新宿、某飲み屋にて。
【同窓会のお知らせ】
3年3組で同窓会をやることが決まりました!
参加したい人はこのメッセージにリアクションお願いします!期限は8月5日までです!店の予約をする関係で、この期限は厳守でお願いします!
ちなみに二次会はカラオケに行く予定です。オールできる人はオールしましょう!
あとで飲み屋のアンケート取るので、そっちの投票もお願いします。
いらっしゃいませー、と威勢の良い声が響く。ガチャガチャと、ジョッキが運ばれてくる音が耳を刺激した。
『それでは、3年3組の再会を祝して!』
誰かがそういうと、皆は一斉にグラスを掲げて乾杯をした。カクテル、ビール、ソフトドリンク。カラフルな液体の数々が目に映る。僕はウーロンハイの入ったジョッキを手に取り、隣にいる"彼"に声をかけた。
『よっ、久しぶり』
軽さを演出した口ぶりをしているが、その実心臓の鼓動は少し速い。僕は手汗をかいた手のひらを隠すように両手を組んだ。思えばこの日をずっと待っていたような気がする。自然な流れを装って、彼の隣に座ることに成功したのだ。この時間を無駄にはしたくない。
彼は柔らかな肩を揺らし、大きな瞳をこちらに向ける。
『久しぶりだね』
そう言って笑う。その笑顔があまりにも変わらなくて、僕は思った。ああ、そういうところが好きだったな。
『そういえばお前いま何してるの?』
さりげない会話の誘導。話しやすい人とは、自然と会話を引っ張っていくものだ。いつかどこかでそんな話を聞いた気がする。
彼はごく普通に答える。
『俺は普通に会社に就職して働いてるよ。とりあえずなんとかなってる』
『そうなんだ。何系?』
『公務員だよ。市役所で働いてる』
『え、試験受かったの?すげぇじゃん!』
自然な流れで相手を褒める。まるで彼をエスコートできているようで気分がいい。彼は照れたように笑って髪の毛を触った。高校時代から変わらない癖。それに気がついているのはきっと僕だけだ。ささやかな優越感が胸を満たす。
『でも、やっぱり勉強することも多いし、大変だな』
『そうなの?あんま無理すんなよ。お前頑張りすぎるとこあるし』
『よく言われる』
その目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。当時の白い肌はそのままに、血色の悪さが目立っている。僕が一緒にいればそんなふうにはさせないのに。一緒にいてあげられれば、心配できるのに。
『おーい、次何飲むか決めたか?注文するぞー』
溌剌とした声がテーブルを超えて聞こえてくる。皆はもう最初の一杯を飲み終わっていた。僕と彼のジョッキだけは、中身がほとんど減っていない。
僕は緊張しているだけだが、彼のペースも普通よりは遅かった。
『酒、あんま得意じゃない?』
さりげない気遣い。こういうところが後々肝になってくるのだ。
彼は申し訳なさそうに笑っていう。
『うん、実は。だからサワーしか飲めないんだ』
『じゃあ、次はソフトドリンクにすれば?』
『うん、そうする』
彼は素直にそう言った。僕の一言で、彼の選択が変わる。その事実がなぜだかたまらなくて、胸がきゅうっと締め付けられる。
彼は注文用の端末をいじっている。液晶を滑る、白く長い指。コーラ、カルピス、オレンジジュース。子供のようなラインナップを覗く彼がなんだか可愛くて、眺めているだけで堪能感が溢れ出てきた。
衝動のままに、僕はわざと端末のページを変える。
『うわ、間違えた。これ子供用メニューじゃん』
『ほんとだ』
この居酒屋は家族で楽しめることをコンセプトにした、一風変わった店だった。子供用に食べやすくカットした焼き鳥、メジャーな枝豆、フライドポテトの盛り合わせ。親しみやすさを出すために、その皿はカラフルに彩られている。頼めばおもちゃが付いてくるらしい。
僕の中にどうしようもない好奇心が湧いた。止まらないそれは、そのまま口に出る。
『…頼んでみる?』
『ええ?』
『なんか、懐かしくない?こういうの。おもちゃももらえるらしいし、安いじゃん』
『でも、俺たちの年齢で頼めるのかな』
