第8話 僕のあだ名は「破壊神」
VRMMO「ミステイク・ダストボックス・オンライン」の公式フォーラム、その一角にある雑談スレッドは、今、一人の無名のプレイヤーの話題で持ちきりだった。
【件名:【悲報】始まりの村にヤバい奴がいるんだが【レベル1】】
1:名無しの剣士
この間、パーティでフィールドボスのクリムゾン・トライボアと戦ってたんだが、全滅しかけたところに、レベル1の狂戦士が颯爽と現れて助けてくれた。感謝しかない。
2:名無しの魔法使い
≫1 ああ、俺もその場にいたわ。マジで焦ったよな。
3:名無しの斥候
その狂戦士、ケットシー連れてなかったか? ケットシーって、チュートリアルでしか出てこないNPCのはずだろ? なんで連れ歩いてるんだ?
4:名無しの剣士
≫3 連れてた! なんかやたら偉そうな猫だった。で、問題はその狂戦士なんだが、何も装備してないんだよ。マジの素手。
5:名無しの商人
え? 素手でクリムゾン・トライボアに挑んだのか? あいつ、レベル30でも苦戦するだろ。レベル1なわけない、実は高レベルプレイヤーだろ?
6:名無しの魔法使い
≫5 それが信じられないことに、マジでレベル1だったんだよ。表示バグかと思ったけど、何度見てもレベル1。
7:名無しの斥候
やべぇなそいつ! 名前はなんて言うんだ?
8:名無しの剣士
確か……『キョウ』だったな。
9:始まりの村民A
横からすまん。そのキョウって奴、もしかして始まりの村で温泉を掘り当てた奴じゃないか?
10:名無しの商人
≫9 え? 温泉? なにそれ新しい生産コンテンツ?
11:始まりの村民A
≫10 いや、違う。なんか村の出口にあるデカい岩を、素手で殴り壊したら温泉が噴き出したらしい。俺もこの目で見た。
12:名無しの魔法使い
マジかよ……。岩を素手で破壊って……。
13:名無しの斥候
レベル1でボスに絡んで、岩殴って温泉出す……。それもうプレイヤーじゃなくて、運営側のNPCか何かだろ。
14:名無しの剣士
ああ……。もはや、俺たちの理解を超えた神の領域だよ。やる事なす事すべてを破壊していく……そうだ、奴は……『破壊神』だ。
15:名無しの魔法使い
破壊神キョウ……。なんかピッタリすぎて笑うわ。
こうして、一人の狂戦士の、あまりにも不名誉な伝説が、プレイヤーたちの間で静かに、しかし確実に広まり始めていた。
◇
そんな噂が飛び交っていることなど、先師京介は露ほども知らなかった。彼はいつも通り、制御不能なアバター・キョウの体内で、ただただ虚無の傍観者と化していた。
(もう……どうでもよくなってきたな……)
宝の持ち腐れとなった1億ゴールド。レベル1から一向に上がらないステータス。そして、何度死んでも繰り返される魔王城へのデスマーチ。京介の心は、もはや乾ききった砂漠のようだった。
相も変わらず、キョウは魔王城へ向かう街道を一直線に走っている。
しかし、今日の道中は少し様子が違った。やけに、他のプレイヤーとすれ違うのだ。そして、その誰もが、こちらを見るなり足を止め、ヒソヒソと何かを囁き合っている。ある者は畏怖の眼差しを向け、またある者は好奇心に満ちた目で遠巻きにこちらを指さしていた。
(なんだ……? なんでみんなこっちを見てるんだ? 僕、また何かやらかしたのか? いや、僕じゃなくてキョウが!)
京介が内心で焦っていると、ふと、隣を飛ぶポヌルの様子がおかしいことに気づいた。いつもはふてぶてしいか、あるいは呆れ返っているかのどちらかである妖精猫が、なぜか口元を隠し、肩を震わせながらニヤニヤと笑っているのだ。
(な、なんだこいつ……。気味が悪い……)
そのいやらしい笑みは、明らかに京介を……いや、キョウを面白がっている者のそれだった。
(なあ、ポヌル。さっきから何がおかしいんだ?)
京介が心の中で問いかけると、ポヌルはニヤニヤ笑いを収め、芝居がかった咳払いをして言った。
「ふむ。どうやらお主、自分の知ぬ間にサーバーの有名人になっていることに、全く自覚がないようだニャ。実に面白いニャ」
(有名? 僕が? いや、キョウが、か? 悪名の間違いじゃないのか?)
(嘘だろ……? どんな風に噂になってるんだよ……)
京介の不安げな心の声に、ポヌルは待っていましたとばかりに答える。
「なんでも、『レベル1という極限の縛りプレイを自らに課し、素手という原始的なスタイルで世界の理に挑む、孤高の求道者』がいる、と専らの噂だニャ」
(縛りプレイ!? 求道者!? 何一つ合ってない!)
京介のツッコミも虚しく、ポヌルの解説は続く。その声は、心なしか楽しそうだ。
「そのあまりに常軌を逸した行動から、畏敬と少しの恐怖を込めて、お主はこう呼ばれているそうだニャ」
ポヌルはそこで一度言葉を区切り、勿体ぶるように翼を広げた。
「―――『破壊神キョウ』、とニャ」
「何が破壊神だ! 何が求道者だ! こっちは縛りプレイじゃなくて、運営に魂を縛られてるだけの『被験体』なんだよおおおおお!!」
京介の魂の絶叫が、脳内に木霊した。
破壊神。なんと禍々しく、そして的確に現状を誤解した異名だろうか。
彼は神などではない。ただの、ログアウトできずに暴走アバターに振り回されている、哀れな一人の受験生なのだ。
京介は、もはやツッコむ気力も失せ、がっくりと頭を抱えることしかできなかった。
そんな京介の苦悩が最高のエンターテイメントであるかのように、隣でポヌルが肩を震わせている。そして「破壊神」は、今日も元気に魔王城を目指して走り続けるのだった。
そして、彼らが知らない所で、『破壊神』という現象に、最も厄介な『解』を与えようとする、もう一人の天才(?)が、静かに動き出していた――。




