第82話 ゴリラと魔法1
静まり返ったテラスには、互いに距離を取り、睨み合う二体の狂戦士の姿があった。
一方は、最強の武器「狂戦士のナックル」により、攻撃力が文字化けした我らがキョウ。
もう一方は、素手になったものの、ステータスコピー能力によりキョウと互角の身体能力を持つ、セーブポイントマモルンジャーZ。
(武器がある分、こっちが有利か……? いや、油断は禁物だ。HPはまだ150程度。かすっただけで死ぬ!)
京介が、ヒリつくような緊張感の中で次の手を模索していた、その時だった。
遥か上空、天井のスピーカーから、あの甲高い声が響き渡った。
「フッフッフ……! 出来たぞ! ついに調整完了だ!」
声の主は、四天王の知将(笑)、チョウ・メードだ。
「おい! マモルンジャーZ! 貴様に足りなかった最後のピース、INTのポイントを、システム権限で無理やり足してやったぞ!」
(……は?)
京介の思考が停止する。
(INTを……足した?)
「これで貴様は、ただの脳筋コピーではない! 魔法を行使できる、インテリジェンスな脳筋へと進化したのだ! さあ、その新たな力で、その薄汚いゴリラを始末してしまえ! なる早でよろしく!」
(ふざけるなあああああああああああっ!!!!)
京介の魂の絶叫が、魔王城のテラスに木霊した。
恐怖ではない。
殺意でもない。
それは、純度100%の、ドス黒い「嫉妬」だった。
(INTを足すってなんだよ! なんだその羨ましすぎる技術は!? 僕が! 僕がどれだけそのステータスを渇望していたと思ってるんだ! レベル100目前になってもなお、INT初期値【1】の僕の悲しみが、お前に分かるか! ずるい! 僕にもくれ! そのポイントをよこせ! むしろ今すぐ僕のSPDと交換してくれ!)
京介が、敵のパワーアップに対して、危機感よりも先に「羨望」で身悶えしていると、レッドの様子が明らかに変化した。
獣のような構えを解き、スッ、と背筋を伸ばしたのだ。その瞳には、先ほどまでの野性味に加え、どこか理知的な光――受験会場で難問に挑む優等生のような冷徹な輝き――が宿っているように見える。
(くそっ……! 本当に賢くなってやがる……!)
レッドは、賢そうにバックステップで軽やかに距離を取った。そして、何やらブツブツと口の中で唱え始めた。
詠唱だ。
(魔法……! 本当に使えるのかよ!)
京介の嫉妬は、焦りへと変わる。
このアバターには、魔法防御力なんて概念は存在しない。物理防御ですら紙同然なのだ。魔法なんて喰らったら、蒸発して原子レベルで分解される未来しか見えない。
(くそっ!! どうしたらいいんだ! 距離を取られたらこっちは攻撃する術がないじゃないか! 遠距離攻撃手段なんて、小石を尻尾で投げるくらいしかないぞ!)
京介が、脳内で床を転げ回りながら対策を練っていると、彼の焦りなどどこ吹く風、我らが狂戦士キョウが、不敵に鼻を鳴らした。
「ウガガガァァァ!」
その雄叫びを聞いたポヌルが、いつものように、すかさず前に出て翻訳を入れる。
「『魔法が何だというのだ! この俺をそんなチンケな子供騙しで倒せるわけがなかろう! 小細工など無用! 正面から叩き潰してくれる!』……と、マスターは申しておられるニャ!」
(言ってない! そして全ての魔法使いに謝れ! 魔法は子供騙しじゃない! 物理法則を書き換える立派な学問体系〈ファンタジー的な意味で〉だ!)
京介のツッコミが脳内に響き渡る中、後方で見守る信徒たちは、ポヌルの言葉に沸き立った。
「おお! 頼もしい!」
「流石は我らがマスター!」
「魔法など、筋肉の前には無力!」
ロジックも、眼鏡を光らせて頷く。
「……左様。魔法とは、所詮は物理法則の書き換えに過ぎない。対してマスターの筋肉は、物理法則そのもの。いや、物理法則すらねじ曲げる特異点。概念として、どちらが上かは明白です」
(何が明白なんだよ! 物理法則を書き換える方が強いに決まってるだろ!)
京介が頭を抱えている間に、キョウは、有言実行とばかりに地面を蹴った。
SPDカンスト(デバフあり)の突進。
しかし、相手もさるもの。距離を取っていたレッドの詠唱が、キョウが間合いに入る直前で完了した。
「オモラシーン!!」
(……はい?)
京介の耳が、そのあまりにも緊張感のない、ふざけた呪文名を捉えた。
オモラシーン?
お漏らし?
しかし、その間抜けな名前とは裏腹に、現象は凶悪だった。
レッドの手のひらから、極限まで圧縮された超高圧の水の刃が、水平に、扇状に解き放たれたのだ!
ビシュウウウウウウッ!!




