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陽の昇る国  作者: とのぶんつ
はじまり編
3/7

第三話 魔物の呪い

 どこまでも、どこまでも続く真っ黒な空間。錦戸 陽出(にしきど ひので)はあてもなく彷徨い、走り続けていた。息は重く固まり、心臓が凍りつきそうだった。足は重くぬかるみにはまっているようでうまく動かせない。

 ふと、遠くで誰かが蹲っているのが見えてくる。自分によく似た少年が、靴も履かずに正座をして俯いているようだ。

 声をかけようとしたが、なぜか掠れた息しか出てこない。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 次第に少年の啜り泣く声が聞こえてくる。どこか聞き覚えのある声に己の心臓が呼応し、陽出は胸が冷たくなる感覚を覚える。

 よく見ると半袖の腕にはみみず腫れや青あざ、火傷痕など見るも無惨な怪我を負っているようだ。絆創膏や包帯も巻かず野晒しになったその傷口は、少しの風で捲れてしまいそうで息が苦しくなる。

「いい子になります、お役に立ちます、お願いだから…、捨てないでください……。」

 少年が顔を上げる。目の周りには腕よりさらに濃いあざで覆われ、鼻から血が止まらないのに、拭うこともなく開き切った瞳孔を向けている。

「……っ。」

 陽出は息を呑むようにその様子を見つめていた。

 ふと、少年は震えが止まらなくなり、泣きながら頭を覆う。突然「ビシャッ」と画用紙を勢いよく破いたような音が響き、同時に少年が“何か”によって床に吹っ飛ばされる。

 少年はひたすら「ごめんなさい、ごめんなさい」と床に突っ伏し頭を抱えながら震えている。黒いもやのようなかげろうが現れ、蔑むように少年へ告げる。

「お前は、何のために生きているの。」


「うわぁぁあ!!」

 ガバッと上体を起こす。視界は薄暗く、白い月明かりが窓から漏れている。陽出は弾けそうな鼓動を抑えつつ、額の汗を拭う。

「……()()か。」

 大きく息を吸い、ため息をつく。

 陽出が倒れてから早一週間、来る日も来る日も同じ夢に何度も襲われていた。傷だらけの少年を攻撃する黒いかげろう。壊れたビデオテープのように同じシーンが流れ続け。暗い海の底へ引き摺り込まれそうな恐怖が迫ってくる。

 加えて日を増すごとに夢はより輪郭が鮮明になり、海馬に傷跡を残しながら心を蝕んでくる。まるで、何かの予兆を示すかのように。

「何のために生きている…、か。」

 ボソリと窓の外に向かって呟く。ノーザンミュウダンの森で毛むくじゃらの魔物にも言われた言葉だ。そんなこと別にどうだっていいじゃないか、なんて今までの陽出であれば容易く口にできただろう。

 しかし、今は違う。周りと明らかに劣っている焦燥感と無力感で押しつぶされそうになる。

「…ちょっと、本でも読もうかな。」

 陽出はランプを灯し、魔導書を開く。もう何度も読み返しているからか、すっかり台紙がよれてしまっているが気にしない。今はとにかく忘れ去りたい。脳裏に散らつく夢の残骸を、海馬の外へ押しやりたかった。

 しかし、いくらページをめくっても頭に内容は入っていかず、ぐちゃぐちゃに散らかった感情だけがその場に取り残されていた。

 ため息をつきながら窓の外を眺める。辺りは周りの空気が透き通るかのような静けさに包まれており、きらめく星が穏やかな夜を彩っていた。

「…ちょっとだけ、外、歩いちゃおうかな。」

 そう呟いて、上着をクロゼットから取り出す。森へ行くのは危ないが、家の周りを歩くだけなら問題ないだろう。そう呑気に考えながら。

 奥の部屋から聞こえる寝息にそっとお辞儀をして、陽出は玄関を出た。


「わぁ……、綺麗な空。」

 両手を広げても包みきれない程の星を見上げ、陽出は一つ一つのきらめきに目を輝かせる。目も眩むほどの大きな満月の周りを絹のようになめらかな光を囲う星々に、あたかも心が洗われるかのようだ。


