第57話 制限時間
ボカボカボカボカボカボカボカボカッ!!
STRカンスト、LV50。その、もはや歩く凶器と化した狂戦士キョウの拳が、しかし、無慈悲に【0】ダメージを量産し続けていた。 目の前にそびえ立つは、二度目の遭遇となる【不動の鉄巨人】。 その鋼鉄の装甲は、STRカンストの暴力すら、赤子の愛撫程度にしか受け止めていない。
(硬すぎるだろ、こいつ……! STRカンストの意味、どこにあるんだよ!)
アバターの内部で、先師京介が絶望に打ちひしがれていた、まさにその時。彼は、ふと、ある違和感に気づいた。
(……ん? なんか、殴ってる位置が、前回より微妙に高くないか……? キョウの身長が伸びた? いや、そんな馬鹿な……そうか。鉄巨人の足が、このふかふかクッションフロアに、自重でめり込んでるだけか)
京介が、このふかふか地獄のどうでもいい事実に気がつくのと、鉄巨人が、再びあの重低音ボイスで絶望を宣告したのは、ほぼ同時だった。
「コレヨリ、ハンブッシツヘイキノハッシャジュンビヲハジメル。ハッシャマデ1プン」
反物質兵器。発射まであと1分。RPGにおける「時間制限イベント」ほど、プレイヤーの心を焦らせるものはない。ましてや、それが「反物質」などという、厨二病心をくすぐるが確実に即死級の響きを持つ単語であれば、なおさらだ。
しかし、その絶望的な宣告を、冷静すぎるズレ分析で受け止める男がいた。天才軍師ロジックである。
「反物質!? それは非常に危険ですね。発射されれば、この辺り一帯が、魔王城ごと消えて無くなりますね。そう。まるでナッパの『クンッ』みたいに」
彼は、まるで他人事のように、眼鏡をクイッと押し上げながら、某国民的戦闘民族漫画の有名なシーンを引き合いに出した。
(冷静に分析してる場合か! しかも例えが微妙に古いんだよ!)
京介の的確すぎるツッコミが炸裂する。残り時間は1分を切っている。このままでは、STRカンストも、レベル50も、全てが文字通り「消し飛ぶ」。なんとかして、あの背中の弱点を……!
(……そうだ!)
京介の脳裏に、一つの閃きが走った。それは、このパーティーにおける、もう一つの「制御不能な質量兵器」を利用する、起死回生の作戦だった。
(チョットツのシールドバッシュ……! あれで、上手くキョウを打ち上げれば、あの背中の水晶に届くんじゃないか!?)
前回の門番戦で見せた、あの「マスター・キャノンボール」。あの、常識も物理法則も友情も努力も勝利も、そして僕の人権も、全てを無視した脳筋連携が、あるいは……!
(ポヌル! 協力してくれ!)
京介は、隣で呑気にあくびをしている妖精猫に、心の声で必死に呼びかけた。
(僕が何とかして、このゴリラをチョットツの方に向かわせるから、そのタイミングで、シールドバッシュで上に飛ばすように伝えて欲しい!)
ポヌルは、面倒くさそうに片眉を上げた。
「それはいいけど、どうやってこの脳筋をチョットツの方に向かわせるのニャ?」
(それはこれから考える! とにかく時間がないんだ!)
京介は、無計画さを勢いで誤魔化しながら、とにかく行動を開始した。まずは、この鉄巨人に張り付いているキョウを引き剥がさねば。
彼は、唯一操作可能な尻尾を振り回し、キョウの足元をバンバンと叩いてみた。
(おい! こっち向け! 一旦離れるんだ!)
しかし、キョウは完全に無視。ただひたすらに【0】ダメージを刻み続けている。それどころか、京介が勢い良く叩きつけた尻尾の先端に生えたトゲが、ふかふかのクッション材にズブリと突き刺さってしまった。
(うわっ! 抜けない!)
尻尾がクッションに固定されてしまった。これはまずい。しかし、京介は、この絶望的な状況から、逆転の発想を得た。
(……待てよ? 尻尾が固定されたってことは……これを利用すれば、キョウを引っ張れるんじゃないか!?)
京介は、クッションに突き刺さった尻尾を使い、渾身の力でキョウの巨体を引き戻そうとした。
グググ……ッ!
