第71話 狂戦士の死闘
「ウガァァァァァァァァッ!!!」
「グオオオオオオオオオッ!!!」
二体の獣が、同時に、それぞれの雄叫びを上げた。
先師京介が、アバターの内部で「会話という概念は無いのかよ、お前ら!」とツッコむ暇もなく、二つの巨体が、狭い通路で真正面から激突した。
いや、正確には、激突したのは一体だけだった。
シュバババババババババッ!
キョウの姿が、消えた。
SPDカンスト、レベル99。そのスペックは、もはやこのゲームの物理演算すら置き去りにする。
敵の狂戦士が、その鈍重な巨体で「グオ?」とターゲットを見失った、まさにその刹那。
キョウは、既に相手の懐に潜り込み、STRカンストの拳を、残像が見えるほどの速度で叩き込んでいた。
ドガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
それは、もはや打撃音ではなかった。
あまりの高速連打が、大気を震わせ、一つの轟音を生み出している。
(やったか!? これだけ殴れば、いくらなんでも!)
京介が、自らのアバターの制御不能な圧倒的火力に、一瞬だけ希望を抱いた。
しかし、その希望は、砂埃が晴れた先に表示された、無慈悲な数字の羅列によって、木っ端微塵に粉砕された。
【0】
【0】
【0】
【0】
【0】
【0】
(嘘だろおおおおおおおおっ!?)
京介は絶叫した。
レベル99! STRカンスト! その、この世の全てを粉砕できそうなステータスをもってしても、ダメージが、ゼロ!?
「グオ……?」
相手の狂戦士は、まるで「腹筋ローラーでも当てられたかな?」とでも言いたげに、小首を傾げただけだった。ダメージは一切ない。
それもそのはず。
ポヌルの分析通り、相手はVITとDEFに全振りした、究極の「受け」特化型狂戦士。キョウのカンストした攻撃力すら、その圧倒的な防御力が、完璧に相殺してしまっているのだ。
「グオオオオオオッ!」
狂戦士が、ようやく目の前の敵を認識し、そのトゲ付きのナックルを装備した右拳を、ゆっくりと、しかし確実に、キョウに向かって振り上げた。
(まずい!)
京介の脳裏に、ポヌルの「一撃で即死もあり得るニャ」という、悪夢の宣告が蘇る。
キョウの防御力はレベル1の初期値のまま。文字通りの《紙装甲》だ。
京介は、全神経を、進化した尻尾に集中させた。
(ここで避ける!)
敵の拳が振り下ろされる、そのコンマ1秒前。
京介は、尻尾の先端に巻き付いたトゲを、まるで精密機械のように操作し、相手のナックルの、軌道の基点となる手首の関節部分を、ピンポイントで強かに打ち据えた!
ビシィッ!
「グオッ!?」
ナックルの軌道が、わずかに逸れる。
キョウの頬を、数ミリの差で掠め、重い拳が空を切った。
(よしっ! 完璧だ!)
京介は、自らの超絶技巧に内心でガッツポーズを決めた。
「ウガァ!」
しかし、キョウは、そんな京介の苦労など知る由もない。
彼は、ただ「殴り返す」という本能に従い、再び高速の拳を叩き込み始めた。
ドガガガガガガガガガッ!
【0】
【0】
【0】
(だから、ダメージは通らないんだってば!)
京介は、アバターの内部で頭を抱えた。
キョウが殴る。敵が殴り返す。京介が尻尾で必死に軌道を逸らす。キョウがまた殴る。
あまりにも不毛な、永久機関が完成してしまっていた。
(ダメージが通らない! ポヌル! 何か良いアイディアはないか!? このクソゲーの仕様に詳しいお前なら、何か知ってるだろ! このままじゃジリ貧だ! こっちの尻尾の集中力が切れた瞬間に、即死だぞ!)
京介が、唯一まともな会話ができる相棒に助けを求めると、ポヌルは、通路の隅で安全を確保しながら、大きなあくびを一つして、こう言い放った。
「なんにも思いつかないニャ。戦闘を楽しむといいニャ。頑張るニャ」
(くそっ! この役立たず猫! こっちは命がけで戦ってるんだ、楽しめるか! 装備品の差が大きすぎるんだよ!)
京介は、悪態をつきながらも、再び敵のナックルを尻尾で弾いた。
すると、キョウの連打が、またしても轟音を立てて炸裂した。
ドガガガポヨガガガッ!!!
(……ん?)
京介の耳が、今、明らかに聞き流してはいけない、間の抜けた効果音を捉えた。
(……ポヨ?)
ドガガガポヨガガガポヨガガガガッ!!!
(やっぱりだ! なんか、殴る音に混じって、「ポヨ」って音が鳴ってる! なんだよ、その緊迫感をぶち壊す効果音は! こっちは命がけで即死攻撃を捌いてるんだぞ!)
京介が、このクソゲーのセンスに再び絶望していると、ポヌルが、まるで「ああ、またか」とでも言いたげに、冷静に解説を始めた。
「これは多分バグだニャ。多分、スライムか何かの音でも拾ってきちゃってるんだニャ。何度か連続で攻撃を当てたときの、連続技の効果音が間違ってるニャ」
(いちいち締らないゲームだな! こっちのシリアスな覚悟を返せ!)
京介のツッコミも虚しく、キョウは「ポヨポヨ」と間の抜けた音を鳴らしながら、ひたすらに【0】ダメージを刻み続ける。
このままでは埒が明かない。
(こうなったら、僕も攻撃に参加するしかない!)
京介は、決意を固めた。
敵の攻撃を尻尾で捌き、体勢を崩したその一瞬。京介は、尻尾に巻き付いたローズアーミーの鋭いトゲを、敵の狂戦士の腹部に叩きつけた!
(これならどうだ!)
キィンッ!
甲高い金属音。
尻尾の先端が、敵の腹部表面に届いた瞬間、甲高い金属音が鳴り響き、あのローズアーミーの硬いトゲが、あっさりと砕け散った。
(硬っ!? 僕の唯一の攻撃手段も無効化かよ!)
尻尾に、痺れるような衝撃が走る。
京介が、自らの攻撃が防がれたことに驚愕し、一瞬だけ、防御の意識が疎かになった。
その、コンマ1秒にも満たない隙。
それを見逃すほど、相手の狂戦士は甘くなかった。
「グオッ!」
(しまった!)
京介が気づいた時には、既に遅かった。
防御を潜り抜けた敵の左拳(即死の一撃)が、キョウのこめかみに向かって、確実な軌道で迫ってきていた。