 ♪……♪〜

 

 近くの岩に座り、ぼんやり星を眺めていると、どこからか笛の音が聞こえる。

 陽出はキョロキョロと見渡す。

 こんな時間に笛を吹く人なんているだろう、ましてやこの大草原に住んでる人なんて滅多にいないのに。

 陽出はコートのボタンを掴み、ゆっくりと、音の源を辿る。


 ♪…♪〜♪


 段々とメロディが聴こえ始める。聞いたことがないはずなのに、どことなく懐かしく、胸の奥が切なくなる。陽出は早足になりながら、音のする方向へ向かう。

 ふと、小高い丘の岩陰に座り、横笛を吹く後ろ姿が見える。

「……あれって。」

 見覚えのある姿に目を擦り、勢いよく走り出す。月光に照らされる朧げなシルエットは、徐々に幼馴染の柴犬獣人の姿へ変貌を遂げていく。

「ヒノ……?」

 幼馴染の耳がピクリと動き、こちらへ振り返る。陽出は手を振りながら木剣 倫吾(きつるぎ りんご)の元へ駆け寄る。

「こんな遅い時間に……。まさかまた森へ?」

 怪訝そうな倫吾に陽出は「違うよ」と全力で首を横に振る。じっとりと見つめる倫吾をよそに、陽出も聞き返す。

「そういう倫吾だって。……その笛は?」

 指をさされ、倫吾は横笛を見せる。少し、いやだいぶ年季が入っているのか色はくすんでおり、端の方は形が若干へこんでいた。

「あぁ……、たまにこうやって吹きに来るんだ。……寝れねぇからな。」

 そう言って倫吾は鼻をヒクヒクさせ、そっと、笛に口をつける。

 陽出はちょこんと、隣に腰掛け空を眺める。

「星、綺麗だねぇ……。」

 ぼんやり空を眺めながら、陽出がポツリ。

「……ずっと綺麗だったさ。」

 倫吾は笛を布で磨きながら穏やかな声で応える。鼻をヒクヒクさせながら、星明かりに照らされそっと笛を構える。


 ♪〜♪♪

 

 穏やかなせせらぎのように、滑らかに紡ぐ音に耳を傾けながら、陽出の体が自然に揺れる。柔らかい音が心地よく耳の中でこだまし、目の前に広がる星空もまるで倫吾の笛の音色に聴き惚れているようだった。

