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【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】  作者: 空木 架
第7章 セーブポイントの攻防戦

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第88話 分銅と神の作戦

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


 魔王城の中間地点、そのテラスの一角は、凄まじい轟音と共に巻き上がった土煙に包まれていた。

 視界はゼロ。何が起きたのか、誰も即座には理解できない。

 ただ、確かなことは一つ。

 我らが神、狂戦士キョウの頭上に、数トンはあろうかという巨大な鉄の塊――分銅ふんどうが、直撃したということだけだ。


「マ、マスター……?」


 信徒の一人が、震える声で呟いた。

 やがて、土煙がゆっくりと晴れていく。

 そこに現れたのは、テラスの黒大理石の床に深く、深くめり込んだ、巨大な分銅の姿だった。

 そして、その下にあるはずのキョウの姿は、影も形もない。

 ただ、分銅の底から、光の粒子がキラキラと立ち上り、天井へと消えていくのが見えた。

 それは、この世界における「死」を意味していた。


「あ……ああ……」


 分銅からわずか30センチほどの場所。

 仰向けに倒れていたチョットツが、ガバッとはね起きた。

 彼は、目の前に鎮座する無慈悲な鉄塊を見ると、その顔をくしゃくしゃに歪め、分銅を素手でバンバンと叩きながら号泣し始めた。


「マスター! マスターぁぁぁぁッ!! なんでだ! なんでだよぉぉぉ!!」


 大の男が、子供のように泣き叫ぶ。


「マスターが潰された! こんなどうしようもない、役立たずでドMなオレを庇ったばっかりに! うおおおお!! オレが潰されれば良かったんだ! むしろ潰されたかった!! あんな重いものでプレスされる快感……じゃねえ、苦痛を、マスターに味わわせるなんてぇぇぇ!!」


(いや、庇ってないから。蝶々追いかけてただけだから)


 いつもだったら、そうツッコんでいたであろう先師京介せんし きょうすけは、ここには居ない。

 ボケ放題なのだ。ツッコミ役は地の文と読者に託されていた。


 チョットツの悲痛な叫びが響き渡る中、一人、冷静さを保っている男がいた。

 天才軍師ロジックである。

 彼は、眼鏡の位置をくいと直すと、慌てることなくチョットツに近づき、その震える肩にそっと手を置いた。


「落ち着きたまえ、チョットツ君」


「ロ、ロジック殿……! でも、マスターが……オレのせいで……!」


「違う。君のせいではない。……悲しむことはないのだよ。これは、マスターの高度な戦術なのだ」


「せ、戦術……?」


 チョットツが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

 ロジックは、いつものように自信満々に、そして深遠な真理を説くように語り始めた。


「考えてもみたまえ。マスターはレベル100に到達された。もし、あのままセーブポイントに触れてしまっていたら、どうなると思う?」


「え……? セーブされて……いいんじゃないですか?」


「凡人の思考ならそうだろう。だが、マスターは違う。セーブをしてしまえば、そこが()()されてしまうのだ。つまり、レベル100という()()に縛られることになる」


 ロジックは、分銅の下から消えゆく光の粒子を眩しそうに見つめた。


「現在の肉体という()が、レベル100という強大な魂に耐えきれなくなったとマスターは瞬時に判断されたのだ。故に、あえて肉体を一度リセットし、ステータスの基礎値を底上げした上で再構成する……いわば、『(ハイパー)転生進化(リインカーネーション)』の儀式を、この進行中のゲーム内で擬似的に行おうとされているのだよ!」


「な、なるほど……!」

「つまり、君を救う()()()に、計算し尽くしたポイントで、最も効率的に死に戻りを行ったというわけだ」


 ロジックの完璧すぎる解説(妄想)に、チョットツは再び涙を溢れさせた。今度は、感動の涙だ。


「マズダーーーッ!!! なんて……なんて深いお考えなんだ! オレは、そんなことも露知らず……!」


 チョットツは、分銅に抱きつき、頬擦りを始めた。

 そんな狂信者たちのやり取りを、少し離れた物陰から見ていた妖精猫ポヌルが、誰に聞かせるでもなくボソリと呟いた。


「……ただ、蝶々を追いかけてただけだけどニャ」


 その真実は、熱狂の渦にかき消された。

 ロジックは、皆に向かって提案した。


「さあ、同志諸君。マスターは『始まりの地』へと帰還された。我々もまた、一度休息を取るべきだろう。皆、連戦で疲労困憊だ。一旦ここでセーブをして、今日はログアウトしましょう。これからのことは、また明日考えればいい」


「「「はいっ!」」」


 信徒たちは、次々とセーブポイントのオーブに触れ、ログアウトしていく。

 その光景を見届けると、ポヌルは「やれやれだニャ」と小さく息を吐いた。


「さあ。吾輩も行くかニャ」


 ポヌルは、スッと姿を消した。



 白い光が収まると、先師京介の目の前には、見慣れた……いや、見飽きた光景が広がっていた。

 石畳の広場、のどかな噴水、そして素朴な家々。

「始まりの村」の、リスポーン地点である。


「…………」


 京介は、アバターの内部で、言葉を発することができなかった。

 呆然としている間にも、狂戦士キョウは、「ウガッ」と短く吠えると、早速村の出口に向けて走り始めていた。いつもの、魔王城への条件反射だ。


(……あ)


 走り出した振動で、京介の意識が現実に戻る。

 そして、真っ先に確認すべきことを思い出した。


(セーブは!? セーブ出来ていないのか!? あの時、あと数センチだった……! もしかしたら、システム判定で触れたことになってたり……!)


