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3/3

新宿、某飲み屋にて。

【同窓会のお知らせ】

3年3組で同窓会をやることが決まりました!

参加したい人はこのメッセージにリアクションお願いします!期限は8月5日までです!店の予約をする関係で、この期限は厳守でお願いします!

ちなみに二次会はカラオケに行く予定です。オールできる人はオールしましょう!

あとで飲み屋のアンケート取るので、そっちの投票もお願いします。

いらっしゃいませー、と威勢の良い声が響く。ガチャガチャと、ジョッキが運ばれてくる音が耳を刺激した。



『それでは、3年3組の再会を祝して!』


誰かがそういうと、皆は一斉にグラスを掲げて乾杯をした。カクテル、ビール、ソフトドリンク。カラフルな液体の数々が目に映る。僕はウーロンハイの入ったジョッキを手に取り、隣にいる"彼"に声をかけた。


『よっ、久しぶり』


軽さを演出した口ぶりをしているが、その実心臓の鼓動は少し速い。僕は手汗をかいた手のひらを隠すように両手を組んだ。思えばこの日をずっと待っていたような気がする。自然な流れを装って、彼の隣に座ることに成功したのだ。この時間を無駄にはしたくない。

彼は柔らかな肩を揺らし、大きな瞳をこちらに向ける。


『久しぶりだね』


そう言って笑う。その笑顔があまりにも変わらなくて、僕は思った。ああ、そういうところが好きだったな。


『そういえばお前いま何してるの?』


さりげない会話の誘導。話しやすい人とは、自然と会話を引っ張っていくものだ。いつかどこかでそんな話を聞いた気がする。

彼はごく普通に答える。


『俺は普通に会社に就職して働いてるよ。とりあえずなんとかなってる』

『そうなんだ。何系?』

『公務員だよ。市役所で働いてる』

『え、試験受かったの?すげぇじゃん!』


自然な流れで相手を褒める。まるで彼をエスコートできているようで気分がいい。彼は照れたように笑って髪の毛を触った。高校時代から変わらない癖。それに気がついているのはきっと僕だけだ。ささやかな優越感が胸を満たす。


『でも、やっぱり勉強することも多いし、大変だな』

『そうなの?あんま無理すんなよ。お前頑張りすぎるとこあるし』

『よく言われる』


その目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。当時の白い肌はそのままに、血色の悪さが目立っている。僕が一緒にいればそんなふうにはさせないのに。一緒にいてあげられれば、心配できるのに。


『おーい、次何飲むか決めたか?注文するぞー』


溌剌とした声がテーブルを超えて聞こえてくる。皆はもう最初の一杯を飲み終わっていた。僕と彼のジョッキだけは、中身がほとんど減っていない。

僕は緊張しているだけだが、彼のペースも普通よりは遅かった。


『酒、あんま得意じゃない?』


さりげない気遣い。こういうところが後々肝になってくるのだ。

彼は申し訳なさそうに笑っていう。


『うん、実は。だからサワーしか飲めないんだ』

『じゃあ、次はソフトドリンクにすれば?』

『うん、そうする』


彼は素直にそう言った。僕の一言で、彼の選択が変わる。その事実がなぜだかたまらなくて、胸がきゅうっと締め付けられる。

彼は注文用の端末をいじっている。液晶を滑る、白く長い指。コーラ、カルピス、オレンジジュース。子供のようなラインナップを覗く彼がなんだか可愛くて、眺めているだけで堪能感が溢れ出てきた。

衝動のままに、僕はわざと端末のページを変える。


『うわ、間違えた。これ子供用メニューじゃん』

『ほんとだ』


この居酒屋は家族で楽しめることをコンセプトにした、一風変わった店だった。子供用に食べやすくカットした焼き鳥、メジャーな枝豆、フライドポテトの盛り合わせ。親しみやすさを出すために、その皿はカラフルに彩られている。頼めばおもちゃが付いてくるらしい。


僕の中にどうしようもない好奇心が湧いた。止まらないそれは、そのまま口に出る。


『…頼んでみる?』

『ええ?』

『なんか、懐かしくない?こういうの。おもちゃももらえるらしいし、安いじゃん』

『でも、俺たちの年齢で頼めるのかな』

『頼めなかったらその時考えればいいだろ。ほら!』


僕は勢いだけで注文ボタンを押す。注文完了。その文字が表記された途端に僕は焦り出した。勢いだけで注文してしまったが、なんてことをしたのだろう。こういう時はちゃんと合意をとったほうがいいに決まっている。順序を間違えた。


