第76話 知将
「……もっとー!!」と叫びながら、キョウの足元でチョットツが恍惚としていた。
階段の奥、暗闇の中からゆっくりと姿を現した三体の黒い甲冑の悪魔。
その威圧感は本物だ。京介がゴクリと唾を飲んだ、まさにその時。
彼らの頭上に、くっきりと、そしてあまりにもふざけた名前がポップアップした。
【セーブポイントマモルンジャーZ】
(ふざけんな! 戦隊モノかよ!)
京介は、アバターの内部で、この世のありとあらゆる語彙を尽くして罵倒した。
(守る+レンジャー+Z[たぶん最強の意]だと!? なんだその、小学生が休み時間に考えたような、安直すぎるネーミングは! しかも三人しかいないじゃないか! 戦隊モノの基本構成[五人]すら満たしていないぞ!)
京介が、このゲームのネーミングセンスに本気で絶望していると、隣を飛んでいたポヌルが、やれやれといった様子で解説を始めた。
「あれは恐らく、このゲームの開発会社の副社長が、昨夜の飲み会でふざけて決めた名前ニャ。あの人は、昭和の戦隊モノが大好物だニャ。誰も止められなかったのニャ。それと……少数だが三人の戦隊もいるニャ」
(社長に引き続き、今度は副社長かよ! この会社のトップ、まともな奴が一人もいないのか!? それと……最後まで三人だったのは1981年のサンバルカンだけなんだよ!)
やけに戦隊ものに詳しい京介のツッコミも虚しく、ポヌルの解説が聞こえているのかいないのか、天才軍師ロジックが、柵の向こう側、遥か眼下の紅蓮のオーブ(セーブポイント)と、目の前のマモルンジャーZを見比べ、腕を組んで静かに分析した。
「……ふむ。恐らく、あれはあのセーブポイントの守護者ですね。何となく名前がそんな感じです」
(なんとなくじゃない! そのものズバリだろ! なんでこういう時だけ、あんたの斜め上の深読みが発動しないんだよ! そこは『マモルンジャーZという名前は、守るという行為の象徴的隠喩であり、Zはアルファベットの最後、すなわち終焉を意味する。つまり彼らは、セーブという安息を求める者に、死の試練を与える存在なのだ!』とか、そういう面倒くさい考察を震えながらするところだろ!)
京介が、ロジックの珍しく常識的な、しかし、全く役に立たない分析に、全力でツッコミを入れていると、我らが狂戦士キョウが、京介の焦りなど知る由もなく、ゆっくりと敵に向かって歩き始めた。
レベル99、STRゴリラ・SPDカンスト。 その、もはや歩く災害と化したアバターが、敵の目の前でピタリと立ち止まる。
「スゥーー……」
キョウが、いつものように腹の底から咆哮しようと息を吸い込んだ、まさにその瞬間。
キョウの行動パターンを完全に読み切ったポヌルが、キョウ本人よりも早く、完璧な「先読み翻訳」を開始した。
「『この様な、副社長の趣味が丸出しのモンスターごときは、我の敵ではない! 軽く捻ってくれるわ!』……と、マスターは言おうとしてるニャ」
「ウガ?」
先にセリフを言われたキョウが、まるで「お前、なんで分かったんだ?」とでも言うように、ポヌルの方をぽかんと振り返った。
その、あまりにも間の抜けた光景に、信徒たちが「おお……」と感嘆の声を漏らしかけた、その時だった。
遥か上空から、聞き覚えのある、ノイズ混じりの甲高い声が響き渡った。
「……フッフッフ……よくぞ来たな、愚かな侵入者ども!」
(……この声は!)
「私は魔王軍が誇る偉大なる四天王の一人! 知将! チョウ・メードだ!」
(知ってるよ! 落とし穴とクッション部屋の恨みは忘れないぞ! あと、知将は絶対に自称だろ!)
京介がツッコミを入れていると、声の主は、キョウの姿をようやく認識したのか、素っ頓狂な声を上げた。
「あれ!? お前、さっきオレ様の自信作『スクラッチ・ノイズ・ジェネレーター』を尻尾で破壊した、『壁殴り代行』のヤツじゃないか!? なんで生きてるんだよ!?」
(壁殴り代行ってなんだよ! なんだその不名誉なあだ名は!)
チョウ・メードは、すぐにゴホンと咳払いをして、無理やり尊大な口調を取り繕った。
「ふん! まあいい! よくぞここまで辿り着いたな! 歓迎するぞ! この知将のチョウが、貴様らのために、わざわざ用意してやった最強の駒! セーブポイントマモルンジャーZの餌食となってもらおうかぁ!」
(誰が知将なんだよ! お前の作戦、落とし穴[クッション付き]とか、だまし絵とか、全部バカ丸出しだったじゃないか!)
京介の、あまりにも真っ当なツッコミが終わるか終わらないかのうちに、キョウが、動いた。
もはや、敵の長広舌を聞く気など、1ミリも無いらしい。
シュバッ!
キョウの姿が、消えた。
SPDカンストの神速が、マモルンジャーZの一体(レッド?)に襲いかかる。
「ウガァッ!」
【STR:⚆•̫͡•⚆】
その、もはやこの世の理不尽を凝縮したかのような、最強の拳が、レッドの顔面に叩き込まれる!
ガキィィィィィィィィィィィィィィン!!!!
甲高い金属音。
京介の脳裏に、信じられない光景が映し出された。
レッドは、キョウの神速の拳(ナックル付き)を、その手に持った巨大な戦斧の柄の部分で、完璧に受け止めていたのだ。
(なにっ!)
京介が驚愕する。
超高速ゴリラの攻撃を、真正面から受け止めるだと!?
その京介の驚きを、天井のチョウ・メードが、待ってましたとばかりに嘲笑った。
「フッフッフ……! ステータスに自信があるようだが、無駄だ無駄だ! マモルンジャーZは、この知将のチョウが、我が魔王軍の遺伝子工学の粋を集めて作り上げた、最強のガーディアン!」
チョウ・メードの声が、勝利を確信したかのように、一段と甲高くなる。
「奴らは、目の前に立った敵のステータスを、瞬時にスキャンし、自らのステータスに『完全コピー』する能力を持っているのだ! つまり! 今、お前たちの目の前にいるマモルンジャーZは、お前と全く同じ、亜音速ゴリラ状態というわけだ! お前らに勝ち目はない!」
(……はあああああああ!?)
京介の脳内に、チョウ・メードの高笑いと、絶望的な事実が響き渡った。
はたしてキョウ達は、最強の自分のコピー3体を倒し、悲願のセーブポイントにたどり着けるのであろうか。




