第91話 恋する魔女っ子
『私は、魔女のラブリー。うふっ☆』
私は今、人生で一番輝いている。
小さい頃、テレビのブラウン管越しに見た、キラキラと輝く魔法少女のアニメ。ステッキをひと振りすれば星が飛び、悪い怪物をやっつけて、最後は素敵な王子様と結ばれる。そんな世界に、私はずっと、ずーっと憧れていたの。
でも、現実は残酷よね。
鏡に映る自分は、魔法少女にはなれない。私は少しばかり身長が高くて、肩幅が広くて……繊細なフリルやレースは、私にはあまり似合わなかった。
そんな時、出会ったのがこのVRMMO「ミステイク・ダストボックス・オンライン」!
自由度の高いキャラクターメイク、多種多様な職業。私は震える手でコントローラーを握りしめ、そして、歓喜のあまり失神しそうになったわ。
この世界なら! この仮想空間なら、私は憧れの「魔女っ子」になれる! 思う存分フリフリの衣装を着て、魔法を唱えられるんだわ!
ゲームを始めてからの私は、まさに水を得た魚……いえ、魔法を得た少女!
来る日も来る日も魔法の研究に没頭し、可愛い衣装を集め、理想の自分を作り上げていった。
でも、何かが足りなかった。そう、物語には欠かせない「王子様」の存在よ。
そんなある日、私は運命の出会いを果たしたの。
公式掲示板のスクリーンショット。そこに写っていたのは、レベル1のまま魔王城に突撃し、数々の伝説を打ち立てているという「破壊神キョウ」様。
野性味あふれる風貌、鋼のような肉体、そして何より、凛々しい声であげるワイルドな咆哮!
ズキュゥゥゥンときちゃった☆
完全にタイプよ! 彼こそが、私の求めていた野獣系の王子様!
そして今、私の目の前には、奇跡が広がっている。
魔王城攻略の遠征中だと噂されていたキョウ様が、なぜか始まりの村を走っているじゃない!
これは運命。神様がくれたチャンス。
待っていてください、キョウ様! 今、あなたのラブリーが、愛の魔法を届けに参りますわ!
◇
一方その頃。
狂戦士キョウのアバター内部で、先師京介は、奇妙な感覚に囚われていた。
(遅い……。遅すぎる……!)
キョウは今、お婆さんの家の壺を全て破壊し尽くし、新たな獲物を求めて村の出口へと向かっている最中だ。その足取りは決して遅くない。むしろ、レベル1の脚力にしては、風のように疾走しているはずだ。
だというのに、京介の目に見える景色は、まるで再生速度を間違えた動画のように、じれったいほどゆっくりと流れていた。
通り過ぎるNPCの村人が、スローモーションで手を振っている。
道端の草が、水中の海藻のようにゆらりと揺れている。
風を切る音さえも、間延びして聞こえる。
(なんだこれ? 処理落ちか? サーバーが重いのか? それとも僕の回線が限界を迎えたのか?)
京介が不安げに周囲を見回していると、隣を並走して飛んでいる妖精猫ポヌルが、全てを見透かしたように鼻を鳴らした。
「バグじゃないニャ。当たり前だニャ」
ポヌルは、ゆっくりと流れる景色の中で、あくびを噛み殺しながら解説を始めた。
「お主、さっきまでレベル99の『SPDカンスト』の世界にいたんだニャ。音速を超え、物理演算の彼方へ置き去りにするほどの超高速機動に、お主の動体視力と脳の処理速度が、無理やり適応させられてしまったんだニャ」
(適応……?)
「そうニャ。いわば、時速300キロで走るF1レーサーが、レース直後に三輪車に乗り換えて全力疾走しているようなものニャ。脳のクロック数が上がったまま、身体のスペックだけが低下した状態だニャ。景色が止まって見えて当然だニャ」
(なるほど……。僕の脳みそが、一時的にオーバークロック状態になってるってことか。ゾーンに入ってる受験生みたいなものか)
京介は妙に納得した。模試の最中、極限まで集中すると時計の秒針が止まって見える、あの感覚の究極版ということだろう。
しかし、この感覚は便利であると同時に、強烈な違和感を伴う。自分の思考に対して、世界が遅れてついてくるようなもどかしさ。
(……待てよ? 脳の処理速度が上がってるってことは、今なら周囲の状況を誰よりも早く察知できるってことか? 例えば、敵の奇襲とか、新たなトラブルとか……)
京介が、この特殊な状態をポジティブに捉えようとした、その時だった。
背後から、「何か」が聞こえてきた。
「キ…………ゥ…………さ…………ぁ…………」