「なんだか、懐かしいなぁ。この曲。」

 ふと、陽出の口から漏れ出す。倫吾は目を見開くも、本当に一瞬で気がつかれることのないまま音を紡ぐ。

 夜風に乗って音色が運ばれ、草原が踊り出す。遠くの森の葉もひらひらと揺れながら、まるで音に合わせて手を振っているかのようだった。

「……♪〜♪♪」

 倫吾の笛の音に合わせて、陽出もハミングをする。口ずさむ朧げなしらべの背中を支えるように、笛の音色は徐々にコントラルトを奏で始める。

 草は青く香り、蕾の花はゆりかごのように揺れる。星は満開にきらめき、拍手をするように瞬いている。ソプラノとアルトのハーモニーに酔いしれるかのように。

「ねぇ、前にもこうやって……。」

 陽出の中で埃をかぶっていた、セピア色の記憶を取り出そうとしたそのとき。


 ――お前は、何のために生まれてきたの。


「うあ゙ぁ゙ッ゙ッ゙!!」

 突然頭の中に、夢で聞こえた声が響く。倫吾がハッとして演奏を止めた時には、すでに陽出は真っ黒な霧に包まれ始めていた。

 陽出はその場にうずくまり、必死に耳を塞いでいた。どれだけ耳を塞いでも、あの悪夢の声と光景が脳内を駆け巡り離れてくれない。

 傷だらけの少年に手をあげ続ける着物を着たかげろう。輪唱のように連鎖する陽出を否定する声が延々と乱反射する。

「ヒノ……ッ!!」

 霧を必死で薙ぎ払い、陽出を抱き寄せるが倫吾の声が届かない。陽出は顔を真っ青にさせ、息がどんどん遠くなっていく。

 真っ黒な霧はもくもくと宙へ浮かび、次第に毛むくじゃらな怪物へと姿を変える。

「オまエ…、じャま……!」

 魔物は倫吾を睨み、牙を向く。全身の毛を逆立てるその様は大きな虎のようだった。

 倫吾は陽出を抱えながら笛を剣のように構え、魔物に向ける。

「……ヒノの中から出ていけ。」

 静かに告げる倫吾に対し、魔物は口を鋭く吊り上げ三日月のように笑う。まるで、虫ケラを眺める子供のように。

「オまエ、コいツとちガッてまリょク、ほとンどナい。ミせカケだケのカらッぽ。」

 甲高い声で笑い、蛇のように倫吾の周りを漂う。倫吾は微動だにせず笛を静かに構え続ける。陽出を支える左手をわずかに震わせながら。

 倫吾はそっと目を瞑り息を深く吸う。その様子を見た魔物は毛むくじゃらな毛をさらに逆立て、目をカッと見開く。

「モウすグ、コいツのカらダ、ゼンぶもらウ。」

 そう告げると魔物はシュルシュルと音を立て、陽出の体内に潜り込む。真っ青だった陽出の顔はみるみる穏やかになり、すやすやと寝息を立て始める。

 まるで魂が宿ったかのように安らかと。

「……ヒノ。」

 倫吾は陽出を抱き抱えたまま、その場に立ち尽くす。立ち尽くす他なかった。


 ――


「……なるほど。泉の魔物(やつ)はそれほどまでに力をつけていたか。」

 昼下がりのダイニング、倫吾は浩宇(コウ)と二人で昨夜の出来事について話をしていた。

 浩宇は「うーむ」と唸りテーブルいっぱいに広がった書類と睨めっこをする。

「泉の魔物については極端に情報が少なすぎる。おそらくケットシーや猫又のような猫系の魔物だとは思うんだけどね。」

 自身がまとめた資料を指さしながら、浩宇は項垂れる。猫系の魔物特有の鋭い瞳孔に長い爪、足跡、泥に付着したDNAなど得られた情報はあれど、どの魔物にも当てはまるものはない。所謂新種の魔物と言えるだろう。

「それにあの図体の割に使う呪いが凶悪すぎる。精神を蝕み乗り移ろうなんて悪霊や悪魔じゃあるまいし……。」

 倫吾は魔物の資料を眺めながら頭の耳を擦る。

 今回の魔物は深層心理の奥深くに入り込み、陽出の体を乗っ取ろうとしている。そもそも深層心理の領域へ入り込むこと自体、容易なことではない。もし心の隙をついてこじ開けたのであれば中々狡賢い魔物と言えるだろう。

「……じいさん、なんとか浄化できねぇのかよ。」

 ポツリと倫吾が呟く。呪いや強い魔力によって蝕まれた者を癒す浄化の魔法。魔物を倒すには一番効果的な方法だろう。しかし、浩宇は静かに首を横に振る。

「残念だが……、あまりにも心の奥深くに隠れていて浄化しきれそうにない。無理に浄化しようとすれば陽出の心が壊れてしまう。」

 倫吾はぺたりと耳を垂らし、小さく鼻を鳴らす。まさに八方塞がり、このまま陽出が蝕まれていく様をただ見守ることしかできないのかと頭を抱える。

「……一つだけ、方法がないこともない。」

 重く閉ざされた空気の中、静かに浩宇が口を開く。

「危険な綱渡りになるかもしれないが…。」

「なんだよ、勿体ぶらずに言ってくれよ。」

 言い渋る浩宇に掴み掛かる勢いで、倫吾が立ち上がる。浩宇は小さく息を吐き出し、重々しく言葉を引っ張り出す。

「我々が……、陽出の精神世界に入り込む…とかね。」


 一方その頃、木漏れ日の森にてーー。


 陽出は滝のそばの岩に腰掛け、ぼんやりとマシンガンのように叩きつけられる水の音を聞いていた。ドドドドと止めどなく溢れてやまない滝の塊を前に、昨夜の出来事を思い返す。

