第77話 それぞれの思い
シュバッ!
SPDカンストの神速が、ギリギリで機能した。
狂戦士キョウは、セーブポイントマモルンジャー(レッド)の反撃を紙一重で回避すると、大きく後ろに跳躍し、戦闘態勢のまま、敵との距離を取った。
(ステータスコピー……だって!?)
アバターの内部で、先師京介の脳は、この世の終わりを告げられたかのような、凄まじい衝撃に揺さぶられていた。
レベル99、STRゴリラ、SPDカンスト。
それが、三体。
(勝てる訳ない! 勝てる訳ないだろ、こんなの! 防御力は、あの鉄壁狂戦士から貰った【VIT200】【DEF200】ぽっちだぞ! レベル99のゴリラパンチを喰らえば、一撃で即死だ!)
京介の脳は、この絶望的な状況下で、「どうすれば勝てるのか」という問いの答えを探すため、彼のまだ深いとは言い難い人生経験の中から、走馬灯レベルで、必死に活路を模索し始めていた。
(いや、待て。落ち着け、僕。落ち着いて考えるんだ。どんな難問だって、必ずどこかに解法はある。そうだ、これは大学入試と同じだ! 問題文をよく読み、与えられた条件を整理し、論理的に思考すれば、解けない問題なんて無いはずだ!)
京介は、必死に自らを鼓舞し、目の前の絶望的な状況を、脳内で、見慣れた「問題用紙」のフォーマットへと変換した。
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問題1
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キョウ君、レッド君、ブルー君、イエロー君の4人で勝負します。
4人は全く同じ強さです。
キョウ君以外の3人は仲間です。
キョウ君はセーブポイントを目指していますが、他の3人に勝たなければそこに行くことはできません。
※一撃でも攻撃を受けたらレベル1に戻ります。
キョウ君がノーダメージで、3人に勝ち、セーブポイントに行くにはどうしたら良いでしょう?
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(こんなもん解けるかあああああああああああっ!!!!)
京介は、自らが生み出した、あまりにも完璧な「詰み」の証明に、絶望の叫びを上げた。
京介が、解けない問題に脳を焼き切っていた、まさにその時。
このパーティーのもう一人のブレイン、天才軍師ロジックの脳もまた、高速回転していた。
「ステータスコピー……! なるほど、厄介な能力ですね。さすがのマスターでも、ご自身と全く同じスペックの敵が三体となれば、少しだけ苦戦を強いられるかもしれない。……マスターのサポートが必須です!」
ロジックは、即座に状況を判断すると、後方で控えていた数少ないデバフ(弱体化)魔法の使い手、リアリーに向かって、冷静に指示を飛ばした。
「リアリーさん! 敵のSPDを落とすデバフをお願いします! マスターと同じ速度では、我々が撹乱することすら叶わない!」
「はいっ! 承知しました、ロジック様♡」
リアリーが、頬を紅潮させ、ロジックからの初めての直接指示に、ハートマーク付きの返事をしながら、詠唱を開始した。
(そうだ! デバフ! 相手の速さを殺げば、あるいは……!)
京介の脳裏にも、一筋の光明が差す。
そして次の瞬間、彼の脳裏にこの状況を解決するべく昔の記憶がフラッシュバックした。
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小学校三年生の時の昼休み。
校庭で、クラス全員参加のドッジボールをしていた時のこと。
運動神経ゼロの僕は、ただただ逃げ回っていただけだったのに、たまたま偶然が重なり、内野に一人だけ残ってしまった。
相手は、クラスのカースト最上位に君臨する、サッカー部のエース、野球部の四番、そして学級委員長という、陽キャ三人衆。
絶望的な状況で、僕は咄嗟に、図書館で読んだ災害対策の本に書いてあった、最強の防御姿勢「ダンゴムシのポーズ」を取った。
その瞬間、エースが投げた炎のドッジボールが、完璧な放物線を描き、丸まった僕のお尻に、クリーンヒットした。
「うぎゃぁーーーー!!」
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(ダメだ! これじゃない! トラウマが蘇っただけだ!)
京介が、過去の尻の痛みに悶絶していると、このパーティーで、最も思考回路が異次元な男が、ようやく復活した。
マスター護衛隊長、チョットツだ。
彼は、先ほどの衝撃波で吹き飛ばされたダメージ(という名の快感)の余韻に浸りながら、思考を巡らせていた。
(……ああ……たまらねえ……。これが、最終ダンジョン魔王城の洗礼……! だが、足りねえ! もっとだ! もっと、この身に『神撃』を受けたい! ……どうすれば、もう一回、あの快感を味わえる!?)
チョットツは、目の前で睨み合う、四体の超高速ゴリラを見つめた。
そして、閃いた。
(そうだ! あの三体は、マスターのコピー! つまり、あの三体の攻撃は、実質マスターの攻撃と同じ! ならば……!)
チョットツは、ニヤリと、変態的な笑みを浮かべた。
(あの敵と、本物のマスターが激突する、そのど真ん中に、タイミングよく割り込めば……! オレは、両方からの攻撃を、同時に受けられるんじゃないか!?)
結論に至るや否や、チョットツは、その巨体を弾丸のように躍り出させた。
「マスター! お覚悟を!」(←色々な意味で)
(やめろ、馬鹿ーーーーーーっ!!!!)
京介の絶叫と、四体のゴリラが動いたのは、ほぼ同時だった。
「ウガァァァァッ!!!」
「「「キシャアアアアッ!!!」」」
キョウと、セーブポイント戦隊の三体が、全く同じタイミングで、互いに向かって、神速の突進を開始した!
四つの残像が、闘技場の中央で激突しようとした、まさにその瞬間。
詠唱を終えたリアリーが、杖を高々と掲げ、叫んだ。
「喰らいなさい! あたしの愛の呪縛を! ……『ヌルネバーン』!!!」
(ヌルネバーン!? なんだその、ヌルッとした名前の魔法は!?)
京介のツコミも虚しく、リアリーの杖から放たれた、ねばねばとした(イメージです)半透明の光が、闘技場の中央で激突寸前の四体のゴリラと、そこにタイミングよく飛び込んできた一人の変態に、完璧に着弾した。
「あ、やば♡」
リアリーが、小さく呟いた。
次の瞬間。
激突するはずだった四体の超高速ゴリラの動きが遅くなり、常人レベルの動きになった。そして、一人の変態の動きは、まるで超スローモーション映像を見ているかのように、極端に遅くなった。
キョウの拳が、ミクロン単位で、マモルンジャー(レッド)の顔面に迫る。
マモルンジャー(ブルー)の戦斧が、キョウの脳天に迫る。
マモルンジャー(イエロー)の蹴りが、キョウの脇腹に迫る。
そして、その全ての攻撃の交差点に、チョットツが、恍惚とした表情で、自ら飛び込んでいる。
チョットツが、スローモーションで悶え始めた。
「う……ぎ……や……あ……あ……あ……あ……もっ……と……ぉぉ……ぉ……!!」
京介は、その、あまりにもカオスで、あまりにも地獄のような光景を、同じくスピードが落ちたアバターの内部で、呆れて感想を漏らした。
(なんだこの地獄! ……何階層目!?)
もはや収拾のつかない狂騒を前に、京介はただただ呆れるしかなかった。




