第70話 狂戦士
破壊神の信徒一行は、動かなくなった床を渡り終え、通路の先へと進み始めた。
通路は、相変わらず黒曜石のような壁で覆われ、ジメジメとした空気が漂っている。
やがて、L字型の曲がり角に突き当たった。道は右に続いている。
(よし、順路は右だな。さっさと進んで、早くセーブポイントに……)
京介がそう思った、まさにその時だった。
先頭を歩いていた狂戦士キョウが、ピタリ、と足を止めた。
そして、右の順路には一切目もくれず、正面の「行き止まりの壁」に向かって、おもむろに拳を振り上げた。
ゴッ!
(またかあああああああああ!!)
京介の魂の絶叫が、脳内に木霊する。
(なんでお前はいつもいつも、順路を無視して、関係ない壁を殴り始めたりするんだよ! 右だ! 右が順路なんだよ! 壁と会話するのはもう十分だ!)
京介が、もはやお約束と化したキョウの奇行にツッコミを入れていると、隣を飛んでいたポヌルが、ふむ、と顎に前足を当てて、真剣な表情で壁を見つめた。
「……何か、壁の向こう側に、強い反応があるみたいニャ」
(反応? また隠し部屋か? もういいよ、そういうの! こっちは最短ルートでクリアしたいんだよ!)
京介が、ポヌルの意味深なセリフに、さらなるイライラを募らせていると、右の通路を先行していた男が、間の抜けた声を上げた。
マスター護衛隊長、チョットツだ。
「あれ? ロジック殿! なんか、天井から紐みたいなのがぶら下がってますぜ? なんだこれ?」
チョットツは、天井から垂れ下がっていた、どう見ても「引っ張ってください」と言わんばかりの古びた紐を、何の躊躇もなく、その屈強な腕で、思い切り引っ張った。
(やめろ、馬鹿ーーーーーーっ!!!! その紐は! その紐は絶対に『お約束』のやつだ!)
京介の絶叫は、轟音にかき消された。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
突然、キョウが立っていた場所を中心に、床と壁が、地響きを立てながら、時計回りに180度、高速で回転を始めたのだ!
「「「うわあああああああっ!?」」」
信徒たちの悲鳴が響き渡る。
キョウが殴っていた正面の壁と、左側の壁が、回転しながら通路を分断し、代わりに、今までキョウたちの「後ろ」にあった空間が、新たな通路として目の前に現れた。
そして、その回転に巻き込まれたチョットツが、壁と壁の隙間に、見事に挟まれていた。
「ぐおおおっ!? は、挟まった! ……おお! この、左右から締め付けられる圧迫感! これはこれで……いや、むしろこれがいい!!!」
(良くないわ! なに喜んでんだよ、このドM!)
京介のツッコミも虚しく、回転した壁は完全に停止し、パーティーは無慈悲にも三つに分断されてしまった。
通路の右側に先行していた、チョットツとガンジョー。
回転した壁の向こう側、つまり、元の通路に取り残された、ロジックとリアリーを含む、その他の信徒たち。
そして、回転した床と共に、新たな通路へと強制的に移動させられた、キョウ&京介とポヌル。
(最悪だ……! この制御が効かないアバターじゃ戻りようがない!)
京介が、自らの不運を呪った、その時。
キョウとポヌルが、同時に、新たな通路の奥に佇む「何か」の気配に気づき、足を止めた。
暗闇の奥から、ゆっくりと姿を現したのは、一体の人影。
筋骨隆々の巨体。獣のような鋭い目つき。そして、あらゆる理性を母親の胎内に置き忘れてきたかのような、野性的な風貌。
(……キョウと、似てる……)
京介が、そのあまりにも見慣れたシルエットに、強烈なデジャヴを感じていると、隣でポヌルが、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「あ、あれは……。なんで、こんな近くにいるニャ……」
(ポヌル、何か知っているのか!? あれは一体……)
京介が、ポヌルに問いかけようとした、その言葉が終わるよりも早く。
狂戦士キョウが、動いた。
自分と酷似した存在を「敵」と認識したのか、あるいは、ただの縄張り争いか。
理由は分からない。
だが、キョウは、SPDカンストの、もはや不可視の突進を敢行した。
「ウガァァァァァァァァッ!!!」
シュバッ!
キョウの姿が、一瞬で消える。
次の瞬間、通路の奥で、凄まじい衝撃音が響き渡った。
ドゴォォォォォン!!!
STRカンストの拳が、相手の顔面にクリーンヒットした。
一撃必殺。
レベル99のキョウの一撃だ。どんな敵だろうと、これで終わる。
京介がそう確信した、次の瞬間。
相手もまた、キョウよりもスピードは遅いが、質量を乗せた、パンチを返してきたのだ!
(なっ!?)
京介は、咄嗟に、進化した尻尾に全神経を集中させた。
精密操作用マニュピレーターと化した尻尾が、鞭のようにしなり、相手の拳を、下から完璧なタイミングで打ち上げた!
バシィッ!
相手の拳が、わずかに軌道を逸れ、キョウの頬を掠めて空を切る。
それと同時に、京介の視界に、相手の名前が、くっきりと見えた。
【狂戦士】
(狂戦士!? キョウと同じ種族!? どういうことだ!?)
京介が驚愕していると、相手の狂戦士が、再び重い拳を繰り出してきた。
キョウは、今度はそれを、SPDカンストの超高速ステップで、紙一重で後ろに飛んで躱し、距離を取った。
(何なんだ、あいつは! 狂戦士は、キョウ以外にもいたのか!?)
京介の混乱に、ポヌルが、苦々しい表情で答えた。
「そ、そうみたいだニャ。……動きを見たところ、キョウとは違うステータスビルドをしているニャ。多分、VITと、DEFに全振りの、鈍重戦車タイプだニャ」
(VITとDEF全振り? じゃあ、さっきのパンチは重そうだったけど、攻撃力自体は、大した事無いか)
京介が、少しだけ安堵しかけた、その時。ポヌルが、その甘い観測を、即座に否定した。
「いや、よく見るニャ。あの拳に装備している、トゲトゲのついたナックル。あれは、攻撃力がかなり上がる、狂戦士専用装備だニャ。防御力を捨てたキョウが、まともに喰らえば、一撃で即死もあり得るニャ。油断は出来ないニャ」
ポヌルの言葉通り、相手の狂戦士は、キョウの先制パンチを顔面に受けながら、一歩も引いていなかった。VITとDEFに全振りした、圧倒的な耐久力。
そして、キョウと同じ、野生の闘争本能。
二体の狂戦士が、互いに距離を取り、睨み合う。
レベル99、STR・SPDカンストの、超高速アタッカー、キョウ。
レベル??、VIT・DEFカンストの、超耐久ヘビータンク、狂戦士。
相反するステータスビルドの、二体の「狂戦士」が、今激突しようとしていた。
「ウガァァァァァァァァッ!!!」
「グオオオオオオオオオッ!!!」
二体の獣が、同時に、それぞれの雄叫びを上げた。
そして、互いに向かって、猛然と突進を開始した。




