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【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】  作者: 空木 架
第1幕 京介の絶望と周囲の勘違い

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第7話 偶然のクエストクリア

「荒ぶる開発神」という、あまりにも不名誉かつ誤解に満ちた称号を背負い、我らが狂戦士キョウは再び魔王城へと向かっていた。HPは、岩との死闘(?)の末に残り「1」。もはや、道端の小石につまずいただけでゲームオーバーになりかねない、風前の灯火である。


(もうだめだ……。僕の精神はとっくに限界を超えている……。いっそこのまま、早くミノタウルスに吹き飛ばされて楽になりたい……)


 先師京介せんし きょうすけの思考は、完全にネガティブの沼に沈んでいた。度重なる理不尽な死と復活のループは、真面目な受験生の心を蝕むには十分すぎる劇薬だったのだ。


 そんな京介の絶望を乗せて、キョウが鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れた、まさにその時だった。


 ファンファーファンファーファーン! ファンファンファン、ファーン!


 突如として、あたりに壮大なファンファーレが鳴り響いた。それは、どんなRPGでもプレイヤーの心を高揚させる、クエスト達成を知らせる祝福のメロディだった。


 その音に、今まで猪突猛進を地で行っていたキョウが、ピタリと足を止めた。そして、音の出所を探すかのように、キョロキョロと辺りを見回し始めたのだ。


(お、止まった? なんだこの音は?)


 京介が戸惑っていると、隣を飛んでいたポヌルが、したり顔で解説を始めた。


「これは、クエストをクリアした時に流れる音楽だニャ。どうやら、何かを成し遂げたらしいニャ、この脳筋が」


 ポヌルの言葉と同時に、京介の視界の前に半透明のウィンドウがポップアップした。そこには、くっきりとこう書かれていた。


【クエストクリア!】


(なに? 何のクエストをクリアしたんだ? 僕たちはただ、村を破壊して、岩を殴って、魔王城に突撃しようとしていただけだぞ?)


 京介の疑問に答えるかのように、ウィンドウの表示が切り替わる。


【ユニーククエスト:村人の長年の悩みを解消せよ!】

【達成条件:村の老人たちを苦しめるリウマチの原因を取り除き、癒やしの場を提供する】

【達成!】


「温泉かいッ!!」


 京介のツッコミが、脳内に木霊した。まさか、あの気まぐれで殴り壊した岩から湧き出た温泉が、村の老人たちのリウマチを癒すという、壮大なクエストのクリア条件だったとは。


(そんな隠しクエスト、誰が発見できるんだよ! 街道脇の岩を素手で、反動ダメージを受けながら殴り壊すのが正規ルートだと!? このゲームの開発者はプレイヤーにゴリラか何かになることを求めているのか!)


 あまりの理不尽なクエスト内容に眩暈を覚えていると、さらにウィンドウの表示が更新された。


【クエストクリア報酬:100,000,000ゴールド】


(報酬の桁がインフレーションを起こしてる! 僕が今まで勉強してきた経済学の常識を根底から覆す気か!)


 京介は、今度こそ声に出して叫びそうになった。一億ゴールド。ゼロの数が多すぎて、もはや現実味がない。国家予算か何かなのか。この世界の物価はどうなっているんだ。たかが一介の村のクエストで、これほどの報酬が支払われるなど、ゲームバランスという概念が存在しないのだろうか。


 キョウは、鳴り響くファンファーレとウィンドウの表示に満足したのか、キョロキョロと辺りを見回すのをやめた。そして、くるりと踵を返し、再び魔王城のある方角へ向かって走り出そうとした。


(まあ、なんだ……。理不尽ではあるけど、大金が手に入っただけマシか……。これだけあれば、何か状況を打開するきっかけに……)


 京介の思考が、ほんの一瞬だけポジティブに傾いた、その時だった。


 世界で最も静かで、最も間抜けな死が、彼を訪れた。走り出そうとしたキョウの額が、前方に張り出していた低い木の枝に、コツン、と、あまりにも軽くぶつかったのだ。


【キョウは 1のダメージを うけた!】

【キョウのHP:1/150 → 0/150】


 視界が、ゆっくりと暗転していく。あまりにも呆気ない、史上最も間抜けなゲームオーバー。京介の意識が遠のく中、彼の魂の叫びだけが、虚空に響き渡った。


「周りをよく見ろおおおおおおお!!」



 白い光と共に、京介の意識は始まりの村へと引き戻された。もはや、この光景にも何の感慨も湧かない。


 しかし、今回は一つだけ、決定的に違う点があった。彼のステータス画面に表示される所持金額である。


【所持金:50,000,000ゴールド】


「一瞬で5千万ゴールドが消し飛んだニャ……。デスペナルティで所持金が半減する仕様とはいえ、VRMMO史上最速、最高額の浪費だニャ。お主はもはや伝説の浪費家だニャ」


 隣で復活したポヌルが、心底呆れたように言った。京介もがっくりと膝を折った。ログインしてからまだ数時間。その間に、一億ゴールドを稼ぎ、その半分を木の枝一本で失ったのだ。こんな経験をしているプレイヤーは、全サーバーを探しても彼一人だろう。


 だが、京介はすぐに気を取り直した。


「……でも、まだ5千万ゴールド残ってる! これだけあれば、最強の装備を揃えられるはずだ! よし、ポヌル! 武器屋と防具屋に案内してくれ!」


 そうだ、まだ希望はあった。金さえあれば、この理不尽な状況を打開できるかもしれない。レベル1でも、最高の装備を身につければ、ミノタウルスに一矢報いることができるかもしれない。


 京介の目に、再び闘志の炎が宿った。しかし、そんな彼に、ポヌルは冷や水を浴びせるように、残酷な事実を突きつけた。


「それは名案だニャ。だが、一つだけ、宇宙の真理と同じくらいどうしようもない問題があるニャ」


「なんだよ!」


「キョウは『ウガァ』としか話せないニャ。店主の前でカウンターを拳で叩き割りながら『ウガァ!』と叫んで、一体何を買うつもりニャ?」


「…………はっ」


 京介の思考が、完全に停止した。


 そうだ。このアバターは、まともなコミュニケーションが取れないのだ。武器屋のカウンターで「ウガァ! ウガァァァ!」と叫んだところで、店主は困惑するか、あるいは警備員を呼ぶだけだろう。身振り手振り? この制御不能な狂戦士が、そんな器用な真似をできるはずもなかった。


 5千万ゴールドという大金。

 最強の装備を手に入れるための、無限の可能性。

 その全てが、今、目の前にあるというのに、それに手を伸ばす術がない。


 それは、あまりにも、あまりにも残酷な現実だった。


「億万長者なのに無一文と同じだああああああああああああ!!」


 京介の絶望の叫びが、のどかな村に響き渡る。


 そんな彼の苦悩など露知らず、狂戦士キョウは、再び魔王城を目指して、元気に村を駆け出していくのだった。


 このあまりにも理不尽で、あまりにも滑稽な一連の出来事が、VRMMO「ミステイク・ダストボックス・オンライン」の公式フォーラム、その片隅で、新たな伝説の火種として投下されたことを、京介は知る由もなかった。

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