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黄金の竜  作者: ラーさん
第一章「黄金に輝けるもの」
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「出会い」3

 女はアセリナと名乗った。森の中にあるこの家に一人で住んでいるらしい。近くの河原にジャミルが倒れていたのを偶然見つけ、助けてくれたのだそうだ。どうやらジャミルは爆風に飛ばされ、河に流されていたらしい。

 アセリナは口数の少ない女だったが、よく働く女だった。動けないジャミルの食事に着替え、傷の手当て、体拭き、果てには排泄の手助けまで世話をした。その甲斐あってかジャミルの傷は日増しに良くなり、目を覚ましてから三日、ジャミルは支えがあればベッドから立ち上がれるほどまでに回復していた。

(あの矢傷がこんなに早く……)

 アセリナはこの辺りの森で採れる薬草は傷によく効くからと言っていたが、それにしても目覚ましい効果だった。

「痛うっ……」

 ベッドから一人で立ち上がったジャミルは、脇腹から伝わる鈍い痛みに顔をしかめた。

(痛いが……堪えられない痛さじゃない)

 壁に手を付きながら二歩三歩と歩く。思った以上に足が怠け、力の入らないことにジャミルは苛立った。

 ジャミルは焦っていた。

(もう五日も経っている……)

 目覚めるまでに二日、目覚めてから三日が過ぎた。もはや生きているものとは思われていまい。エルナンの言葉が頭にあるジャミルは、早くその言葉の真実を確かめに行かなければならなかった。

(まさに呪縛だな……)

 エルナンの言葉はどんな演算よりも確実にジャミルの行動を制御していた。それを深く自覚していても、なお抗い難い力を持っていた。

「あっ」

 怠けた足を慣らそうと、とりあえず扉まで歩いてみようとしたジャミルは、途中で壁に手を付き損なって体勢を崩し、顔から床に突っ伏した。

「ジャミルさん!」

 大きな音にアセリナが駆け付けて来た。手に芋とナイフを持ち、長い黒髪を後ろ髪に結いまとめたアセリナは、どうやら食材の仕込みをしていたようだった。

「大丈夫ですか!」

 常にない慌てた声で呼び掛け、身体を揺さぶるアセリナに、ジャミルは顔を床に伏したまま動かなかった。無理して身体を動かした末に一人で転ぶなどあまりに恥ずかしく、上げる顔がなかったからだ。

「ジャミルさん――」

 アセリナの声はだんだん普段の澄んだ声音など微塵も感じさせない、悲痛な響きを帯びてきた。

「……大丈夫、大丈夫だから」

 さすがに悪いと、痛む顎を押さえながらようやく顔を上げたジャミルが見たのは、アセリナの目尻に光る涙だった。今度はジャミルが慌てた。

「ご、ごめんな、心配かけて」

 アセリナはすっかり虚脱したのか、尻餅を付いて長く息を吐き下ろした。

「――よかった」

 ジャミルが何より不思議だったのは、アセリナの介抱にただの親切以上のものを感じることだった。

 立ち上がろうとするジャミルにアセリナが肩を貸そうとする。その黒髪のかんばせが鼻先にそよぎ、その白いうなじが目に飛び込むと、ジャミルは思わずアセリナから身を引いた。

(だあーっ! 女が初めてだって訳でもないだろうに、どうしたってんだオレは!)

 顎の痛みも傷の疼きも、心臓の早鐘にどこか消えてしまっていた。

 ジャミルはアセリナに感謝していたが、それ以上に戸惑っていた。ここまでの親切を受ける理由がわからないからだ。

(そういうことなのか? でも何だってこんな美人がオレなんかに――)

 ジャミルは自分の脈打つ心臓を手で押さえた。自分の身体のこの反応の意味することは分かっていたが、それに素直になるには、アセリナという女は謎が多過ぎた。

(だいたいこんな若い女性が、なんでこんな森の中に一人で暮らしてるんだ?)

 時折、独り言を呟くのは一人暮らしが長い証拠であろうが、その理由を尋ねても、困った顔で黙り込むだけだった。

(それにあの表情)

 また、よくアセリナはジャミルの顔をじっと見てくることがあった。

 懐かしさと愛しさと淋しさが織り交ざった、せつなげな表情で。

 そんな時はジャミルはすっかりまいってしまい、見られるに任せてただ落ち着かずに視線を彷徨さまよわせるしかなくなってしまうのだった。

(……タダより高いものはないって親父にどやられそうだな)

 そう教え込まれ生きてきたジャミルには、どうしても抱く好意より警戒の方が大きかった。

「どうされました?」

 色々と思い巡らしたジャミルはアセリナが自分を真っ直ぐに見ているのに気付いた。ジャミルは照れ笑いに頭を掻いた。

「い、いや、このくらい一人で立てないと。早く動けるようになりたいからね」

 まさかうなじに恥じらったなどとは言えず、半分は本音と言える言い訳を口にしたところ、アセリナに毅然と言い返された。

「まだ無理です」

 結局ジャミルはアセリナの肩を借り、鼻腔をくすぐる香りと腕に触れる柔らかい肌にどぎまぎしながら、ベッドへと連れ帰された。

 アセリナはベッドに落ち着いたジャミルを例のせつなげな表情で見つめ、身をよじらせて居心地悪そうにしているジャミルに向かって、おもむろに口を開いた。

「……何か理由があるのですね?」

 恥ずかしさに気を取られ、一瞬何を聞かれたのかわからなかったジャミルだったが、アセリナが重ねて尋ねる前にその質問の意味を解した。

「傷の回復も待てないほどに早く戻らなければならない理由があるのですか?」

 ジャミルは表情を暗くし、さっきまでの浮ついた心を沈めた。重い息が漏れる。

「理由ね……まあ、話すと長くなるんだがね」

 ジャミルはそう呟くと、この数ヶ月のことが脳裏にありありと思い出された。

「――自分でも最近知ったことなんだが、オレの出生ってのがちょっと複雑でね……いや、その前に五年前に起きたこの国のゴタゴタの方が直接の原因かな……」

 やがてそれらがこぼれるように、ジャミルは今までのことをぽつぽつと語り出した。

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