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【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】  作者: 空木 架
第7章 セーブポイントの攻防戦

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第94話 地獄のヘッドバッド

「レベル1でクリムゾントライボアに挑むなんて、おいたが過ぎますよ。うふふふふ☆」


 野太い、しかし甘ったるい声が、鼓膜を直接震わせる。

 視界はピンク色(肌色多め)に埋め尽くされ、全身は万力のような力で締め上げられている。

 だが、先師京介せんし きょうすけにとって、最大の地獄は「痛み」ではなかった。


「よしよし、いい子ですねぇ~♡」


 自称・魔法少女ラブリー(身長2メートル超、髭面)が、キョウの頭を、丸太のような腕で撫で回し始めた、その時だった。


(……く、臭いッ!!)


 京介の脳内を、警報級の悪臭が駆け巡った。

 それは、部室のロッカーに放置された運動着のえた匂いと、満員電車の中年男性特有の脂の匂いが混ざり合った、化学兵器レベルの刺激臭。


(な、なんでアバターから加齢臭とか、汗の匂いがするんだよ……! 最新鋭のVR技術! 無駄にリアルすぎるんだよ! そこはカットしろよ運営ぇぇぇ!)


 HPは回復している。

 だが、京介のメンタルポイントは、音を立てて崩壊しつつあった。

 薄れゆく意識の中で、京介は走馬灯のように過去を振り返る。ああ、ミノタウロスの息の方が、まだ獣臭いだけでマシだったかもしれない……。


「んっ……ふぅ……♡ もう大丈夫そうですね☆」


 永遠にも思える地獄の抱擁の末、ようやく拘束が解かれた。

 キョウの体は、ラブリーの「愛の抱擁(ラブ・ハグ)」によって、HPが全快していた。


(ぶはぁっ! はぁ、はぁ、はぁ! し、死ぬかと思った……!)


 酸素と、まともな空気を求めて、京介が喘ぐ。

 助かった。とりあえず、圧死と窒息死は免れた。

 京介が心の底から安堵し、すぐにでもこの場から全力ダッシュで逃げ出そうとした、その時。

 ぬっと。

 視界の端から、整えられたカイゼル髭が迫ってきた。


「これでもう安心ですよ! キョウ様☆」


 ラブリーが、キョウの頬に、自らのジョリジョリとした頬を擦り寄せたのだ。

 戦慄する京介の耳元で、吐息混じりの猫なで声が囁かれる。


「私が守って、あ・げ・る♡ ……ふぅ〜っ」


 ビクリ、とキョウの肩が跳ねた。

 耳の穴に、生温かい湿った息が吹き込まれる感触。

 背筋を駆け上がる悪寒。


(やめろおおおおおおおおお!!! 今まで経験したことない種類の地獄だ! 物理攻撃の方が100倍マシだ!)


 その生理的嫌悪感は、理性のない狂戦士アバターにも伝播したらしい。

 キョウは、全身の毛を逆立てると、本能的な拒絶反応として、目の前の顔面に向かって頭突きを繰り出した。


「ウガァッ!!」


 ゴチンッ!

 鈍い音が響く。

 STR(きんにく)550のキョウによる、渾身の頭突き。

 普通なら頭蓋骨陥没コースの一撃だ。

 だが。


「きゃっ♡」


 ラブリーは、少しのけぞっただけで、全くダメージを受けた様子がなかった。

 それどころか、その頬をさらに赤らめ、両手で口元を覆って身悶えし始めたではないか。


ひたいを合わせるなんて……! それって、愛の誓い!? ああん、もう! 情熱的すぎますわ! キャー! キョウ様のえっちー!」


(違う! 殺意だ! 純粋な殺意の頭突きだ! どういう脳内変換したらそうなるんだよ!)


 京介のツッコミが間に合うよりも早く、ラブリーは「恥ずかしい!」と叫びながら、その太い腕を振り上げた。


「バカバカっ! はしたないですわ!」


 そして、照れ隠しのつもりなのか、キョウの頬に向かって平手打ちを放った。


 バチコォォォォォン!!!


 落雷のような音が、平原に轟いた。

 首がねじ切れんばかりの衝撃。

 レベル1にしては化け物級のステータスを持つキョウの体が、まるで紙切れのように吹き飛び、地面を三回バウンドして転がった。


(ぎゃああああああああああ!!! 首! 首が取れたかと思った!)


「も、ものすごいパワーだニャ!」


 HPバーが、一撃でレッドゾーンまで消し飛ぶ。

 なんだその攻撃力は。魔法少女のビンタじゃない。これこそが真の狂戦士の一撃ではないか。


「あら、いけない! つい乙女の恥じらいが力に乗ってしまいましたわ! やりすぎちゃった! てへぺろ☆」


 ラブリーが、可愛らしく(?)舌を出して頭をコツンと叩く。

 地面に伏したキョウは、白目を剥いてピクピクと痙攣していた。完全にグロッキー状態だ。


(……悪夢だ。これは悪夢だ……)


 遠のく意識の中で、京介は見た。

 再び、あのピンク色の巨体が、満面の笑みでこちらに駆け寄ってくるのを。


「大変! また回復してあげますねっ☆ すぐによくしてあげますからぁ〜♡」


(やめろ……来るな……! 回復しなくていい! いっそ殺してくれ……!)


 魔王城の門番に殴り殺される日々。

 お婆さんの家の壺を割り続ける虚無の時間。

 それらが、今となっては、輝かしい黄金の記憶のように思えた。


(あっちの方が……100万倍マシ、だっ、た……)


 京介の魂の慟哭は、加齢臭と湿った吐息の中に飲み込まれ、再び暗黒の底へと沈んでいくのであった。


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