第69話 動く床の攻略法
ゴゴゴゴゴゴゴ…………!
どうやら彼らは、とんでもないハズレの扉(キョウが本能で選んだ)を引いてしまったらしい。
(どうやってここを切り抜けるんだよ……! SPDカンストのキョウなら、あるいは行けるのか? 最悪、壁に激突してゲームオーバー……またレベル1に戻る可能性も捨てきれない!)
京介が、アバターの内部で、このベタすぎるトラップの攻略法について真剣に頭を悩ませていると、一行のブレインという名の勘違い製造機、天才軍師ロジックが、腕を組んだまま、冷静に口を開いた。
「ふむ。この手の『動く床』のトラップは、一般的なRPGにおける定石ですね。床のどこか1ラインだけが、向こう岸まで安全にたどり着ける『正解ルート』として設定されているはずです」
(おお……!)
京介は、そのあまりにも真っ当で、ゲーム攻略サイトの1ページ目に書いてありそうな模範解答に、思わず感心した。
(なるほど! 確かにその通りだ! そういうベタなやつだ。このクソゲーの運営が、そんな凝ったトラップを作れるはずがない。……珍しく、この人、まともな攻略法を提案してるぞ!)
京介が、ロジックの知性がまともに機能している奇跡に感動していると、ロジックは、先ほど床の上でシェイクされて無様に転がってきたチョットツを一瞥し、クールに続けた。
「先程のチョットツ君の動きを見ても、せいぜい元の場所に飛ばされる程度のことです。リスクは少ないでしょう。ここは時間短縮のために、信徒全員で横一列に並び、一斉にスタートするのが最も論理的でしょう。誰か一人は必ず正解ルートに乗れるはず。あとは、その位置から皆がスタートすればいいだけのことです。さあ、皆さん、横一列に並んでください。一気に正解を見つけましょう」
(……ん? あれ? 『全員で』? なんか……なんか、ヤバそうな匂いがプンプンし始めたんだけど! それ、攻略法っていうより、ただの人海戦術じゃないか!? 地雷原を全員で一斉に踏み抜きに行くようなもんだぞ!)
◇
「マスターにこのような危険なことをさせるわけにはいきません。マスターは、ポヌル殿とそちらでご覧になられていて下さい」
ロジックは、キョウを安全な通路の入り口に残すと、ガンジョーや、いつの間にか復活していたチョットツ、そしてリアリーを含む、残りの信徒たち(約20名)を、動く床のスタートラインに、ずらりと横一列に並ばせた。
その光景は、もはやダンジョン攻略というより、小学校の運動会で行われる「借り物競走」か、あるいはテレビのバラエティ番組の罰ゲームのスタート直前にしか見えない。
「皆さん、覚悟はよろしいですか? ……行きますよ!」
ロジックの号令と共に、信徒たちが一斉に、高速で動く床へと足を踏み出した。
「「「「オーーーーーーッ!!」」」」
次の瞬間。
京介の目の前に、地獄のカオスが展開された。
「ぐわあああああっ!?」
「右!? いや左!?」
「きゃあああ! そっちじゃない!」
「押すな! 押すなよ!」
床に足を踏み入れた信徒たちは、一斉に、全くバラバラの方向へと流され始めたのだ!
右へ猛スピードで流されていく者、かと思えば、その隣の者は左へ。さらにその隣は、なぜか手前に向かって押し戻されてくる!
その動きは、もはや、巨大な洗濯機の中で揉みくちゃにされる洗濯物か、あるいは、パチンコ台の釘に弾かれて予測不能な動きをする玉のようだった。
(な、なんだこの光景! カオスすぎるだろ! ……いや、不謹慎だけど、超面白い!)
京介が、あまりのシュールな光景に笑いをこらえていると、隣を飛んでいたポヌルが、既に腹を抱えて爆笑していた。
「ニャハハハハ! ダメだニャ! 面白すぎるニャ! あれ、正解ルートとか無いのかニャ!?」
京介とポヌルの前で、信徒たちは次々とスタート地点へと転がり戻ってくる。
「ぐふっ……ダメだ、目が回る……」
「くっ……! もう一度だ!」
最後にリアリーがキョウの目の前に転がってきた。
「ああっ! ロジック様が……!」
信徒たちの阿鼻叫喚の中、かろうじて床の上に残っていた10人ほどの猛者たち――その中には、もちろんロジックとチョットツの姿もあった――が、ランダムな床の動きによって、徐々に中央地点へと流されていく。
そして、ついに。
ドガッシャアアアアン!!!
