第63話 乗車率200%の案内役
破壊神の信徒御一行様は、頼りない松明の暗い灯りを頼りに、魔王城の地下深くへと続く、じめじめとした通路を進んでいた。
そして、その最後尾には。
ゴロゴロゴロゴロ…………。
(……なんで案内役が一番後ろにいるんだよ!?)
京介は、アバターの内部で、この世の理不尽を凝縮したかのような光景に、全力でツッコミを入れていた。
そう。我らが案内役、巨大猫モルクは、その巨体で通路を完全に塞ぎながら、我々の「後ろ」を、機嫌良さそうに喉を鳴らしながらついて来ているのだ。
(いや、理由は分かってる! 分かってるけども!)
理由は単純明快。
モルクの体躯は、この通路の幅とほぼ同じサイズなのだ。
後ろからやって来た彼と場所を入れ替えることは不可能。
結果として、案内役が最後尾からついてくる、という「案内」という単語の意味を辞書で問い質したくなるような、奇妙な行列が完成してしまっていた。
先頭を行く信徒たちは、ロジックの指示で、数メートルおきに松明を持ち、暗闇を照らしながら進んでいるが、どう見ても心もとない。
(今のところは一本道だから大丈夫だけど……)
京介が不安に駆られていると、前方から聞こえてくる音が、次第に大きくなっていることに気がついた。
ザアァァァァ…………。
水の音だ。
それも、かなりの水量。どうやら、この先は水路のような場所に出るらしい。
(よし……! 水路に出て通路が広くなれば、先頭に立って案内してもらえるはずだ! そうしたらすぐ中間地点にたどり着ける!)
京介の胸に、淡い希望の光が灯る。
中間地点。
それは、このクソゲーにおいて、唯一プレイヤーの進行状況を保存できる「セーブポイント」が存在する場所を意味する。
レベル51。この、苦難の果てにようやく手に入れたレベルを、絶対に失うわけにはいかない。
(あの中間地点にたどり着きさえすれば、セーブができる! そうすれば、たとえこの先で死んでも、またレベル51からやり直せるんだ……!)
その一点のみを心の支えに、京介が固く拳を握りしめた、まさにその時。
先頭を行く信徒たちの方から、甲高い金属音と、怒声が響き渡った!
「キィィィィッ!」
「敵襲! 敵襲だ! 隊列を維持しろ!」
「数が多いぞ! ロジック様、ご指示を!」
どうやら、信徒たちがモンスターの集団と接触したようだ。
ガシャン! バキン! という激しい戦闘音と共に、信徒たちの防衛ラインをすり抜けてきた数匹の影が、こちら――狂戦士キョウの元へと突進してきた!
「キィィッ!」
それは、モグラのように鋭く長い爪と、ウサギのように発達した後ろ足を持った、何度か戦った事のある、異形のモンスターだった。
【モグラビット】。
その名の通り、地面に潜る能力と、ウサギ並みの跳躍力を併せ持つ、厄介な敵だ。
「ウガァ!」
キョウが、縄張りを荒らされた獣のように、即座に反応する。
SPDにステータスを振り始めたとはいえ、まだ完璧とは言えないキョウの動き。しかし、相手の攻撃パターンは、もう何度も経験済みだ!
モグラビットの一体が、キョウの懐に飛び込み、その鋭い爪を振り上げた!
(今だ!)
キョウのパンチが空を切る。だが、それは予測済み。京介は、キョウが攻撃を外した瞬間に生まれる僅かな隙を埋めるため、唯一操作可能な「尻尾」を、鞭のようにしならせた!
ビシィッ!
尻尾の先端が、回避行動に移ろうとしていたモグラビットの側面を正確に捉え、その体勢を大きく崩す。
体勢を崩したモグラビットに、キョウのSTRパンチが炸裂した!
「キィィ……!?」
モグラビットは、悲鳴を上げる間もなく、文字通り「爆散」した。
(よし! この連携、だいぶ板についてきたぞ!)
キョウが何匹かモグラビットを処理した、その時だった。
京介は、明らかな異変に気がついた。
(……なんか、キツくないか?)
物理的に。
先ほどまで、ある程度の空間が確保されていたキョウの周囲が、いつの間にか、信徒たちでぎゅうぎゅう詰めになっているのだ。
「うおお! 押すな!」
「前衛が押されている! 持ちこたえろ!」
「くっ……後ろに下がれない!?」
そう。信徒たちは、先頭のモンスターに押されて後退しようとしているのだが、彼らの真後ろには、通路を完全に塞いでいる巨大猫モルクがいる。
つまり、後退が、物理的に不可能なのだ。
結果、前からはモンスター、後ろからはモルクという、巨大な圧力に挟まれた信徒たちが、中央のキョウの周囲に圧縮され、とんでもない人口密度を生み出していた。
(キツイぞ! なんだこれ! 朝の通勤ラッシュの電車かよ! 一体、先頭はどうなってるんだ!)