『お待たせいたしました。お子様セットです』


店員がやってくる。お盆に乗せられたそれはちんまりとしていて、成人した男性が食べる量としては明らかに足りない。

店員は何一つ疑問を抱かない顔でこちらに聞いてきた。この店は接客指導がよくなされている。



『こちらのおもちゃをお選びいただけます。いかがなさいますか?』



差し出された箱の中を二人で覗く。中には大小様々なおもちゃが入っていた。水鉄砲、けん玉、ステッキにティアラ。


『どうする?』


彼が聞いてくる。彼はそもそも受け取るかどうかを迷っているようだが、僕はそれを隅に置いて、どれが一番彼に似合うかを考え始めていた。



『じゃあ、これで!』


そう言ってが手に取ったのは、宝石のついた小さな指輪だった。サイズがミニマムなそれは、どう考えても僕の指にははまらないだろう。

途端に悪い考えが浮かんできた。


『へえ、そういうの好きなんだ』


彼は僕が指輪を選んでも笑ったりしない。それは僕が一番よくわかっていた。彼は優しいのだから。


『なんというか、一周回ってオシャレじゃん?いま平成が流行ってるらしいし』

『そうなんだ』


それっぽい言い訳を並べてみる。

彼は目の前に置かれたお子様セットを食べ始めた。


『結局食べるのかよ』

『だって、頼んだからには食べないと』


そう言って彼は咀嚼を続ける。大人になった彼が、子供用の食事を食べている。それだけでずくりと胸が疼く感覚がした。


これだ。これが見たかった。

なんだか嬉しくなって、僕は端末を操作してビールを注文する。カルピスとビール。並んだ二つのドリンクは、なんだか全てがあべこべだった。

どうか、陽キャな誰かがこの瞬間を隠し撮りしていて、それを僕にだけ渡して欲しい。そんな思いすら湧いていた。


布越しに太ももが触れ合っている。肩が触れ合う。体温が伝わるたびに、体の熱が上がってゆく。

石鹸のような香りが鼻腔を漂う。彼の香りだ。あの時からは少し変わった、大人の匂い。


『ごめん、水とってきてもいい?』


この店の水はセルフサービスだ。そして、彼は内側に座っていて、僕が通路側に座っている。本来なら僕が取りに行ったほうが楽に済むはずだ。それでも優しい彼は、自分が水を取りに行こうとしているのだろう。


『わかった。』


そういって僕は席を立つ。彼は席を外した。

チャンスだ。そう思い立ってから行動に移すまでに、そう時間はかからなかった。

先ほど手に入れた指輪を手に取る。プラスチックでできた陳腐なそれは、今の僕には何十倍の価値があるように思えた。


彼の小さなバッグに手を伸ばす。その内側の隅、見えないような小さなポケット。そこに一つ、忍ばせて。


『おかえり』

『ただいまー』


彼が帰ってくる。僕は何食わぬ顔でそれを迎え入れた。


外に出ると、湿気を纏ったぬるい風が皮膚を撫でた。

飲み屋の熱気でかいた汗が引いていく。


『それじゃあ、二次会カラオケ行く人!』


誰かの酔っ払ったような掛け声に、元クラスメイトたちは口々に答える。

僕は彼に声をかけた。


『お前はどうする?二次会』

『俺はやめとこうかな。明日仕事だし』

『そっか』


ぞろぞろと集団は移動していき、駅についた。路線が反対側の僕たちはここでお別れだ。


『ねえ』

『ん?』


最後に一つ、僕は聞いた。


『お子様セット、美味しかった?』


彼は少し面食らったように笑って答える。


『うん、美味しかったよ』

『ならよかった』


胸が満たされていく。

あの瞬間は、きっと僕しか見ていない。

僕しか知らない。


『じゃあ、また』

『うん。またね』


そう言って僕らは別れた。

少し進んだ後、振り返る。

何も知らない彼のカバンは歩みに合わせて揺れていた。

僕は祈る。どうか、彼が思い出す僕は今日の瞬間でありますように。

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