 自分の中から溢れ出す真っ暗な感情と何か霞のかかったような記憶。知らない誰かが自分の中から飛び出てくるかのような感覚だった。気がつくと自分のベッドの上、縁で倫吾が眠りについていた。

 前にもあった似たような状況に、陽出は漠然とした不安に押しつぶされそうだった。

「僕の体に……、何が起こってるんだろ。」

 ため息をつきながら、陽出は岩から飛び降りる。最初は魔法を使おうとした時、次は倫吾の笛を聴いていた時。まるで状況が違う。トリガーを思い返してみてもピンとこない。

 ため息をつきながら、そっと川の中を覗く。いつもと変わらない平凡な顔。奥に透けてきらきらと輝く石が絨毯のように敷き詰められている。

「魔法、もっかい試してみようかな……。」

 止まることを知らない川の流れの前にふと、先日の魔力の流れを思い出す。

 そっと水面に光る石に手を向けて、目を瞑りながらゆっくりと魔力の流れを意識する。自然の息吹に身を委ね、自分がその輪に加わるように。

 ゆっくりと、体の中が熱くなりぽかぽかと血の流れに乗って命のきらめきが溢れてくるのを感じる。きっとこれが魔力の流れというものだろう。

「……浮かべ。」

 コロコロと水面を揺らしながら、石ころが周りの輪から抜け出そうともがき始める。石ころをそっと包み込むようにイメージをしながら、川の流れに負けないようゆっくりと持ち上げるよう力を込める。


 ――ぽちゃん。


 音を立て、陽出のてのひらに触れる。そっと握りしめ、陽出は恐る恐る目を開く。手の中には瑠璃色に輝く小さな石がおさまっていた。

 間違いなく、自分の魔法で掴んだ結晶だった。

「やった……、やったよ……っっ!!」

 陽出は一人両手を上げ、高らかに歓喜の声を上げる。川の水温を知ることもなく捕まえた石ころは何よりも美しい宝石に見えた。陽出は大事に胸に抱き寄せ、そっとズボンの中にしまう。

 初めて成功した魔法の証拠品だ。あとで二人に見せようと心の中に溢れる興奮をそっとしまい込む。

「へへ……、二人とも驚くかな……。」

 冷めやらぬ興奮を胸に振り返ろうとふと、水面を見たその時のこと。

「ぅわぁぁぁあああああ!!!!」

 大きな声で叫びながら、陽出はその場で尻餅をつく。

 水面に映ったのは全身傷だらけでまるでタコ殴りにされたかのよう、夢の中でみた少年と全く同じ姿の陽出できてった。

 あまりの急な出来事に陽出は腰を抜かしてしまい、もたもたと後ろへいざることしかできない。そして残酷なことに、陽出は目の前で起こった恐怖に夢中で、後方に広がる黒いモヤに気づくことができなかった。

 

「お前は、何のために生きているの。」


「あ……。」

 黒いモヤから聞こえるかげろうの声が響く。振り返る暇もなく、目の前があっという間に真っ暗になる。陽出はなす術もなく静かに暗闇の中へ飲み込まれていった。


 ――


 息を荒げながら浩宇と倫吾は、木漏れ日の森の中を走っていた。

 ほんの数分前、ダイニングテーブルを二人で囲む浩宇と倫吾。泉の魔物に対する策を念じていた時のこと。

 突如浩宇の魔宝石、ダイヤモンドが鋭い光を放ち始めた。みるみる血相が変わる浩宇は、一目散に家を飛び出していった。唐突に出ていった浩宇の様子に、訳もわからず倫吾も後を追いかける。

