第78話 三つ巴焼きそばパン
「もっ……と……ぉぉ……ぉ……!!」
チョットツが悶絶する声が響き渡る中で、京介は、冷静に目の前でゆっくりと動く敵の姿を観察していた。
(……遅い。遅いが……。普通の人間よりは、速い……か?)
そうだ。元のスペックが、SPDカンスト、レベル99の神速ゴリラなのだ。
それが、リアリーの強力なデバフ魔法『ヌルネバーン(※ネーミングセンスはさておき、たぶんスロー系の最上位魔法)』を受けたところで、そのスピードは、せいぜい「体育祭でちょっと目立つヤツ」レベルにまで落ちるだけなのだ。
スローモーションというよりは、むしろ、このクソゲーの物理演算から解放され、現実世界のリアルな人間と同じ速度で動くようになった、と言うべきか。
(つまり、この「精密操作用マニュピレーター」と化した僕の尻尾 の反応速度でも、ギリギリ対応できるようになったということか!)
京介が、この状況を無理やりポジティブに捉え直そうとした、まさにその時。
京介の脳裏に、この絶望的な1対3(+ドM1体)の状況を、奇跡的に打開するかもしれない、一つの、あまりにもセコい記憶がフラッシュバックした。
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あれは、先月の昼休み。
僕が、全校生徒の腹ペコ戦争が繰り広げられる聖地「購買部」へと、血眼になってダッシュした時のことだ。
目的は、一日限定5個、幻の「特製デラックス焼きそばパン(目玉焼きのせ)」。
僕が、最後の一個に手を伸ばした、まさにその瞬間。
3つの屈強な影が、僕の行く手を阻んだ。
「悪いな、文化部。それはオレが貰うぜ!」(バレー部キャプテン)
「いや! 今日の練習試合、絶対に勝つために、オレが食う!」(アメフト部キャプテン)
「待て待て。ここは、昨日ホームランを打った、このオレ様に譲るのが筋ってもんだろ!」(野球部キャプテン)
クラスのカースト最上位に君臨する、運動部キャプテン3人衆。
僕とキャプテン3人衆が、同時に、最後の焼きそばパンに手を伸ばし、膠着した。
次の瞬間、バレー部とアメフト部が、「お前が譲れ!」「いや、お前が!」と、胸ぐらを掴み合い始めた。
そこに、野球部キャプテンが「まあまあ、二人とも……」と割って入るフリをしながら、パンに手を伸ばす。
3人が、醜い焼きそばパン争奪戦を繰り広げている、その隙に。
僕は、すっ、と。
誰にも気づかれぬよう、3人の腕の下から、そっとパンを抜き取り、完璧な無表情でレジへと向かった。
あの日の昼休み。
3人が揉めているのを横目に、教室の窓際で食べた焼きそばパンの味は、格別だった。
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(……これだ!)
京介は、自らのセコい(いや、合理的な)過去の勝利体験に、わずかな光明を見出した。
その時、睨み合っていたマモルンジャー(ブルー)が、キョウに向かって、重々しく、戦斧を振り下ろしてきた!
(来た!)
京介は、進化した尻尾を、鞭のようしならせ、その戦斧の軌道を、下から完璧なタイミングで受け流した!
ガキィィン!
京介の尻尾によって軌道を逸らされた戦斧は、隣にいたマモルンジャー(レッド)の眉間をかすめていった。
ジャリィ!!
「キシャアアアア!!」
攻撃がかすったレッドが、明らかに不快そうな声を上げ、ブルーの胸ぐらを掴んだ。
(なんだ? 仲間割れか? ……そうか! こいつら全員キョウのステータスコピー ということは、脳みそも狂戦士! まともな連携なんて取れるはずがない!)
京介の脳内に、確信が走る。
そこへ、マモルンジャー(イエロー)が、キョウの横から、戦斧を振り下ろしてきた。
キョウが本能で反応し、その攻撃を左腕に装備したナックルで受け止める。
ガキィィン!!
(よし! このタイミングだ! 焼きそばパン作戦 、決行だ! こいつら脳筋ゴリラどもを同士討ちさせて、このセーブポイントマモルンジャーZ を自滅させる!)
京介は、レッドとブルーが揉めている隙を突き、ブルーの後頭部を、尻尾でペシッ!と、軽く叩いた。
その一撃が、まるで「おい、お前」と肩を叩くような、絶妙な挑発となった。
ブルーが振り返る。
その視線の先にいたのは、一番近くで、「キシャア?(オレじゃないよ?)」とでも言いたげに、キョウと鍔迫り合いを続けている、イエローだった。
「キシャアアアアアア!!」(訳:てめえか!)
ブルーが、イエローにも掴みかかった。
イエローも、いきなり殴りかかられて黙ってはいない。
「キシャアアアアアア!!」(訳:ふざけんな!)
かくして、セーブポイントマモルンジャーZ(レッド、ブルー、イエロー)の3体は、誰が本当の敵なのかも忘れ、わちゃわちゃと醜い殴り合い(焼きそばパン争奪戦)を始めてしまった。
(よし! 完璧に上手くいったぞ! アホの3つ巴だ! まさに購買部の再現だ!)
京介は、自らの知略(という名のセコい小細工)が完璧にハマったことに、内心でガッツポーズを決めた。
その瞬間、遥か上空、天井に仕込まれたスピーカーから、先ほどまで高笑いしていたチョウ・メードの、完全に素に戻った、甲高い絶叫が響き渡った。
『ちょっ! おま、お前ら! 何やってるんだよ!? 敵はそいつじゃなくて、そっちのゴリラ(キョウ)だろ! やめろ! 仲間割れするな! このポンコツどもがぁぁぁっ!』
(お、敵のボスも同じツッコミ入れてるぞ。そりゃそうだよな)
京介が、敵の知将(笑)の狼狽っぷりに、ほんの少しだけ優越感を覚えた、まさにその時。
(今のうちに、あの階段に……って、どうやって行こう? このアバター、僕の意志では動かせないし……)
京介が、次の行動に悩んだ、まさにその瞬間。
3体の醜い争いを、腕を組んで静観していた(ように見えた)キョウが、腹の底から、高らかに咆哮した。
「ウガァァァァァァァァッ!!!」
そして、その握りしめた拳を、天に突き上げる。
(やめろ! なんで、せっかく仲間割れさせたのに、わざわざその3つ巴に参戦しようとするんだよ! お前も焼きそばパンが欲しいのか!)
京介が、アバターの内部で全力でツッコミを入れている、その後方。
スローモーションで床を転がり続け、ようやく京介の足元に、スローでしがみついたチョットツが、スローな声で、しかし、確かな歓喜と共に、悶え続けていた。
「もっ……と……ぶっ……て……え……え……え!! こ……の……かん……かく……たま……ら……ん……!」