 京介は、祈るような気持ちで、ステータス画面を開いた。


【名前:キョウ】

【職業:狂戦士】

【レベル:1】


(……見間違いだ。そう、バグだ。再読み込みすれば……)


 京介は震える尻尾で、ウィンドウを一度閉じて、もう一度開いた。


【レベル:1】


(くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!)


 京介の絶叫が、脳内を駆け巡る。


(なんでだよ!? あと数センチだったじゃないか!! レベル100だぞ!? STR(きんにく)SPD(はやさ)もカンストして、ようやくINT(ちのう)を手に入れたのに! 全部……全部消えたのかよ!)


 レベル1。

 あの苦労も、あの豆腐シャワーも、あのマモルンジャーとの死闘も、全てが水の泡。

 また、最初から。

 あのミノタウロスにデコピンされる日々からのやり直し。


(なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだぁぁ!! 蝶々ってなんだよ! なんで魔王城に蝶々がいるんだよ! 演出過剰なんだよこのクソゲー!)


 京介が慟哭している間にも、キョウは村の中を疾走している。

 しかし、今回は魔王城へは向かわなかった。

 キョウは、村の出口付近にある、かつて自分が岩を砕いて掘り当てた、あの「英雄の湯」へと一直線に向かったのだ。


 ザップーン!!!


 派手な水しぶきを上げて、キョウは温泉に飛び込んだ。

 そして、「ふぅー」と息を吐くように、肩までお湯に浸かる。


(なんでお前はいつもそうなんだ! 意味不明な行動ばかりしやがって!! 人が絶望してる時に、なんで一番風呂みたいな顔して寛いでるんだよ!)


 京介の怒りは、もはや空回りするだけだった。

 温かいお湯の感触が、アバター越しに伝わってくる。だが、その温かささえ、今の京介には冷たく感じられた。

 京介は、温泉の中で「もうダメだ」と思っていた。

 現実世界での受験まで、残り7日。

 そして、レベルは1。

 振り出しに戻った。いや、時間がない分、状況はスタート時よりも悪化している。

 周囲を見渡しても、あの騒がしい信徒達は居ない。

 そして、いつも隣で茶化してくれた、あのポヌルさえもいない。


(孤独だ……)


 これから、また一人で(正確には暴走アバターと二人で)、魔王城の門番、ミノタウロスにやられる日々が始まるだけだ。


(もう、気力がない。受験も、脱出も、もうどうでもいい……)


 京介が、マリアナ海溝よりも深い絶望の底を漂っていると、すぐ隣、湯けむりの中に気配を感じた。


 チャプン……。


「京介。お主、かなり落ち込んでいるニャ」


 聞き慣れた声。

 京介が、のろのろと視線を向ける。

 そこには、濡れた毛並みをペロペロと整えながら、心配そうな顔で温泉に浸かっている、一匹の妖精猫がいた。


(……ポヌル?)


「なんだニャ、その顔は。幽霊でも見たような顔するニャ」

 ポヌルは、呆れたようにヒゲを震わせた。

「ま、レベル100から1への転落は、確かに精神的ダメージがデカいニャ。同情はするニャ」


(お前……。なんで、ここに……?)


 京介は、驚きと、そして言いようのない安堵感に包まれた。

 てっきり、愛想を尽かしてどこかへ行ってしまったのだと。


「なんでって、お主のサポート役だと言ったはずだニャ。お主がレベル1に戻ったなら、吾輩もここに戻ってくるのが筋ってもんニャ」


 ポヌルは、お湯に浮かんだ手桶を器用に前足で回しながら、ニヤリと笑った。


「それに、レベル100のゴリラを観察するのも飽きたところだニャ。レベル1から、あと7日でクリアを目指す……そんな無謀な()()、見逃すわけにはいかないニャ」


 その言葉に、京介の死んだ魚のような目に、わずかな光が戻った。


(……実験?)


「そうニャ。このクソゲーの仕様なら、レベル1からでも一発逆転のバグ技……じゃなかった、攻略法がきっとあるはずだニャ」


(……バグ技?)


「ま、それは一緒に探すとしてだニャ」

 ポヌルは、小さな前足で、お湯をパシャリと京介キョウの顔にかけた。

「とりあえず今は温まるニャ。温泉は、HPだけじゃなく、MPメンタルポイントも回復するらしいニャ」


 京介は、顔にかかったお湯を尻尾で拭いながら、深く息を吐いた。

 レベルは1。仲間もいない。状況は最悪だ。

 だけど。

 隣には、このふざけた相棒がいる。


(……ああ。そうだな)


 京介は、心の中で呟いた。


(まだ、終わってない。……やってやるよ。あと7日。死ぬ気で……いや、死に戻りまくってでも、絶対にクリアしてやる)


 湯けむりの向こう、新たな決意を秘めた京介と、不敵に笑うポヌル。

 そして、何も考えていない狂戦士キョウ。

 彼らの、真の「ラストスパート」が、ここから始まろうとしていた。


 キョウに刻まれた異変に気づくこともなく……


【第二幕 完】



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