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陽の昇る国  作者: とのぶんつ
魔宝石試験編
7/7

第七話 王都パーリンズへ

 麗らかな風と優しい光を抱きしめようと芽を出す緑、北の草原(ノーザンミュウダン)の温かな空気の中、真冬のようにツンと張った緊張が小さく佇んでいる一軒家を支配していた。

「なるほど、どうりで浩宇(コウ)殿の魔力が枯渇している訳だ。」

 リビングの椅子に腰掛け、紅茶を啜りながらうんうんと頷く黒ウサギ。左胸に飾った王宮の紋章は金色に輝き、まるで糸をピント張ったかのように威圧していた。

 錦戸陽出(にしきど ひので)は肩をギュッと持ち上げながらお盆を抱える。

 テーブルを挟んで窓の縁に腰掛けながら、木剣倫吾(きつるぎ りんご)は鋭く黒ウサギを睨み続けている。

 浩宇が倒れて一ヶ月。王宮から試験官の依頼が届き続けていた。どうしようか困り果てていたところに突然この黒ウサギがやってきたのである。かなり部屋を荒らしながら。

「王宮の輩がなんで急に押しかけてくるんだよ、こっちからの返事は全部無視してきたくせに。」

 そう、王宮からの手紙に対し特に何もしてこなかったわけではない。浩宇が危篤であることを王宮宛に手紙を書いたり、直接門を叩きにいったこともあった。

 しかし、結果は全て不発。王宮へ出向いた際にはそのまま門前払いのありさまだ。

「そりゃそうでしょうよ、魔法直通便でしか王宮へ届きませんからね。」

 黒ウサギはティーカップに浮いた茶葉のかけらを揺すり、静かに皿の上に置く。

「賢者クラスの人間からひと月も返事がなければ使いが押しかけても何ら不思議ではないでしょうよ。」

 空になったティーカップを再度持ち上げ、縁を指先でなぞりながら笑う黒ウサギ。しかし、その眼は凍りついた血のように赤黒く、まっすぐと倫吾を見つめていた。

「本来であればこちらの“魔宝石試験”の試験監督として迎えにきたつもりですが……、この状況では患者を連れて帰ると言い換えた方が良さそうですね。」

 ティーカップを宙に浮かし、くるくると回転させる。

「待てよ、今だって街一番の医者に往診してもらってるんだ、連れて帰る必要なんかねぇだろ!」

 窓の縁から飛び降り、そのままの勢いでテーブルに乗り出す。黒ウサギは気にも止めずにモノクルを光らせ静かにため息をつく。

「今の治療はあくまで“維持”に留まっています。設備の整った王宮での治療が賢明でしょう。」

 赤黒い瞳はの奥には怪しく鈍い光が渦巻いていた。まるで、こちらを見下すかのように。

 倫吾と黒ウサギ、バチバチとした二色の赤い視線のぶつかり合いに耐えきれず、陽出はそっと浩宇の部屋の方に目をやる。ふと、いまだ目を開けることのない祖父のカラカラとした笑い声が脳裏に過ぎる。

