第95話 魔法少女とお姫様
ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ……!
規則正しい、しかし震度3相当の局地的な地響きを感じて、先師京介は意識を取り戻した。
目を開けると、見慣れた魔王城へ続く森の景色が、まるでトランポリンの上のように激しく上下に揺れているのが見えた。
(なん……だ? 地震か? いや、この規則的な揺れは……)
少しずつ意識が覚醒してくると同時に、京介の脳はその状況理解を全力で拒絶しようとした。
視界いっぱいに広がるのは、はち切れんばかりの筋肉に包まれたショッキングピンクのフリルと、剛毛に覆われた丸太のような太い腕。
魔法少女ラブリーが、あろうことか気絶したキョウを「お姫様だっこ」したまま、魔王城へ向かって軽快にスキップしていたのだ。
「らんららん♪ うふふふふ〜ん……☆」
(降ろせええええええ!! なんだこの地獄のゆりかごは! 三半規管と精神が同時に死ぬ!)
京介のアバター内部での絶叫が伝わったのか、ラブリーが満面の笑みで顔を覗き込んできた。その顔の距離、わずか数センチ。綺麗に整えられたカイゼル髭が、アップで迫る。
「あらっ! お目覚めですか、眠れる森の狂戦士さん♡ ポヌルちゃんから、魔王城への『搬送』を頼まれましたのよ☆」
生理的嫌悪感が限界突破したのか、キョウは「ウガァッ!!」と短く吠えると、躊躇なくラブリーの髭面の頬へ、STR550(ゴリラ10頭分)の裏拳を叩き込んだ。
ドッゴォォォォォン!!
(馬鹿! いきなりフルスイングするな! 今のキョウの攻撃力はシャレにならないんだぞ! 首がもげる!)
凄まじい衝撃音と共に、ラブリーの太い腕がふわりと解かれる。
ズドンッ!
キョウは受け身も取らず、地面に落下した。
(大丈夫か! PKでペナルティとか嫌だぞ!)
京介が最悪の事態(殺人)を覚悟して見上げると――。
首が180度回転してもおかしくない一撃を受けたラブリーは、何事もなかったかのように――いや、むしろ頬を朱に染め、うっとりとその髭を撫でていた。
「んもうっ♡ キョウ様ったら! 寝起きでいきなりスキンシップなんて……積極的すぎますわ☆」
(スキンシップじゃない! 殺意の乗った拳だっただろ! なんで無傷なんだよ! 首の骨がオリハルコンで出来てるのか!? 魔法少女の皮を被った重戦車だろコイツ!)
京介の魂の底からのツッコミは、誰にも届くことなく空回る。
キョウは、邪魔者がいなくなったとばかりにすっくと立ち上がり、本能に従って魔王城に向けて走り始めた。
「あっ、待ってぇ〜! 愛の逃避行、どこまでもお供しますわ☆」
背後から、地響きのようなスキップ音が追ってくる。
京介は、涼しい顔で並んで飛んでいるポヌルを、心の中で問い詰めた。
(おいポヌル。説明してくれ。なんで僕が、あのピンクの巨人に運搬されていたんだ?)
「キョウが気絶して起きなかったからニャ。ラブリーが『人工呼吸しましょうか?』って唇を尖らせて迫っていたから、とっさに『魔王城へ運べば目が覚める』って吹き込んで、貞操を守ってやったのニャ。感謝してほしいニャ」
(……あ、危なかった! ファインプレーだ、ポヌル! もう少しでファーストキスを奪われるところだった!)
騒がしい道行きの先に、因縁の場所が見えてきた。
魔王城の正門。そして、その前に立つ巨大な影――ミノタウロス。
前回のワンパンKOから復活した門番は、まだこちらの接近に気づいていないようだ。
レベル1、ただしステータスは異常。
(勝てるのか?)
京介は、緊張と共にゴクリと唾を飲み込む。
「あ! あれはキョウ様の宿敵ミノタウロスだわ!」
後ろをついてきていたラブリーが、森の出口で身を隠しながら見守り始めた。
キョウはスピードを落とし、ミノタウロスに向かってゆっくりと歩き出した。




