第85話 溢れる知性
底なしの闇へと続くかのような螺旋階段を、我らが『破壊神の信徒』一行は、黙々と下り続けていた。
『魔王城の併願城』攻略から始まり、魔王城への突入、そしてマモルンジャーZとの死闘。
遠征を開始してから、一体どれほどの時間が経過したのだろうか。
本来であれば、併願城をクリアした時点でギルド本部へ凱旋し、勝利の美酒に酔いしれるはずだった。それがどうだ。気がつけば魔王城の中間地点までノンストップで突き進むという、ブラック企業も真っ青の強行軍となっていた。
信徒たちの足取りは重い。鎧は傷つき、ローブは煤け、疲労の色は隠せない。
だが、彼らの瞳は、暗闇の中で異様な輝きを放っていた。
「……マスターについて行けば、何かが起こる」
「我々は今、伝説のただ中にいるのだ……!」
極限状態がもたらすランナーズハイにも似た高揚感。あるいは、集団催眠に近い熱狂が、彼らの足を動かしていた。
その先頭を行く神輿(という名の狂戦士キョウ)の中で、先師京介だけは、別の種類の興奮に打ち震えていた。
(レベル100……! そして、ついに手に入れたINT!!)
ステータス画面に輝く【INT:21】の文字。初期値の「1」から、実に20倍の知能を手に入れたことになる。
(20倍だぞ、20倍。テストで1点だったやつが20点になるようなものだ。……いや、例えが低レベルすぎるか)
とにかく、何かが変わるはずだ。
あのマモルンジャー(レッド)が、INTを得て流暢に喋り出したように、あるいは魔法を行使したように、この筋肉ダルマにも、知性の光が宿る瞬間が必ず来るはずだ。
(頼むぞ……! 僕の受験勉強のためにも、まずは「因数分解」ができる程度の知能を見せてくれ!)
京介が、アバターに過度な期待と無茶振りを寄せていた、その時だった。
「……おい、あれを見るニャ」
隣を飛んでいたポヌルが、前方を指差した。
長い螺旋階段の終わり。
その先に広がる広大な空間の床に、毒々しいほどに鮮やかな、紅蓮の光が明滅しているのが見えた。
「おお……! あれこそが!」
「中間地点! セーブポイントだ!」
信徒たちが歓声を上げる。
しかし、その希望の光のそばに、招かれざる客の姿があった。
「……キシャァァ……」
「……グルル……」
紅い光に照らし出された二つの影。
ボロボロの甲冑、折れた戦斧。満身創痍ではあるものの、その殺意だけはいささかも衰えていない。
先ほどのテラスでの戦いで、キョウ(人間大砲)によってボーリングのピンのように弾き飛ばされ、奈落の底へと消えていったはずの、マモルンジャーZの残り二人――ブルーとイエローだった。
(い、生きていたのか!?)
京介が驚愕する。
奈落の底だと思っていた場所が、まさかセーブポイントのある中間地点フロアだったとは。
運が良いのか悪いのか。
敵は手負いとはいえ、こちらは疲労困憊の信徒たちと、制御不能の狂戦士だ。
(まずいな……。ここで乱戦になったら、後ろの信徒たちに被害が出るかもしれない)
京介が警戒レベルを引き上げた、その時。
先頭を歩いていたキョウが、突如としてピタリと足を止めた。
そして、敵に向かって突進するでもなく、雄叫びを上げるでもなく、静かに、本当に静かに、何かを呟き始めたのだ。
「……ムグ……ル……ヌ……」
(えっ?)
京介の思考が停止する。
いつもの「ウガァァッ!」という獣の咆哮ではない。
明らかに、発音と抑揚を伴った、言語らしき音声。
「……ラ……グナ……ウェ……ガ……」
(しゃ、喋ってる!? いや、日本語じゃないけど……なんだこれ? まさか、これがINT20の力なのか!?)
京介が、その未知の言語に戸惑っていると、背後から、ガタガタと震える音が聞こえてきた。
振り返れば、天才軍師ロジックが、眼鏡をずり落としそうになりながら、全身を痙攣させていた。
「あ、あれは……! あの発音体系……あの独特の母音の響き……! 間違いありません!」
ロジックは、興奮のあまり裏返った声で叫んだ。
「あれは、古代シュメール語……いや、それよりも遥か以前、神代の時代に使われていたとされる、失われた始原の言語! まさか! マスターが詠唱しておられるッ!?」
「詠唱だとおおおお!?」
信徒たちがどよめく。
「ついに見られるのか!? 神の究極魔法を!?」
「物理法則を書き換える、真の奇跡を!」
(そんなわけあるか! と言いたいところだけど……)
京介は、今回ばかりはツッコミを飲み込んだ。
なぜなら、あのマモルンジャー(レッド)も、INTを得たことで魔法「オモラシーン」を使ったからだ。
ならば、レベル100のキョウが、INT21を得て、魔法の一つや二つ覚えていても不思議ではない!
(詠唱……! そうだ、詠唱だ! ついにこの脳筋ゴリラが、知的な魔法使いへとクラスチェンジする時が来たんだ!)
京介の胸が、期待で張り裂けそうになる。
その間にも、マモルンジャーの二体はこちらに気づき、復讐の炎を燃え上がらせていた。
「「キシャアアアアアアアアアッ!!」」
ブルーとイエローが、ボロボロの体を引きずりながらも、殺意の塊となって突進してくる。
距離、30メートル。
キョウは動かない。ただ、ブツブツと、あの謎の言葉を紡ぎ続ける。
「……オ……モ……ヒ……ノ……タ……マ……」
京介と信徒たちの視線が、一点に集中する。
来る。伝説の魔法が。




