第67話 尻尾と高速戦闘
ゴゥゥンン!!!
凄まじい重低音と、床下から突き上げる強烈なG(重力加速度)が、ようやく和らいできた。まるで地獄の打ち上げロケットのようだった高速エレベーターが、徐々にスピードを落とし始めたのだ。
どうやら、そろそろ到着するらしい。
床に押し付けられていた体がふわりと軽くなる感覚と共に、先師京介は、アバターの内部でぐったりと息を吐いた。
(……死ぬかと思った。いや、SPDカンストのキョウは平気そうだけど、信徒たちは、この加速で大丈夫なのか……?)
京介が、ゲーム内の物理演算と人体への影響という、どうでもいい心配をしていると、エレベーターの急加速でバランスを崩し、あろうことかキョウの巨体の上に倒れ込んでいた天才軍師ロジックが、何事もなかったかのようにスッと体を起こした。
彼は、服についた埃を払いながら、キョウに向かって、完璧な紳士の笑みで軽く会釈した。
「……失礼。少々バランスを崩しました。上に乗ってしまい申し訳ございませんでした、マスター」
そんな様子を部屋の隅からリアリーが見ていた。やけに荒い息遣いである。
「はぁ……っ、はぁ……! すぅ……っ、はぁ……!」
彼女は、エレベーターの壁に背中を預け、なぜか頬を真っ赤に紅潮させ、恍惚とした表情で、キョウとロジックを見つめていた。
「リアリー、具合でも悪いのか?」
古参タンクのガンジョーが、その様子に気づき、純粋な心配から声をかけた。
リアリーは、その声にビクッと肩を震わせると、慌てて首を横に振った。
「い、いえ! なんでもありません! 大丈夫です、はい! ちょっと……Gが、キツかっただけで……!」
推しと野獣の密着……。彼女にとって、ここは地獄のエレベーターなどではなく、妄想をかき立てる最高のシチュエーションだったに違いない。
チーンッ。
そんな、一触即発の空気の中、場違いなまでに安っぽいベルの音が鳴り響き、目の前の自動ドアが、ウィィィン……と静かに開いた。
眩い光が、暗いエレベーターの中に差し込む。
ずっと地下の暗闇にいた一行は、皆、その強すぎる光に目を細め、しばらくまともに目を開けることができずにいた。
「……眩しいな」
「外……か?」
信徒たちがざわめく中、徐々に目が慣れていく。
そして、彼らの目の前に広がっていたのは、予想だにしなかった光景だった。
そこは、直径50メートル程の、巨大な円形闘技場だった。
周囲は5メートルほどの高さがある滑らかな壁に取り囲まれ、その壁の遥か向こう側には、まるで古代ローマのコロッセオのような、階段状の観客席が設置されているのが見える。
そして、闘技場を囲む壁には、キョウたちが出てきたエレベーターの扉と寸分違わぬ金属製の扉が、等間隔に、合計12個も設置されていた。
「……12個の扉? ここは一体……」
ロジックが、警戒を強め、周囲を分析し始めた、その時だった。
キョウたちが出てきた扉以外の、残り11個の扉が、
チンッ、チンッ、チンッ……と、一斉に安っぽいベルの音を響かせたのだ。
ウィィィィィン…………。
11個の扉が、まるで示し合わせたかのように、同時に、ゆっくりと開いていく。
そして、その暗闇の奥から、見覚えがありすぎる、巨大な影が、次々と姿を現した。
「「「グオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
【ティラノブースト】
(おいおいおいおいおい! 多過ぎるだろ!)
京介は、アバターの内部で絶叫した。
(あのくだらない「ハメ技」で倒した中ボスが、11体同時!? なんだこの、中ボスの大安売りは!)
京介が、運営の露骨なモンスター使い回し戦法にツッコミを入れた、その時だった。
キョウに最も近い位置にいたティラノブーストが、その巨大な顎を開き、ロジックに向かって灼熱のブレスを吐きかけた!
ゴオオオオオッ!
「ロジックさん!」
信徒たちが悲鳴を上げる。
だが、京介の反応は、それよりも速かった。
(危ない!)
京介は、咄嗟に、尻尾を鞭のようしならせた。
尻尾は、京介の意志に完璧に応え、驚くほど正確にロジックのローブを掴むと、強引に、キョウの懐へと引き寄せた!
シュンッ!
ティラノブーストのブレスは、ロジックがいた空間を、虚しく焼き焦がした。
「……む。助かりました、マスター」
ロジックは、キョウの胸に抱き寄せられるような(実際は尻尾で乱暴に引き寄せられただけ)格好になりながらも、一切表情を変えず、冷静に礼を述べた。
しかし、その光景を、エレベーターの隅から見ていたリアリーの目には、全く違うものとして映っていた。
(あ……愛! 愛なのよっ!)
リアリーは、口元を押さえ、興奮に打ち震えた。
(ブレスから、咄嗟に、尻尾で、自分の懐に、引き寄せる!? な、なんて野性的な独占欲! 『俺の分析官に手を出すな』ってことなのね! ああ……! 野獣×クール執事……! このカップリング、尊すぎてもう無理……!)
リアリーが、一人で腐った妄想の海にダイブしている間、京介は、別の感覚に驚愕していた。
(……あれ? 今の……)
京介は、自らの尻尾を見つめた。
先ほどの動き。
ロジックの襟首を、寸分の狂いもなく掴み、引き寄せる。
今までの、大雑把な「殴る」「払う」とは、明らかに次元の違う、精密な動き。
(まさか……! あのオーブで手に入れた、「精密操作用マニュピレーター」って……この尻尾に適用されてるのか!?)
京介が、自らの尻尾の、驚くべき進化に気づき始めた、その刹那。
目の前の状況が、再び一変した。
ロジックを助けたことで、完全に敵のヘイトを買ってしまったキョウに向かって、11体のティラノブーストが、一斉に襲いかかってきたのだ!
「ウガッ!」
だが、今のキョウは、レベル99。STR・SPDカンスト。
もはや、中ボス11体ごとき、敵ではなかった。
キョウが、短く吠えると、その姿が、ブレた。
シュバババババババッ!
信徒たちには、キョウが何を仕掛けたのか、全く見えなかった。
ただ、闘技場全体に、11発の、重い、重い打撃音が、ほぼ同時に響き渡っただけだった。
ドゴォッ! ドゴォッ! ドゴォッ!
ドゴォッ! ドゴォッ! ドゴォッ!
ドゴォッ! ドゴォッ! ドゴォッ!
ドゴォッ! ドゴォッ!
そして、次の瞬間。
11体のティラノブーストが、まるで打ち上げ花火のように、一斉に、綺麗に、垂直に、上空へと跳ね上がっていった。
「「「「…………は?」」」」
信徒たちが、呆然と、その光景を見上げる。
その熱狂の中心で、京介は、別の問題に直面していた。
(う……っぷ……。き、気持ち悪い……!)
SPDカンストの超高速戦闘。その視界と完全にリンクさせられている京介の三半規管は、もはや限界だった。
(これが……レベル99のスピード……! 早すぎて、目が回る……! けど……!)
京介は、乗り物酔いに耐えながら、自らの尻尾を、もう一度、意識的に動かしてみた。
指を一本一本動かすように、尻尾の先端を、器用に、くねらせてみる。
(動く……! 自分の指の様に正確に動くぞ! この尻尾……! この尻尾があれば、受験勉強ができるかもしれない!)
京介は、もはや周囲の喧騒など耳に入っていなかった。全神経を尻尾の先端に集中させ、空中に愛おしい数式を、正確に描き始めるのであった。