「おいっ、じいさん!急にどうしたんだよ!」

 ドタバタと走る浩宇のすぐ後ろから叫ぶ倫吾。浩宇は息を大きく切らしながら木漏れ日の森を指差す。

「ひ…陽出がっ!危ない!」

 倫吾に伝わった情報はたったそれだけであった。しかし、状況を把握するには十分過ぎた。泉の魔物が動き出したのだ。

 浩宇は魔法で飛ぶことも忘れて、慣れない走りで大地を蹴っていた。

「はぁ、はぁ……この辺りに“お守り”の反応があるんだが……。」

 キョロキョロと辺りを見渡す浩宇と倫吾。

 以前、浩宇が陽出に渡した摩訶不思議に光る箱。あれは魔除けの他にバイタルサインや位置を遠隔で確認できるものであった。異常時には浩宇が持つ魔宝石と共鳴する。今回のようにおぞましい光を放ちながら。

 ふと、無慈悲に悲鳴を上げ続ける滝のそばに、摩訶不思議な光が漏れている様子に気がつく。

「おい、じいさん!あったぞ!」

 一目散に倫吾が掴みに駆け寄り、蜻蛉返りで浩宇の元へ戻る。箱はやや黒ずんでおり輝きにかげりがみえ、黒いモヤがうっすらと漏れ出ていた。

「間違いない、泉の魔物(あいつ)の反応だね。」

 浩宇は箱を受け取り、空高くかざす。箱は北西に一筋の光を放ち始める。

「……この先にやつがいる。」

 浩宇が睨む先をみて、倫吾も生唾を呑む。

 森の中は以前とは違い瘴気に満ちており、小さな魔物たちが怯えている様子もちらほら見受けられる。まるで、前に訪れたノーザンミュウダンの森のようであった。

 そこまで規模が大きい森ではないはずなのに、やけに広く足元がぬかるんでいるように感じる。息切れが止まらず、上がらない足をひたすら高く空に向けて走る。少しでも手遅れにならないよう祈りながら。

 やがて茂みを超えた先、以前三人で訪れた大広場が見えてくる。

「……これは。」

 目の前の光景に浩宇は思わず眼を疑う。森の広場は以前のような美しい緑は消え去り、辺り一面黒ずんだ泥に包まれていた。かろうじて顔を出している茎も茶色く萎びており、命の息吹は霞んでいた。

「……あれほど自然の魔力で溢れていたのに。」

 あまりにも無慈悲なその様に、倫吾は思わず一歩二歩と後ろへたじろぐ。鼻が曲がりそうなほど凶悪な死の臭いが充満し、時が止まったかのようであった。

 ふと、広場の片隅でぼーっと力無く立っている少年の姿が映る。

「………っ、ヒノ!」

 幼馴染の姿にホッとして、駆け寄ろうとしたその時。浩宇が倫吾の腕を掴んで制止する。「なにするんだ」と腕を振り払おうとするが、普段の頼りなさを感じさせないほどの強い力で握られほどけない。

「……近寄ってはダメだ。」

 浩宇は冷たく言い放ち、鋭い眼光を陽出に向けている。陽出は黒いモヤに包まれながら、ゆっくりとこちらへ振り向く。その目は虚でどこまでも暗く、星空のように美しい瞳は猫のように鋭い金色に光っていた。

「お前…、まさか……。」

 倫吾に応えるように、陽出はニタリと不敵に笑う。口角は高く上がり逆さまな三日月のよう。

 まさに、あの日見た毛むくじゃらの魔物の顔だった。

 

「……”シャドー・チェンジ”。」

 

 ボソリとした声とは対照的に、強烈な暗い影が陽出の背後に現れ、巨大な毛むくじゃらな塊が現れる。

 そしてそのまま大きく口を開け、こちらが動く隙を一切与えぬまま陽出を飲み込んでしまった。

「ひっ……ヒノ……ッ!」

 倫吾が叫んだ直後、一瞬で弾けた影は人の形に化ける。顔は陽出なのに、頭にはまるで泉の魔物を思わせるような獣の耳、腰には尻尾。服装は黒と灰色を基調としたロングコートに身を包んでおり、胸元からは真っ黒なスカーフをたなびかせていた。

