第62話 神の抵抗
ゴロゴロゴロゴロゴロ…………!!
前方は未知の水路の音、後方からは正体不明の転がる何か。完全に詰みだ!
先師京介が、アバターの内部で頭を抱えていた、まさにその時。
先頭を歩いていた狂戦士キョウが、ピタリ、と足を止め、音のする方向――すなわち、坂の上――へと、ゆっくりと振り返った。
そして、通路の中央で堂々と仁王立ちになると、腹の底から、威嚇するように吠えた。
「ウガァァァァァァァァッ!!!」
その、あまりにも勇ましい雄叫び。その神々しい(ように見える)姿に、隣を飛んでいたポヌルが、まるでこの瞬間を待っていたかのように、完璧なタイミングで「翻訳」を叫んだ。
「『信徒ども! 先に行くが良い! どんな物が来ようとも、この俺が、この拳一つで止めてくれるわ!』……と、マスターは申しておられるニャ!」
(言ってない! 絶対言ってない! なんでそんな、死亡フラグみたいな都合のいいセリフが、お前の口からはスラスラと出てくるんだよ! こいつはただ、自分の縄張りにデカい音が侵入してきてイライラしてるだけだろ!)
京介の魂のツッコミも虚しく、ポヌルの捏造された神託は、信徒たちの心を、これ以上ないほどに熱く燃え上がらせた。
「マ、マスター……!」
「我らを……我らを逃がすために、たったお一人で……!」
「なんと、なんと慈悲深く、そして勇ましいお姿だ……!」
信徒たちは、感激の涙で視界を滲ませながらも、ポヌルの指示通り、キョウの後ろ側――すなわち、坂の下側(進行方向)へと、一斉に移動を開始した。
「マスター! お気をつけて!」
「マスターの武運を祈っております!」
(あ、あれ? 本当に行っちゃうの? いや、まあ、ポヌルがそう言ったんだけど……)
京介が、信徒たちの意外なほどの素直さに、一瞬戸惑った。
しかし。
キョウの後ろ側に移動した信徒たちは、誰一人として、そこから先に進もうとはしなかった。
彼らは、キョウの背中を見守る位置に陣取ると、まるで歴史の証人となることを決意したかのように、ゴクリと唾を飲み込み、坂の上を食い入るように見つめ始めた。
(……なんで行かないんだよ!?)
京介が内心で叫ぶと、一行のブレインであるロジックが、慌てて取り出した羊皮紙と羽ペンを構えながら、厳かに宣言した。
「神が、我らのためにその身を賭して戦おうとされているのだ。その勇姿を、その奇跡の一瞬を、この目に焼き付けずして、何が信徒か。……マスターの勇姿、このロジックが、末代まで語り継ぐために、完璧に記録させていただきますぞ!」
「おお!」
「そうだ! 我々は、伝説の目撃者となるのだ!」
(違う! そういうことじゃない! 『先に行け』って言われたら、普通は先に行くんだよ! なんで全員で、特等席から見物しようとしてるんだよ! あんた達は出発前にセーブしてあるかもしれないけど、こっちは1回もセーブできていないんだ! あのでっかい岩に潰されたら、またレベル1に戻るかもしれないんだぞ!)
京介の切実な訴えは、もちろん誰にも届かない。
そして、ついに。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!
地響きは、もはや雷鳴へと変わり、暗闇の奥から、ついにその「何か」が姿を現した。
それは、この狭い通路を、完全に埋め尽くさんばかりの、巨大な「球体」。
だが、岩ではなかった。
なんだか、フサフサしている。
「な、なんだあれは!?」
「毛玉……か!?」
「新手のモンスターか!?」
信徒たちが困惑の声を上げる中、その巨大な毛玉は、猛烈なスピードでこちらに迫ってくる。
そして、キョウの目の前、数メートルの位置で、ピタリ、と止まった。
ゴロゴロゴロゴロ…………。
(……あれ? 止まった? いや、待て。音は、まだ鳴り止んでないぞ……?)
京介が、その不可解な現象に首を傾げた、まさにその時。
松明の灯りを反射して、キラリと光る二つの巨大な目が現れた。
それは、象ほどもある、巨大な一匹の「猫」だった。
そして、先ほどから鳴り止まない、この地響きのような「ゴロゴロ音」は。
(喉の音かよおおおおおおおおおおおおっ!!!!)
そう。巨大な猫が、機嫌良さそうに、ただ喉を鳴らしている音だったのだ。
(効果音の選択が悪質なんだよ! 完全に岩が転がってくる音じゃないか!)
「ね、猫……?」
「デカい……!」
「新手のモンスターか!?」
信徒たちが、未だ警戒を解かずにざわついていると、その巨大な猫は、キョウ(STRカンスト)やロジック(INTカンスト)やチョットツ(変態度カンスト)には目もくれず、ただ一体、その隣をふわふわと飛んでいるポヌルの前に、巨大な顔をゆっくりと近づけた。
そして。
「やあ、ポヌル。案内しに来たワン」
と、その巨体には全く似つかわしくない、可愛らしい声で言った。
(なんで語尾を「ワン」にするんだよ……本当に雑だよな、このクソゲー)
先程までどこか張り詰めた表情をしていたポヌルは、いつもの調子に戻っていた。
「なんだ、モルクだったのニャ。驚かせおって」
ポヌルの、まるで旧友に会ったかのような気安い口ぶりに、信徒たちと京介の頭上に、巨大なクエスチョンマークが浮かんだ。
ロジックが、代表して、恐る恐るポヌルに問いかけた。
「……ポヌル殿。その、巨大な猫(?)は、お知り合い……で?」
「ん? ああ、そうだニャ。こいつはモルク。このゲームの『案内役』の一体だニャ」
ポヌルは、モルクの巨大な鼻先に、ポン、と小さな前足を置いた。
「この先は、モンスターも多くて道も複雑だから、我輩たちを安全に『中間地点』まで案内するように、わざわざ来てくれたらしいニャ。……まあ、こんなデカブツが来たら、逆にモンスターの方がビビって逃げそうだけどニャ」
ポヌルの、あまりにもあっけらかんとした説明に、ロジックは、先ほどまでの「マスターの勇姿を記録する!」という興奮はどこへやら、慌てて羊皮紙をローブの懐にしまい込むと、非常に冷静に、そして常識的に、深々と頭を下げた。
「それは助かります。何分、我々もこの城の内部構造には不慣れなもので。……是非、案内をお願いいたします」
(この人、こういう時は、めちゃくちゃ常識人っぽいんだよな……。『論理的ハッキング』とか『神の聖鞭』とか言ってた人と、同一人物とは到底思えない……)
京介は、ロジックの、そのあまりにも極端な知性の振り幅に、ある種の畏敬の念すら抱き始めていた。
「よし、じゃあ行くニャ!」
ポヌルの号令と共に、一行は坂の下へと進み始めた。巨大な猫モルクが後ろから着いてくる。
(案内……とは?)
こうして、京介のログアウトへの道は、またしても、全く予想だにしなかった展開を迎えることとなった。
果たして、この巨大な猫(と、その地響きのような喉の音)は、彼らを無事に「セーブポイント」まで導いてくれるのだろうか。
京介の、一進一退(というか、主に後退)の戦いは、まだ続く。