「……王宮に連れて行かれた後、僕たちはおじいちゃんに会えるんですか?」

 消えゆく灯火のようにポツリと出た陽出の言葉に、倫吾が目を丸くして駆け寄る。

「おいヒノ!何言ってるんだよ!」

 陽出の肩を掴む彼の瞳は、赤く揺れ動いていた。陽出は静かに首を横に振る。

「おじいちゃん……、きっと今の状況辛いと思う。できることをしようって、倫吾、言ってくれたよね。」

 倫吾は奥歯を強く締め付けながらも頷くことができなかった。陽出はまっすぐと倫吾を見つめ優しく彼の手をおろした後、再び黒ウサギに目を向ける。

 黒ウサギは顎に手を当て、小さくゆっくりと頷く。

「まぁ、あくまで治療を目的としているのですから。面会の許可も降りるでしょう。」

 まだ納得のいかない倫吾は、一層瞳を揺らす。拳を強く握りすぎているのか、わなわなと小さな震えが溢れて止まらなかった。

「コイツを信用するのかよ、それに今だって往診もあるじゃねぇか。」

 震える倫吾の手を迎え、陽出はそっと両手で握りしめる。

「……それでも、王宮なら毎日おじいちゃんを診てもらえる。一日でも早く目を覚ますならそれに賭けたいよ、僕。」

 別に黒ウサギを信用したわけではない。ただ、王宮から届いた手紙から彼が現れたこと、少なくとも自分たちより遥かに魔法に長けた人物であること。

 今この状況を受け入れることで、助かるかもしれない祖父を見殺しにしたくなかった。

 陽出は大きく息を吸い、そっと目を瞑り頬を叩く。

「……おじいちゃんをお願いします。」

 頭を下げる陽出に黒ウサギは満足そうに微笑む。

「それでよろしい。では今度こそさようなら。」

 そう言って黒ウサギは浩宇をベッドごと浮かし、黒い煙に包まれながら消えていった。まるで、つむじ風のように一息つく暇も与えずに。

 ベッドひとつなくなったことで、有り余るほどの空間が生まれたような気がした。静かな鼻息も、浮遊する薬も、少し鉄の混ざった匂いも、まるで最初から何もなかったかのように。

 陽出も倫吾も、ただそこに立ち尽くすほかなかった。


 ――


 翌朝、まだ陽の登りきっていない時間から、二人は街へ続く汽車に揺られていた。汽車は煙を上げながらノーザンミュウダンを駆ける。窓の外に映る緑はその手を大きく広げて、陽の光の抱擁を受け止めているかのようだった。

「……こんな朝早くに行って追い返されないかなぁ。」

 陽出は外の景色を眺めながらぼんやりと口を動かす。

 昨日の一件もあり、すぐにでも様子を見に行こうと眠い目を擦りながら二人は駅へと向かった。王国の最北端にあるノーザンミューダンから乗ったからなのか、陽がうっすら顔を出し始めた朝早くだからなのかは不明だが、乗客は自分たち以外にはいなかった。

「王宮の御使いサマがあれだけ強引な態度だったんだ。追い返すんなら記者にでも告げ口してやるさ。」

 倫吾は手のひらを振り、鼻をヒクヒクさせる。悪びれない様子とは裏腹に、彼の尻尾は落ち着きなくバタバタしていた。

 ガタゴトと揺れる心に身を委ねながら、陽出は再び窓の外に目を向ける。気がつけば草原の向こう側に見えるカラフルな屋根の群れ。プロミネンス王国(この国)一番の大きな街、パーリンズが見えてくる。窓に額を押し付けながら、陽出は屋根の数を目で数える。心の片隅にあるモヤモヤから背けながら。


 ――


 まだひんやりとした冷たさの残るカフェテラスにて、二人は朝食をとっていた。

「ったく、こちとら賢者の身内だぞ?勝手に連れてった挙句ほんとに追い返すかよ。」

 焼きたてこんがり香るトーストにバターを乗せて、思い切り齧り付く倫吾。口いっぱいにスクランブルエッグを掻き込み、柴犬獣人でありながらリスのように頬を膨らませていた。

「まぁまぁ……、後で来てって言ってくれてたし良かったよ……。」

 ロールパンをちぎり、そっとベリージャムを乗せて口に運ぶ。口の中から広がる酸味に唇を尖らせ、ホットココアで流し込み白い息をもらす。

 駅から降りた後、二人は一目散に王宮へ向かったが、朝早くだからなのか門番には手のひらを向けられ回れ右をする他なかった。

 王都パーリンズ。太陽の国、プロミネンス王国に位置する活気あふれる大きな街。レンガの壁に囲まれ、色鮮やかな色彩の屋根で蓋をしたなんともメルヘンな風景だ。

「せっかくパーリンズまで来たんだし、キナリィさんにも挨拶に行かなきゃ。おじいちゃんを王宮にお願いしたって。」

 ふと倫吾の方に目を向けると口いっぱいにサラダを詰め込み、いまだに口を膨らませている仏頂面がそこにあった。

「ふふっ……、大丈夫だよ。キナリィさんのところ行ったらまた王宮行ってみようね。……ふっ。」

 懸命に笑いを堪える陽出をよそに、倫吾はごくんと音を立てながらむんと頷く。

 太陽は東の空から街を照らし、少しだけ花の香りが広がるような気がした。


 ――


「そうですか、王宮へ……。わかりました、念のため紹介状も用意しておきますね。」

 白衣の女性はメガネを掛け直し、万年筆を浮かせながらカルテに目を通す。

「すみません、せっかくキナリィさんにお願いしたのに。」

 陽出は少し俯きながら頭を下げる。

 キナリィの診療所へ足を運んだ二人は、無機質な診察室の中へと案内された。

 薬品や消毒液の臭いが辺りを漂い、倫吾は眉間に皺を寄せながら鼻を摘んでいる。そんな様子をクスクスと笑いながらキナリィは眼鏡を持ち上げる。

「いえ、所詮私は町医者な上に往診しかできない。王宮での診療を受けることは浩宇様の為にも最善ですわ。」

 穏やかに微笑むキナリィにそっと胸を撫で下ろす陽出。宙に浮く万年筆を手に取り、キナリィはサラサラと紹介状を書き始める。その様子を眺めながらふと、診察室の奥からうっすらと会話が耳に入ってくる。