 

「……“【フローズンプランタン】“。」


 浩宇と同じ、魔導着に身を包んだ陽出が現れた。しかし、その姿は彼が憧れた光り輝く様とは真反対。全てを葬り去るような死神のような不気味さで溢れていた。

「……魔宝石を持たない者が魔導変幻(へんしん)するなんて聞いたことがない。」

 浩宇は息を小さく吸い込み、魔宝石を握りしめる。眼を瞑りゆっくりと息を吐き出した後、強く魔物を睨みつける。

 

「”クリスタル・チェンジ”!!」


 呪文を叫び、胸元にダイヤモンドをかざす。

 

「“【ダイヤモンド・ミステリフレクター”】!!」


 浩宇の全身が眩い光に包まれ、現すは白銀にきらめく魔導士の姿。

 

「……疑問はたくさんあるけれど、まずは陽出を返してもらう。話はそれからだ。」

 浩宇は摩訶不思議な箱を手のひらから生み出し、細長く光を輝かせながら、ロッドへと姿を変える。じりじりとお互いに牽制の時間が続く。

 魔物は真っ黒なロングコートをたなびかせ、怪しく眼を細める。慎重な浩宇を嘲笑うかのように。

「……さぁ、来なさい!お灸を据えてやる!」

 高笑いをしながら浩宇に向かって勢いよく突っ込んでくる。まるでコウモリの鳴き声のような、気持ちの悪い笑い声だった。

 

「キャハハハハハハッッ!“フローズンサーベル”ッッ」

 

 どす黒く伸びた鋭いつららのような泥を空中に生み出し、ナイフのように振り回す。攻撃の一撃が岩石のように重い上に滞りなく織りなす切り裂き攻撃に、浩宇はじりじりと後ろへ追いやられていく。

「くっ……、陽出を人質に取られていなければ……ッ!」

 優勢である事がよほど嬉しいのか魔物は何度もつららで引っ掻き回す。まだまだ余力があるのか尻尾も陽気に踊っている。まるで、飼い主に戯れる猫のように。

「……じいさん!」

 倫吾は茂みから背後に周り、泥の塊を魔法で投げつけるが、全て尻尾で弾かれてしまう。

 それどころか浩宇への攻撃が夢中で眼中にすらないようだ。

「……やっぱり焼け石に水か。」

 倫吾は息を吐き、横笛を取り出し魔力を込める。ふわりと柔らかい光が宿り、笛に魔力の蔦が絡み始める。

 横笛を構え、震える手でポケットの中身を宙にばら撒く。ひらひらと舞うその様を見ながらそっと、音色を奏でる。


 ♩〜♪♪

 

 無数の乾燥した葉がメロディに合わせて空中でピタッと一斉に静止する。


「……“ミントブリーズ”!」


 魔力を帯びた葉が呪文を受け一気に若返り、渦を巻くように螺旋の光を描きながら、甘い香りが魔物に突っ込んでいく。


「グニャぁいッッ!!」

 

 魔物は強烈な匂いに怯み目を擦る。氷の刃は瞬く間に離散し消えてなくなる。

 そのほんの一瞬の隙を浩宇は見逃さなかった。


「でかした倫吾くんッ!……“シルバーウィザートレイル”ッ!!」


 魔物を薙ぎ払い、ロッドを向け呪文を叫ぶ。星型の魔法陣が現れ、白い光を放つ扉が映し出される。

「さぁッ!飛び込むんだッ!!」

 浩宇の叫び声に応えるように、倫吾は勢いよく中へ飛び込む。姿が消えたと同時に、ふっと、魔法陣は光の粒子へと変え跡形もなく消えてしまった。

「あとは君に任せるよ……、倫吾くん。」



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