第73話 さらなる高みへ
ドガガガガガガガガッ!!
【20】
【23】
【21】
【22】
【18】
(地味だ……! 地味すぎるぞ、この絵面!)
先師京介は、アバターの内部で頭を抱えていた。
目の前で繰り広げられているのは、レベル??の鉄壁狂戦士と、レベル99の神速狂戦士による、世紀の死闘のはずだった。
だというのに、現実はどうだ。
キョウが、自分とそっくりな敵に馬乗りになり、その顔面に、相手が装備していたトゲ付きナックルを押し付け、その上から、ひたすら地味なパウンドを「ポコポコポコポコ」と叩き込み続けている。
一発あたりのダメージは、平均「20」。
(平均20ダメージで、相手はVITカンストだから、HPは多分9999……いや、キリが悪いから10000か? まあいい、仮に9999だとして……暗算開始! 9999÷20=499.95……約500発!? キョウの今の連打速度が、1分で100回殴ると仮定して……500÷100で……え? 5分? 5分間、ずっとこのマウントポジションのまま、地味に殴り続けるの、僕たち? 地獄かよ!?)
しかも、その地獄絵図を、通路の入り口では、ロジックを筆頭とする信徒たちが、どこから取り出したのか、お煎餅をポリポリと齧りながら、固唾を飲んで観戦しているのだ。
あまりにもシュールすぎる。
(せめて、もっと派手なエフェクトとか無いのか! あと、観戦してるあんた達も、もうちょっと緊張感持ってくれよ! こっちは紙装甲で即死の恐怖と戦ってるんだぞ!)
京介が、そんなしょうもない計算とツッコミに脳のリソースを割いていた、まさにその時だった。
キョウに殴られ続けていた敵の狂戦士の体が、ふわり、と淡い緑色の光に包まれた。
そして、京介の目の前に、ポンッ、と軽快な音を立てながら、絶望的なメッセージが表示された。
【HP900回復】
(ちょっと待てええええええええええいっ!!!)
京介は、アバターの内部で、本日最大級のボリュームで絶叫した。
(こいつ、オートヒールまで持ってやがるのか! 最強の盾にして、最強の回復役! なんだそのチート性能は! ウチの脳筋ゴリラにも見習わせたい! 羨ましい!)
京介は、そのあまりにも高性能な敵のスペックに、本気で羨望の眼差しを向けたが、すぐに我に返った。
(いや、羨ましがっている場合じゃない! 計算、再開! えーっと、今の回復が、大体30秒に一回発動すると仮定して、1分で1800回復。こっちの1分あたりのダメージが、さっきの計算だと2000だから……2000−1800で……1分あたりの実質ダメージが、たったの『200』!?)
京介は、自ら導き出した数字に戦慄した。
(HP9999÷実質ダメージ200=49.995……。約50分!? 冗談だろ!? 50分間、ずっとこの地味な絵面を見せ続けられるのか!? そんなの、期末テスト並じゃないか! 観戦中の信徒たちも、さすがに飽きて鉛筆を転がしだすぞ!)
京介が、あまりの長期戦の予感に絶望していると、その信徒たちから、熱狂的な応援のエールが飛び始めた。
「マスター頑張れー!!」
「そこだ! 左の脇がガラ空きですよ!!」
「今なら膝十字固め、行けますよ!!」
「いいぞ、もっと殴れ! もう諦めてタップしろよオラッ!!!」
(なんか一人だけ、めちゃくちゃガラの悪い人が混じってる!?)
京介が、慌てて声の主を確認する。
そこにいたのは、目を血走らせ、お煎餅を握りしめた拳を、興奮気味に振り上げている、あの腐女子プレイヤー、リアリーの姿だった。
(キャラが! キャラが変わりすぎだろ! さっきまでの、『ロジック様……』とか言ってた乙女[腐女子]はどこに行ったんだよ! 完全に、格闘技観戦に熱狂してるヤジ親父のそれじゃないか! 色々ヤバいな、あの人!)
京介が、リアリーの豹変ぶりにドン引きしていると、マウントを取られていた敵の狂戦士が、最後の抵抗とばかりに、キョウの腕を掴もうと暴れ始めた。
「ウガッ!」
キョウが、鬱陶しそうにその腕を振り払った、その瞬間。
敵の手に装備されていた、あのトゲ付きのナックルが、スポンッ、と。
手からすっぽ抜けて、宙へと舞い上がった。
(ああっ!?)
京介は、血の気が引くのを感じた。
(まずい! あれがないと、またダメージ【0】の地獄に逆戻りだぞ!)
京介は、咄嗟に、進化した尻尾を、まるでカメレオンの舌のように、正確無比な軌道で伸ばした。
宙を舞うナックルを、尻尾の先端で、見事にキャッチする!
(よしっ! ナイスキャッチ、僕の尻尾!)
京介が安堵した、その時。
キョウの目が、紅に光った。
彼は、自分が殴るのをやめたことで、敵の狂戦士が「グオ?」と不思議そうな顔をしているのも構わず、京介がナックルをキャッチした尻尾を、ギロリと睨みつけた。
「ウガァァァァァァッ!!!」
獣の咆哮。
キョウは、京介の尻尾から、獲物を奪い取るかのように、ナックルを乱暴に掴み取ると、それを、自らの拳に、無理やり握り込んだ。
(えっ!? お前が装備するの!?)
京介が、そのあまりにも強欲な行動に驚愕していると、ポヌルが、通路の隅から、すかさず完璧な同時通訳を入れた。
「『フン! 作戦通り、このナックルを奪い取ってやったわ! これで終わりだ!』……と、マスターは高らかに勝利を宣言しておられるニャ!」
その言葉に、観戦していた信徒たちが、一斉に熱狂する。
「おおおおおっ!」
「さすがマスター!」
「敵の武器を奪い取るタイミングまで、全て計算済みだったというのか!」
「これで、マスターの攻撃力がさらに……!」
信徒たちの熱狂を裏付けるかのように、京介の視界に、新たなメッセージが表示された。
【狂戦士のナックルを装備しました。STRが500上がりました】
(500も上がるの!? ただでさえカンストしてるのに、このゲームのステータス上限はどうなってるんだよ!)
京介が、慌てて自らのステータス画面を脳内で確認する。
そこには、彼の絶望を具現化したかのような、恐るべき文字列が表示されていた。
【STR:⚆•̫͡•⚆ウホ】
(文字化けしてるううううううううううっ!!! 数字ですらない! もはや絵文字! しかもゴリラ! 知ってたよ! こいつがゴリラだってことは、初めから知ってたけども! 運営も公認のゴリラってことかよ!)
京介の魂のツッコミが炸裂する。
そして、目の前では、最強の武器を手に入れた、最強の狂戦士が、その戦いの終わりを告げるべく、静かに構え始めていた。
キョウは、マウントポジションのまま、左手を自らの右肩に、ポン、と置いた。
そして、「フシュウゥー……」と、まるで蒸気機関車が蒸気を噴き出すかのような、荒々しい呼吸音を吐き出しながら、ナックルを装備した右腕を、ぐるり、と。
大きく、大きく、肩を回し、首をコキコキと鳴らしながら、その拳を、固く、固く、握り込んだ。
その一撃に、このダンジョン、いや、この世界の物理法則すら超越した、全ての「ゴリラ」が込められようとしていた。