 

「……浩宇様、今かなり状態が悪いみたいよ。」


「まぁ、今年の魔宝石試験ももうすぐなのに。王宮もどうするつもりなのかしらね。」


 聞こえてくる言葉がずしりと重たく心にのしかかる。

 キナリィが往診してくれていたのだ、当然診療所の中で噂になっていても仕方がないだろう。ただ、自分のせいで浩宇が汚されているようで胸が痛かった。

「大丈夫、ヒノのせいじゃない。」

 倫吾がそっと背中を撫でる。鼻を摘みながらも倫吾は静かに前を向き、耳をピクリと動かしていた。陽出は静かに頷く。

「はい、お待たせいたしました。こちらを王宮の方へお渡しください。」

 紹介状を綺麗に折りたたみ、封筒に包んでそっと魔法陣で蓋をする。渡された封筒は家に届いていたものと同じ、紙とは思えないほど固く頑丈な触り心地をしていた。

「それと……。詳しい事情はわかりませんが、浩宇様のこと、あまり気にしすぎないでください。いつでも力になりますから。」

 キナリィはメガネを触りながら優しく微笑む。大人びたその瞳からは温かな力強さを滲ませていた。

「……ありがとうございます、ほんとうに。」

 陽出は深々とお辞儀をして、倫吾と共に王宮へ向かった。陽の光はてっぺんへと向かい、街全体にきらめきを彩っていた。


 ――


 せっかくやってきた王宮は依然重く閉ざされたまま、まるで絶壁のように君臨していた。門番は眉間に皺を寄せながらジロジロと二人を見比べる。

「……確かに浩宇殿の話は聞いている。だが、関係者である証明がない者を通すわけにはいかぬ。」

 威圧的な髭に自分の倍はある身長から見下ろされ、陽出は思わずたじろぐ。黒ウサギの発言とは裏腹に、王宮への入り口は一枚岩ではないようだ。

「おいおい、話がちげぇぞ。いつでもじいさんに会わせてくれるんじゃねぇのかよ。」

 倫吾がそっと陽出に耳打ちする。門番の険しい目つきは変わらず、明らかに歓迎されてる雰囲気ではない。どうしたものかと頭を抱えていたところ、ふとカバンの中に先程キナリィから渡された紹介状を思い出す。

「あの……、これが証明書代わりになりませんかね。」

 陽出の差し出した封筒をひったくり、怪訝そうに眺める。魔法陣による刻印を確認した後、静かに頷く。

「……案内のものを寄越す、しばし待たれよ。」

 門番は髭を触りながら咳払いをする。陽出は小さく胸を撫で下ろした。

 少しと待たずして大きな音を立てながら門が開き、紺色のタキシードに金色のボタンをきらめかせた男性が現れる。

「浩宇様の元へご案内いたします。」


 ――


 王宮の中は不思議な空間で満ち満ちていた。一つ扉を開けば広い花園の中。建物の中に入ったはずが、麗らかな陽が照らす花畑に陽出たちは立っていた。

 陽の光をドレスのように纏った蝶が舞い、宝石のようにまばゆいかがやきを放つ青い鳥が踊る。まさに花の楽園と称するにふさわしい景色に陽出はため息を漏らす。

「すごい……。」

 城の外観もなかなか立派なものではあったが、この空間は明らかにそれを凌駕する広大さだ。眩しいくらいに輝く世界に自分という不純物が紛れ込んだかのようだった。

 案内人は遠くに見える一軒家を指差す。

「あちらが浩宇様の休まれている診療棟になります。」

 ポツンと建っている小さな家。外壁はレンガで覆われ、赤い三角屋根のてっぺんには背の小さな煙突。まるで昔話の小人が住んでいそうなどことなく可愛らしい姿をしていた。

 大きな蝶番の窓からそよそよと真っ白なカーテンが顔を覗かせており、隙間からうっすらと目を瞑った浩宇の横顔が見え隠れする。

「……おじいちゃんっ!」

 陽出は咄嗟に窓へ飛び込むように駆け出す。周りの花も止めようとする案内係の手も、陽出にはもう見えていなかった。

 安堵とひとかけらの寂しさだけが脚を動かしていた。

 しかし。


 ドンッッッ!!!