京介が、圧迫感によるストレスで発狂寸前になった時、隣で涼しい顔をしていたポヌルが、ひょいと上空に飛び上がり、前方の様子を偵察して戻ってきた。
「ニャ。どうやら、通路の出口付近に、オークの親玉みたいなデカいモンスターが陣取って、信徒たちを押し返しているみたいだニャ」
(オークの親玉!? そんなの、この狭い通路でどうやって倒すんだよ!)
「ぐっ……!」
「お、押される……!」
ぎゅうぎゅう。ミシミシ。
信徒たちの悲鳴と、互いの鎧が擦れ合う、不快な音が響き渡る。
もはや、通勤電車よりも混んでいる。これは、乗車率200%だ。
この、あまりの圧迫感と不快感に、ついに狂戦士キョウが、抗議の声を上げた。
「ウガガガッ!!」
その、単なる威嚇の雄叫びを聞いた、その時。
キョウの斜め後ろ、信徒たちに揉みくちゃにされていたチョットツが、カッ、と目を見開いた。
「マスター! 分かりました! ……分かりましたぞ!!」
(え!?)
京介は我が目を疑った。
ポヌルは、一切「翻訳」をしていない。
だというのに。
(あの人、ついにポヌルの通訳すら必要としなくなったんだけど!? 神託のダイレクト受信!? どういうことだ!?)
京介の混乱を他所に、チョットツは、まるで神の真意を完璧に理解したかのように、恍惚の表情で叫んだ。
「『この程度の圧迫で怯むな! 我が力で押し返せ!』……マスターは、そう仰っておられるのだ! うおおおおおおお!! マスターの聖鞭の邪魔になるな! 道を開けろォォォ!!」
チョットツは、その変態的な情熱を謎のパワーに変換し、信徒たちを文字通り「押し分け」、先頭のオークに向かって突撃を開始した!
「おお!チョットツ殿!」
「そうだ! 我らが神の道を塞ぐなど、万死に値する!」
チョットツの行動に触発され、信徒たちが一斉に反撃に転じる。
だが、それでも敵の圧力は強い。
それを見たポヌルが、最後尾のモルクに向かって叫んだ。
「モルク! このままじゃ狭くて戦えないニャ! 少し下がるニャ!」
(下がる? この通路で、どうやって……?)
京介が疑問に思った瞬間、最後尾から、巨大な地響きと共に、やけに快活な返事が響いた。
「分かったワン!」
チョットツの奮闘により、圧縮されていた一行が、ゆっくりと前進を開始した。
が、しかし。
その前進スピードと、全く同じスピードで、後ろから、モルクが我々を押し始めた。
(なんで押して来るんだよおおおおおぉぉぉっ!!)
前進と、後方からのプッシュ。
その結果、何一つ変わらなかった。
(これじゃあ乗車率200%のままじゃないか! むしろ圧が強まってるだろ!)
京介が、アバター内部で窒息しそうになっていると、モルクの、悪びれない声が響いた。
「だってポヌルが『下がれ』って言ったワン」
(下に降りるって意味じゃない! 『後退しろ』って意味だろ! 『下に』じゃないんだよ! あとお前、犬なのか猫なのかハッキリしろ!)
京介の渾身のツッコミも虚しく、一度勢いのついた「破壊神の信徒御一行様(圧縮済み)」という名の巨大な塊は、もう止まれなくなっていた。
「うおおおお! 進め! 進め!」
「マスターに続け!」
(止まれ!)
一行は、チョットツの突撃と、モルクの善意(?)のプッシュにより、どんどんスピードを上げながら、乗車率200%のまま、暗い坂道を下っていく。
「キィィィ!?」
「グオッ!?」
先頭のオークもモグラビットも、この訳の分からない人間の塊に、なすすべもなく轢かれていく。
そして、ついに、前方に、通路の出口らしき、少し開けた空間が見えた!
(あそこだ! あそこが水路……!)
だが、勢いは、全く衰えない!
「うわああああああ!?」
「止まれ! 止まらな……!」
通路の出口。
その、約5メートル真下。
そこには、轟々《ごうごう》と音を立てて流れる、広大な地下水路が広がっていた。
ドボドボドボドボドボドボドボボンッッ!!!!
狂戦士キョウを先頭に、破壊神の信徒御一行様は、誰一人例外なく、綺麗な放物線を描きながら、地下水路へとダイブした。
……ただ一体の存在を除いて。
通路の出口で、巨大な猫のモルクが、ピタリと止まり、水しぶきを上げて沈んでいく我々を見下ろしながら、元気に尻尾を振った。
「ボクは泳げないから、ここでお別れだワン! あ、中間地点は、そこの『上流』だから! 頑張ってだワン!」
ザアアァァァァァァァァ…………!!
(上流なんて行けるわけないだろおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!)
京介の絶叫は、濁流の音にかき消された。
こうして、破壊神の信徒御一行様は、中間地点を目前にしながら、みな揃って、激流に流されていくのであった。




