあるが……引きずられていったのがジャミルであるという確証はない。下流を捜索しにいった部隊の報告を待とう」
「待つのですか?」
エミリアは不可解そうな顔でワザンを見た。
「納得いかんか?」
「報告待ちの間に森の捜索をした方が効率的です」
顔色も窺わず毅然と意見を述べるエミリアに、ワザンは何から話そうかと思案気に顎髭をしごいた。
「お前はフォルリという国を知っているか?」
何の話かとエミリアは怪訝な様子で頷いた。
「五百年ほど前にこの地にあった王国でしょう?」
「では、何故滅んだ?」
エミリアの脳裏にフォルリ滅亡の伝説が浮かんだ。
「金色の魔女の話ですか? 七日七晩でフォルリを灰燼に帰したという……」
「それだ」
ワザンは続けて問う。
「七日七晩にしてフォルリを滅ぼした魔女は、七日目にどこに消えた?」
話の意図を読み切れないエミリアは、困惑の表情でワザンの顔を見つめる。
「魔女は深い森に消えた。それがここ、魔女の森だ」
エミリアの呆れた顔にワザンは微笑を誘われた。自分の懸念の正体が五百年前の伝説にあるなど、誰も思いはしないだろう。特にエミリアのように頭のよい若者にとっては。かつて自分がそうであったことを思い出したワザンには、口もとが緩むのをこらえることができなかった。
笑みをごまかすようにワザンは顎髭をいじると、少し切り口を変えて詩を吟じ出した。
「……魔女が右手を揮えば蒼き森は燎原となり、左手を振れば白亜の街は瓦礫となる。フォルリの王は立ち上がり、英雄たちが群れ集う。金色の魔女よ、我らが怒りと嘆きをその身に受けよ! 英雄たちは拍車を打って金色の魔女に打ち掛かる……」
ワザンの詩を引き継いでエミリアが吟じ出す。
「……而して万の騎士の鉄槍は、赤く爛れ屑となり、万の射手の剛弓は、風に巻かれて地に落ちる。魔女が歩み吐息を漏らせば、死神は地を払い、幾万の英雄も魂を奪われ、屍山血河の塚となる。もはや魔女の前に立つ者亡く、かくして七日七晩にしてフォルリの栄華は灰となる。やがてフォルリを看取りし金色の魔女は深き森へと姿を消した……でしたか? ワザン殿は魔女がまだこの森に居るとでもお思いなのですか?」
「悪いかな?」
エミリアの疑義にワザンは悪戯好きの子供のような笑いをこぼす。
「馬鹿馬鹿しい。あれは伝説でしょう?」
エミリアの当然の反応にワザンは次の話を始めた。
「少し昔話が必要だろうな。あれは私がお前ほどの歳の頃だ……」