「いったぁ……い。」

 額に何かがぶつかり大きく体を跳ね返されてしまう。勢いよく尻餅をつき、陽出は額と殿部を交互にさする。

「おいおい、大丈夫かヒノ。」

 後から追いついた倫吾が手を差し伸べる。

 立ち上がり振り返るが何もない。しかし、ぶつかった“何か”がそこにあった。

 恐る恐る陽出は手を伸ばす。するとグッと鈍い何かが拒絶するかのように陽出の手を押し返してくる。

「結界にございます。敵襲に備え入棟に制限をかけております。」

 遅れてやってきた案内係は淡々と告げ、指先から魔法陣を生み出す。透明な壁は呼応するかのように脈打ち、眩いきらめきを放ちながら消えていく。

「どうぞ、浩宇様のお部屋までお連れいたします。」


 ――


 浩宇の病室は閑散としており、寝台一つに子ども1人駆け回れるぐらいの床が広がっていた。

「おじいちゃん!」

 ベッドへ駆け寄り陽出は祖父の顔を覗く。相変わらず浮遊する点滴に繋がれた浩宇は、穏やかな呼吸と共に目は頑なに瞳を隠し続けていた。

「おじいちゃん……っ!おじいちゃんってば!」

 どれほど陽出が呼びかけても、瞼一つ動くことなく静寂だけが熱を跳ね返していた。そっと、浩宇の手を取り強く握る。その手に力が入ることはなくただ機械的に送られ続ける心臓からのシグナルが、手のひらを通じて流れてくるのみだった。

「おじいちゃん……、良くなってるんですよね?」

 変わった点を強いていうなら点滴の色がちょっと明るくなったくらい。陽出の震える声に案内係は眉毛ひとつ動かさない。

「昨日送られてきたばかりなので、こちらからお伝えすることは特に何も。」

 泊まることを知らぬ川のように受け流し、ひらひらと手を振る案内係。陽出が続けて口を開く頃にはあっという間に扉の外へ身を投げ出していた。

「後ほどお迎えに参ります。それでは。」

 一度たりとも視線がぶつからぬまま、案内係は淡々といなくなってしまった。残されたのは少しの気まずさと乾いた呼吸音だけ。

「なんていうか……、忙しそうな感じだね。」

 浩宇の眠るベッド端に腰掛け、陽出はポツリと呟く。大きなため息と共に後悔と不安の波が押し寄せてくる。

「魔宝石試験の準備やら何やらで忙しいんだろ。雑すぎるぜまったく。」

 首を鳴らしながら吐き捨てるように舌打ちをする倫吾。

 魔宝石試験。これは泉の魔物事件以前より陽出が目標にしていたものの一つだ。浩宇のような優れた魔導士になるためにもまずは魔力を高める石、魔宝石が必要なのだ。

「……おじいちゃん、本当は試験監督やる予定だったんだよね。」

 いまだ眠りにつく祖父を前に陽出は重い唇を動かす。

 元はと言えば自分のせいだ。自分が先走ったせいでこんなことになってしまった。そんな自責の念が重くのしかかるせいで、陽出は試験を受ける気力が何一つ湧いてこなかった。そもそも魔法だってまともに使えた試しがない。

 考えれば考えるほど、自分がここにいる理由がどんどん曖昧になっていくような気がした。

「なぁ……、ヒノ。」

 倫吾が何か言いかけたその時。


 ズゥゥゥン


 突然のことだった。部屋の中央から鈍い音と共に、大きな魔法陣が現れる。

 咄嗟に顔を向けるが、深緑の怪しい光と黒い嵐のような煙を体に押し付けられて目を開けられない。

「お二人とも、お待ちしておりましたよ。」

 品よく冷たい声と共に押しつぶされそうな暗闇が、輪郭を写し出す。

 突き刺さるような風が止み恐る恐る目を開けると、昨日の黒ウサギ。彼の君臨と共に凍えるような沈黙に支配される。

 あれほど強い風が吹いたにも関わらず、部屋の中は何一つ姿が変わっていない。

「……なるほど、コイツのせいで部屋が閑散としてるのか。」

 荒れた毛並みを両手で整えながら、倫吾は小さく舌打ちをする。陽出は音を立てぬように倫吾の側へ駆け寄り、そっと彼の背中に身を隠す。

「君たちに良い報せを持って来たのですよ。」

 血のように赤い目をかがやかせにっこりと笑う。まるで臭いものに蓋をするかのような口角に倫吾は一層強く睨む。

 黒ウサギはまつ毛一本動かさず、凍りついた笑顔のまま告げる。

「お二人とも、魔宝石試験に興味はないですか?」

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