尻尾の付け根の筋肉が悲鳴を上げる。そして、キョウの巨体が、ほんの少しだけ、後ろに傾いだ。
(いける!)
だが、次の瞬間。京介の期待は、最悪の形で裏切られた。
後ろに引っ張られたキョウは、その力に抵抗するように、「邪魔をするな!」とでも言いたげに、さらに強く前へと踏み込んだのだ。
「ウガァァ!!!」
狂戦士のSTRカンストパワーが炸裂する。尻尾の力など、赤子の抵抗にも等しい。京介の尻尾は、まるで巨大な船に引かれる錨のように、クッション材を引き裂きながら、キョウの進行方向へと引きずられていった。
(やめろ! そっちじゃない! 止まれ! 止まれってば!)
京介が必死に抵抗するが、もはや無意味だった。尻尾は、キョウの暴走を止めるどころか、まるで巨大な爪痕のように、床のクッション材に深い、深いひっかき傷を刻みつけるだけの効果しかなかった。
そして、キョウは、何かに導かれるように、そのままの勢いで鉄巨人の周囲をぐるりと一周。まるで巨大なコンパスのように綺麗な円を描きながら、パーティーメンバーがいる方向へと、一直線に向かっていく。
(やった! 思ってたのと違うけど、結果オーライだ! ポヌル頼む!)
京介は、奇跡的な軌道修正に歓喜し、ポヌルに合図を送った。しかし、返ってきたのは、絶望的な一言だった。
「無理ニャ。チョットツはまだ寝てるニャ」
(なんでだよおおおおおおお!!! このパーティーで一番仕事しなきゃいけない盾役が、なんで一番気持ちよさそうに寝てるんだよ!)
見れば、チョットツは、先ほどの落下の衝撃がまだ残っているのか、あるいは単純に、このふかふかクッションが気持ち良すぎたのか、巨大な盾を枕にして、大の字で幸せそうに寝息を立てていた。
万事休す。反物質兵器の発射まで、あと僅か。
その時だった。
鉄巨人の足元。京介の尻尾が刻みつけた、あの深いひっかき傷を起点に、クッション材が、バリバリッ!!! と、嫌な音を立て始めた。
バリバリバリバリッ!!!
ひっかき傷に沿って、クッション材が、まるで巨大な口を開けるかのように裂けていく。
そして、次の瞬間。鉄巨人の巨体が、支えを失い、ゆっくりと、しかし確実に、その裂け目の中へと沈み始めた。
(落とし穴!? またかよ!)
そう。鉄巨人の足元もまた、落とし穴になっていたのだ。それも、落とし穴の蓋がクッション材でカモフラージュされているという、二重構造の悪質な罠。京介の尻尾が、偶然にもそのカモフラージュを引き裂いたことで、罠が作動したのだ。
徐々にスピードを上げながら落下していく鉄巨人の巨躯。その背中にある、あの赤い水晶が、穴の縁に、ゴツン! と鈍い音を立てて激突した。
パリンッ!
水晶が、あっけなく粉々に砕け散る。
鉄巨人の落下が、途中でピタリと止まった。どうやら、穴の底に足がついたらしい。
穴から、ちょうど顔だけを覗かせる形となった鉄巨人は、前回と全く同じ、そしてやはり一字一句違わない、完璧なコピペ台詞を、力なく呟いた。
「ソンナ……バカナ……」
そして、光の粒子となって消えていく。
後に残されたのは、静寂と、巨大な穴、そして、ポカーンと口を開けた信徒たち。
その中で、ただ一人、ロジックだけが、わなわなと震えながら、天を仰ぎ、涙を流していた。
「……マスターは! マスターは、初めから全てお見通しだったのだ! このクッションの下に、さらなる落とし穴があること! そして、あの尻尾による床への攻撃は、決して無意味な暴走などではなく! この二重トラップを発動させるための、唯一無二の『鍵』だったというのか! おお……! なんと恐ろしく、そして美しい計算……! マスター! マスターぁぁぁぁっ!」
ロジックの、もはや神への祈りにも似た慟哭が、キョウのレベルアップを告げるファンファーレが鳴り響くボス部屋に、虚しく響き渡るのであった。