『頼めなかったらその時考えればいいだろ。ほら!』
僕は勢いだけで注文ボタンを押す。注文完了。その文字が表記された途端に僕は焦り出した。勢いだけで注文してしまったが、なんてことをしたのだろう。こういう時はちゃんと合意をとったほうがいいに決まっている。順序を間違えた。
『お待たせいたしました。お子様セットです』
店員がやってくる。お盆に乗せられたそれはちんまりとしていて、成人した男性が食べる量としては明らかに足りない。
店員は何一つ疑問を抱かない顔でこちらに聞いてきた。この店は接客指導がよくなされている。
『こちらのおもちゃをお選びいただけます。いかがなさいますか?』
差し出された箱の中を二人で覗く。中には大小様々なおもちゃが入っていた。水鉄砲、けん玉、ステッキにティアラ。
『どうする?』
彼が聞いてくる。彼はそもそも受け取るかどうかを迷っているようだが、僕はそれを隅に置いて、どれが一番彼に似合うかを考え始めていた。
『じゃあ、これで!』
そう言ってが手に取ったのは、宝石のついた小さな指輪だった。サイズがミニマムなそれは、どう考えても僕の指にははまらないだろう。
途端に悪い考えが浮かんできた。
『へえ、そういうの好きなんだ』
彼は僕が指輪を選んでも笑ったりしない。それは僕が一番よくわかっていた。彼は優しいのだから。
『なんというか、一周回ってオシャレじゃん?いま平成が流行ってるらしいし』
『そうなんだ』
それっぽい言い訳を並べてみる。
彼は目の前に置かれたお子様セットを食べ始めた。
『結局食べるのかよ』
『だって、頼んだからには食べないと』
そう言って彼は咀嚼を続ける。大人になった彼が、子供用の食事を食べている。それだけでずくりと胸が疼く感覚がした。
これだ。これが見たかった。
なんだか嬉しくなって、僕は端末を操作してビールを注文する。カルピスとビール。並んだ二つのドリンクは、なんだか全てがあべこべだった。
どうか、陽キャな誰かがこの瞬間を隠し撮りしていて、それを僕にだけ渡して欲しい。そんな思いすら湧いていた。
布越しに太ももが触れ合っている。肩が触れ合う。体温が伝わるたびに、体の熱が上がってゆく。
石鹸のような香りが鼻腔を漂う。彼の香りだ。あの時からは少し変わった、大人の匂い。
『ごめん、水とってきてもいい?』
この店の水はセルフサービスだ。そして、彼は内側に座っていて、僕が通路側に座っている。本来なら僕が取りに行ったほうが楽に済むはずだ。それでも優しい彼は、自分が水を取りに行こうとしているのだろう。
『わかった。』
そういって僕は席を立つ。彼は席を外した。
チャンスだ。そう思い立ってから行動に移すまでに、そう時間はかからなかった。
先ほど手に入れた指輪を手に取る。プラスチックでできた陳腐なそれは、今の僕には何十倍の価値があるように思えた。
彼の小さなバッグに手を伸ばす。その内側の隅、見えないような小さなポケット。そこに一つ、忍ばせて。
『おかえり』
『ただいまー』
彼が帰ってくる。僕は何食わぬ顔でそれを迎え入れた。
外に出ると、湿気を纏ったぬるい風が皮膚を撫でた。
飲み屋の熱気でかいた汗が引いていく。
『それじゃあ、二次会カラオケ行く人!』
誰かの酔っ払ったような掛け声に、元クラスメイトたちは口々に答える。
僕は彼に声をかけた。
『お前はどうする?二次会』
『俺はやめとこうかな。明日仕事だし』
『そっか』
ぞろぞろと集団は移動していき、駅についた。路線が反対側の僕たちはここでお別れだ。
『ねえ』
『ん?』
最後に一つ、僕は聞いた。
『お子様セット、美味しかった?』
彼は少し面食らったように笑って答える。
『うん、美味しかったよ』
『ならよかった』
胸が満たされていく。
あの瞬間は、きっと僕しか見ていない。
僕しか知らない。
『じゃあ、また』
『うん。またね』
そう言って僕らは別れた。
少し進んだ後、振り返る。
何も知らない彼のカバンは歩みに合わせて揺れていた。
僕は祈る。どうか、彼が思い出す僕は今日の瞬間でありますように。




