第61話 ポヌルの違和感
チョットツという、あまりにも強靭な額を持つ人柱(生贄とも言う)のおかげで、無事に本物の通路を発見することができた。
信徒たちが、マスター・キョウを慎重に担ぎ上げ、一行は暗い通路へと足を踏み入れた。
洞窟内部は、ひんやりとした空気が漂っており、光源は信徒たちが持つ松明の明かりだけが頼りだ。
そして、すぐ後ろからは、なんとも聞くに堪えない、奇妙な声が聞こえてきていた。
「い、痛え……。うひひ、ひひ……。このジンジンくる痛み……。マスターの『神撃』の余波が、まだオレの額に残っている……! ああ……なんてこった……。最高だぜ……!」
(最高なわけあるか!)
京介は、内心で即座にツッコんだ。
声の主はもちろん、チョットツだ。彼は、信徒二名に両脇を支えられ、フラフラの足取りではあるものの、その表情は恍惚としていた。さっき壁に激突してできた巨大なたんこぶを、うっとりとした手つきで撫でながら、時折「うひっ」とか「あふんっ」とか、文字にするのもおぞましい奇声を発している。
(コイツ、本物だ……! 正真正銘のドMだ! なんでダメージ食らって喜んでんだよ! さっきのポヌルの翻訳、『とりあえず突っ込め』は、別に『神撃』でもなんでもなく、ただの『様子見』だっただろ! なんでそれが『神撃の余波』になるんだ!)
京介のツッコミも虚しく、チョットツは完全に自分の世界に入り込んでいる。周囲の信徒たちも、さすがにその異様な姿には若干引き気味ではあるが、「マスターの『神撃』の触媒となったのだ。無理もない」とか「あれぞ信仰の極致……!」などと、あらぬ方向で納得してしまっている。
(……もうダメだ、このパーティー。早くセーブポイントに行きたい)
通路は、入ってすぐに緩やかな下り坂になっていた。壁も床も、ゴツゴツとした岩肌が剥き出しになっており、非常に歩きにくい。
(やれやれ。まだ下るのか。この魔王城、いったい地下何階建てなんだよ。建築基準法とかどうなってんだ)
そんな、現実逃避じみた思考を巡らせていると、ふと、隣を飛んでいるポヌルの様子がいつもと違うことに気がついた。
(ん?)
いつもは、どんな絶望的な状況でも、「クソゲーお疲れニャ」とニヤニヤしているか、あるいは京介のツッコミに対して、軽口で返す余裕を見せているポヌルが、今は、小さな眉間を寄せ、非常に真剣な顔で、宙の一点を見つめている。
(ポヌル? どうしたんだ、そんな真剣な顔をして。チョットツの奇声にドン引きしたのか?)
僕からの問いかけに、ポヌルは、はっと我に返ったように視線を京介(の乗るキョウ)に向けた。だが、その表情は晴れないままだ。
「……いや、京介。なんか、このゲームちょっとおかしいニャ」
(おかしいのは知ってるよ。今さらだろ。レベル1のままログアウトも操作もできずに魔王城に突撃してる時点で、おかしなバグだらけだろ)
京介は、あまりにも分かりきったことを、さも大発見のように告げたポヌルに、呆れながらツッコミを入れた。しかし、ポヌルは首を横に振る。
「そうなんだけど、そうじゃないニャ。……なんて言うかニャ……。さっきのチョウ・メードの精神攻撃装置とか、この『だまし絵』の通路とか……」
(ああ、クソみたいなギミックのオンパレードだったな)
「うん。……どれもこれも、この『ミステイク・ダストボックス・オンライン』の、基本的な設計思想から、微妙にズレてる感じがするニャ」
(設計思想? このゲームにそんな高尚なものがあったのか?)
京介が、思わず素で問い返すと、ポヌルは「うーん……」と唸り込んだ。
「吾輩は、このゲームのデ……このゲームの『理不尽さ』の質が、いつもの『開発者の悪ふざけ』や『雑な実装』とは、ちょっと違う気がするニャ……」
(……どういう事だ? デ?)
京介が真意を問い詰めようとした、その時。
ポヌルは、再びハッとしたように口を閉じると、いつもの軽薄な(?)笑みを無理やり浮かべた。
「……いや! なんでも無いニャ! 気のせいニャ! やっぱりこのゲームは、ただのクソゲーニャ! ハハハ!」
(変なやつだなあ……。いつもの軽口はどうしたんだよ)
京介は、ポヌルの不自然な態度に、一抹の不安を覚えた。
この妖精猫は、ただのNPCではない。このクソゲーの仕様に精通し、京介が唯一、この絶望的な状況を共有できる「理解者」だ。そのポヌルが、いつもの「クソゲーだから仕方ないニャ」という諦観とは違う、明確な「違和感」を口にした。
それは、このゲームが、京介の理解を超えた、さらなる「何か」を隠している証左なのかもしれない。
京介が、その言いようのない不安について、もう少し深く考えようとした、まさにその時だった。
ザー…………。
前方の暗闇の奥から、微かに、何かが流れるような音が聞こえてきた。
一行が足を止め、耳を澄ます。
「……何の音だ?」
信徒たちが緊張した面持ちで囁き合う中、音は次第に大きくなっていく。
ザー……ザザザー……。
その音の正体に、いち早く気づいたのは、天才軍師ロジックだった。彼は、松明の明かりで眼鏡を光らせながら、冷静に分析結果を告げた。
「この反響音……間違いない。水です。前方におそらくは、かなりの量の水が流れる水路がありますね」
「す、水路だと!?」
ロジックの言葉に、信徒たちがざわつく。
(水路? 地下深くのこんな場所に? 排水溝か何かか? それとも、まさか……)
京介が、RPGのお約束である「地下水脈」や「下水道ダンジョン」といった、面倒くさい響きしかない単語を連想し、激しく嫌な予感を覚えた、まさにその瞬間だった。
ゴロゴロゴロゴロゴロ…………!!
後方。
今、我々が下ってきたばかりの、暗い坂道の上から。
明らかに人工的な、そして、途轍もなく重い何かが、猛烈な勢いで坂を転がり落ちてくる音が響き渡った!
「なっ!?」
「後ろだ!」
信徒たちが驚愕の声を上げる。
音は、急速に、そして確実に、こちらに近づいてきている!
(嘘だろ!? この展開はまさか!? あの有名な某考古学冒険映画の展開じゃないか!?)
前方は未知の水路、後方からは正体不明の転がる何か。
京介の内心の絶叫が、暗い地下通路に木霊することは、もちろん無かった。