まるで、渋滞中の交差点で起きた多重玉突き事故のように、中央に集められた10人が、派手な音を立てて激突した。
その衝撃で、全員がバランスを崩し、もつれ合い、折り重なるように倒れ込む。
その、あまりにもむさ苦しい団子状態を、スタート地点(キョウの足元)から見つめていた信徒の一人、リアリーが、完全に理性を失った、腐った叫びを上げた。
「あああああっ! ロジック様! いけません! そっちの野獣ではなく、こっちの野獣が、あなたの本当のお相手のはずですのにぃぃぃぃ!」
(なんかこの人、今、めちゃくちゃヤバいこと言ってなかった!?)
京介は、リアリーという女性信徒が、ロジック×キョウという、あまりにもニッチすぎるカップリングの妄想に脳を焼かれている、重度の腐女子であったという、知りたくもなかった事実に、今、気づいてしまった。
次の瞬間、中央で団子になっていた全員が、床の動きによって、無様に京介たちの足元まで転がってきた。
(え……? ていうか、結局、全員戻ってきたぞ……? 正解ルート、無いの!?)
京介が、このダンジョンの「詰み」っぷりに、再び絶望しかけた、その時だった。
それまで、彼らのカオスな運動会を静観していたキョウが、まるで「いつまで遊んでいるんだ」とでも言いたげに、腹の底から、高らかに咆哮した。
「ウガァァァァァァァァッ!!!」
その声を聞いたポヌルが、腹を抱え、涙を流しながら、必死に「翻訳」する。
「ニャハハハハ! 『笑わせてくれるわ! この様な低俗な罠は、我が神速をもって、高速で通過すれば良いだけではないか!』……だ、そうだニャ! ヒィーッ、腹が痛いニャ!」
(こいつ、完全に面白がってるだけだな!)
京介のツッコミも虚しく、キョウは、ポヌルの言葉を証明するかのように、その場に深く屈み込むと、まるで短距離走のスタートダッシュのように、猛烈な勢いで走り出した。
SPDカンストの、神速の突撃。
だが、しかし。
その神速をもってしても、このクソゲーの物理演算には勝てなかった。
「ウガッ!?」
床に足を踏み入れた瞬間、キョウの巨体は、凄まじい勢いでバランスを崩し、横回転を始めた。
もはや、それは突撃ではなかった。
ただの、高速で転がる、巨大な「肉団子」だった。
(あああああ! 目が! 目が回るううううううう!)
アバターと視界が完全リンクしている京介の三半規管は、もはや限界だった。
だが、キョウは転がりながらも、その凄まじい運動エネルギーで、床の中央付近まで一気に到達していた。
そして、次の瞬間。
キョウは、高速回転の遠心力を利用し、まるでフィギュアスケートの選手が4回転ジャンプを決めるかのように、すっくと立ち上がると、動く床を、STRカンストの渾身の力で蹴りつけた。
「ウガッ!」
ドゴォォォォォォォォォン!!!!
キョウの足元から、凄まじい火花と衝撃波が迸る。
STRカンストの蹴りが、このトラップの動力源か何かを、物理的に破壊したらしい。
ゴゴゴ……という断末魔のような音と共に、あれほど目まぐるしく動いていた床が、ピタリ、と。
完全に、その動きを停止した。
「…………」
静まり返る一同。
その静寂を破ったのは、天才軍師ロジックの、感涙にむせぶ声だった。
「……! そうか! マスターは、初めから全て計算通りだったのだ! 我々に『正解ルートはない』ことを見抜き、あえて転がることで床の駆動部の位置を特定し、最小限の動きで、このトラップそのものを破壊する……! なんという完璧な攻略法だ!」
ロジックが、再び羊皮紙を取り出し、この新たな「神の御業」を書き留め始める。
その隣で、リアリーと京介だけが、全く同じ感想を、心の中で呟いていた。
((何このご都合主義の展開……))




