第66話 腐った疑惑の眼差し
あたしはリアリー。この『破壊神の信徒』において、数少ない女性プレイヤーの一人。
青白く照らされたキョウの背中を見つめながら、あたしは心の中で呟いた。
あたしがここまでついてきたのは、破壊神サマへの信仰……なんていうのは建前で、ぶっちゃけロジック様目当て。何をやらせてもカンペキ、アタマが良くて、声も渋いし、ヴィジュアルもパーフェクトな紳士。超イケメン。超推せる。もう存在が尊い!
あたしは、マスターの隣で思案顔をしているロジックに熱っぽい視線向けた。
それに比べて、マスターは……まあ、強いのは認めるけど、ヴィジュアルはいまいちだし、いつも「ウガァァ」しか言わないし、正直ちょっとアレよね。……でも!
あたしの脳内で、危険なスイッチが入る。
あの完璧超人なロジック様が、言葉も通じない野獣のようなマスターに絶対の忠誠を誓っていて、しかもその行動を全て「深淵な思考の結果」だって肯定してあげる関係性……!
これよ! この『忠実な執事×野生児主人』のカップリングを想像すると、もうゾクゾクしちゃうの! それが、この過酷なクエスト進行における、あたしの唯一の癒し!
あたしは、腐った視点で二人の関係性を勝手に補完し、一人で悶えていた。だが、そんなあたしの信仰心(?)にも、最近、小さなヒビが入り始めていた。
でも……最近、あたしはマスターに、ちょっとだけ疑いを持ち始めたのよね。
ロジック様は「全て計算通り」って仰るけど、あの人、本当に天才なの?
さっきのオーブだって、普通に触ればいいだけなのに殴り壊したし。結果的にレベル99になったから良かったものの、あれ完全にギャンブルだったじゃない?
もっとこう、スマートに、合理的に魔王を倒すルートがあるんじゃないかしら……?
◇
リアリーの、極めて真っ当な(しかし動機は不純な)疑惑の眼差し。
それを知る由もない「破壊神」は今、自身の体に溢れる制御不能なパワーに振り回されていた。
(速い! 速すぎる! ちょっと首を動かしただけで、視界がブレる!)
先師京介は、レベル99になり、STRとSPDが共にカンストしたアバターの、あまりのレスポンスの良さに酔いそうになっていた。
キョウが、次へ進む道を探してキョロキョロと辺りを見回す。
たったそれだけの動作が、残像が発生するレベルの高速首振り運動となって、周囲の空気を切り裂く。
シュンッ! シュンッ!
「お、落ち着いてくださいマスター! そんなに高速で周囲を警戒なさらなくても、敵はいません!」
「さすがマスター、我々には見えない何者かと戦っておられるのか……!」
(違う! ただ道を探してるだけだ! SPDが上がりすぎて、首の筋肉の制御が効かないんだよ!)
京介の悲鳴など露知らず、ロジックが冷静に辺りを見渡し、ある一点を指差した。
「マスター。あそこの扉しか、行ける場所はありませんね」
この体育館のような広い空間には、入ってきた水路以外には、壁面に設置された金属製の扉が一つあるだけだった。
一行は、水路に架かった、近代的な金属製の橋を渡り、その扉へと近づいた。
ウィィィン……。
扉の前に立つと、低い駆動音と共に、扉が自動で左右にスライドした。
「じ、自動ドアだと!?」
「魔王城に、このようなハイテクな設備が……!?」
信徒たちが驚愕する中、ガンジョーがゴクリと唾を飲み込み、キョウに声をかけた。
「マスター……こ、この未知の扉、いかがなされますか? 罠の可能性も……」
(いや、行けって言われても、これしか道がないなら行くしかないだろ……)
京介がそう思うよりも早く、キョウは躊躇うことなく、その開いた扉の中へと足を踏み入れた。
シュパッ!
(速っ!?)
一歩踏み出したと思ったら、次の瞬間にはもう部屋の中央にいた。SPDカンストの移動速度、恐るべし。
皆も、慌ててキョウの後を追い、部屋の中に入る。
そこは、一行全員がギリギリ入れる位の、狭い金属製の小部屋だった。
出口は他にない。完全な袋小路だ。
「……行き止まり、ですか?」
「いや、待て。あれを見ろ」
ロジックが、部屋の壁面に取り付けられた、ある装置に目を留めた。
それは、いくつもの四角いボタンが縦に並んだ、コンソールパネルだった。
各ボタンの横には、この世界の言語ではない、奇妙な記号――おそらくは数字――が刻まれている。
「これは……恐らく、エレベーターでは?」
ロジックの推測に、京介は心の中で深く頷いた。
(どう見てもエレベーターだね。しかも、かなり近代的なやつ。……ていうか、ここ魔王城の地下だよね? 世界観どうなってんの?)
ロジックが、興味深そうに一番上のボタンに触れようとした、その時。
キョウが「ウガッ!」と短く吠え、適当なボタンを、その高速の拳で叩いた。
バシィッ!
(ちょっ! お前、また適当に!)
キョウが押したのは、上から三番目のボタンだった。
その瞬間。
プシュゥゥゥン……。
部屋の入り口が、自動的に閉じた。
完全に密室となった小部屋の中で、信徒たちが少し不安そうに身を寄せ合う。
「へ、閉まったぞ……!」
「大丈夫なのか……?」
次の瞬間。
ゴゥゥンン!!!
凄まじい重低音と共に、床下から強烈な突き上げが襲ってきた。
「うおっ!?」
「きゃあっ!」
全員の体が、G(重力加速度)で床に押し付けられる。
エレベーターは、猛烈な勢いで「上」に向かって動き出したようだ。
だが、その加速は、明らかに普通のエレベーターのそれではない。
(速い! 速すぎるって! これ、中の人間がミンチになる速度じゃないか!?)
ロジックがバランスを崩して、キョウの上に(あたかも計算したかのように)のしかかった。
◇
あたしは、床に這いつくばりながらも、熱っぽい目で、ロジックとキョウを見つめていた。
(この密室……! 急加速による吊り橋効果……! これは、何かが起こる予感……!)




