第54話 城の管理者
京介の制止も虚しく、キョウは扉の前に仁王立ちすると、おもむろに拳を振り上げた。
ゴン! ゴン! ゴゴン!
重々しい金属音が響き渡る。もちろん、扉はビクともしない。
「ウガァァァァァァッ!!」
キョウが、扉に向かって、まるで何かを訴えるかのように叫んだ。その声を聞いたポヌルが、すっと前に出て、芝居がかった丁寧な口調で通訳を始めた。
「『御免下さいませ。旅の者でございます。道に迷ってしまい、難儀しておりましたところ、こちらの立派な扉を見つけました。誠に恐れ入りますが、一夜の宿、とは申しません。せめて、この先の道をお教え願えませんでしょうか』……と、非常に丁寧な言葉遣いで言っているニャ」
(絶対言ってない!)
京介がツッコミを入れる暇もなく、しばらく扉を殴り続けると、突然、扉の中央部分がガチャリと音を立て、小さな覗き窓のようなものが開いた。中から、鋭い目つきをした、執事服を着た悪魔のような男が顔を覗かせた。
「……やかましいですね。こちらは今、取り込み中なのですが……。どちら様ですかな?」
男は、扉を殴り続けるキョウ(と、その後ろにいる大勢の物騒な集団)を見て、眉をひそめた。
「私は、この魔王城の管理を任されているバートラと申します。……して、道に迷われたと? それはそれは、お困りでしょう。しかし、あいにくここは魔王様の居城。旅の方が軽々しく立ち入る場所では……」
バートラが、やれやれといった様子で説明を続けようとした、その言葉が終わるか終わらないかの刹那。
キョウの、STR全振りの拳が、覗き窓越しに、バートラの顔面を寸分の狂いもなく捉えた。
ゴッシャアアアアアアア!!
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
覗き窓から、断末魔の悲鳴が響き渡る。
「ま、まさか……扉越しに、こんな方法で侵入……いや、攻撃されるとは……! ぐふっ……! だが、私を倒したからと言って、いい気になるなよ……! 私は四天王の中でも最弱……! この先、お前たちを待ち受けるのは、私など比較にならぬ、さらなる強敵たちであろう……! はーっはっはっはっ!」
バートラは、典型的な捨て台詞を残すと、光の粒子となって消えていった。
同時に、重々しかった巨大な扉が、まるで「どうぞお通りください」とでも言うように、ゆっくりと内側へと開いていく。
「…………」
「…………」
「…………」
残されたのは、静寂と、呆気に取られた信徒たち、そして京介の脳内に木霊するツッコミだけだった。
(四天王最弱って自分で言うな! そういうのは普通、残された別の四天王が『フン、奴は四天王の中でも最弱……』とか言って、読者に格の違いを見せつけるための台詞なんだよ! なんで自分でバラしちゃうんだよ! 小物感がすごいぞ!)
信徒たちも、ようやく状況を理解し始めた。
「し、四天王……!?」
「今のが、魔王軍の四天王の一人だったというのか!?」
「それを……マスターは、扉越しに、一撃で……!?」
「なんという……なんという圧倒的な力だ……!」
信徒たちが、キョウの規格外の戦闘力に改めて戦慄していると、京介の視界に、待ち望んでいたファンファーレと共に、祝福のウィンドウが表示された。
ファンファーファンファーファーン!
【四天王(最弱)バートラを討伐しました!】
【莫大な経験値を獲得しました!】
【キョウのレベルが50に上がった!】
(来た! レベル50! ついに、ついに来たんだ!)
京介の心臓が高鳴る。レベル50。多くのVRMMOで重要な節目とされる数字。そして、それはSTR《筋力》がカンストするレベルのはず! STRが上限に達すれば、このアバターもさすがに他のステータスにポイントを振らざるを得ない!
(やっと……やっとINT《知力》にポイントが……! これで僕の脳みそが少しはマシになるかもしれない! いや、それどころか……)
脳裏に、魔王城の中で参考書を開き、黙々と受験勉強に励む自分の姿が浮かぶ。周囲の雑音をシャットアウトし、集中して問題に取り組む理想的な学習環境!
(VRMMOの中で受験勉強! これぞ究極の効率化! 僕はこのクソゲーすら、自らの糧に変えてみせる!)
京介が、あまりにも歪んだ希望に打ち震え、恍惚の表情を浮かべた、まさにその瞬間。
現実を告げる無慈悲なシステムメッセージが、彼の視界に表示された。
【STRが上限に達しました!】
【獲得した残りのステータスポイントを割り振ります】
(来た来た来た! さあ、INTだ! INTに来い!)
京介は、祈るような気持ちで画面を見つめた。
そして、表示されたのは、彼の希望を木っ端微塵に打ち砕く、絶望的な文字列だった。
【SPDに全ポイントを割り振りました】
「………………は?」
時が、止まった。
京介の脳が、理解を拒否した。
SPD? スピード? 俊敏性?
違う! そうじゃない! INTに振って欲しかったんだ! 速さじゃないんだ! 脳みそだ! なぜなんだ! このアバターはどこまでいっても脳筋なのか! 少しは学習しろ! 学習しろ、僕の身体!
いや、違う。僕が操作できない以上、学習するのは僕自身か。僕がこの「SPDを得た狂戦士」という新たな状況に適応しなければならないのか……!
レベル50になった達成感も、INTへの期待感も一瞬で消え去り、京介は新たな、そしてより高速化された絶望に打ちひしがれていた。
一方、その背後で、ロジックは膝から崩れ落ち、熱い涙を流していた。
「……! やはり! やはりそうだ! あの時、バートラを倒したあの扉越しの神撃! あれはただの偶然ではなかった! あの時マスターは、この扉を開けるための『鍵』が『特定のSPD《速度》』であることを、あの天秤の謎解きを無視するという行為で示唆されていたのだ! 常識的な謎解きなど不要! 常識を破壊する発想こそが真の答え! なんと、なんと深遠な……!」
ロジックは、キョウが扉を殴ったことを「常識的な謎解きへのアンチテーゼ」と解釈し、そこから導き出される「SPDこそが鍵である」という結論(100%の妄想)に、一人感涙していた。
「マスター……! あなたの思考、どこまでも深い……!」
その隣で、チョットツもまた、目をキラキラさせていた。
「マスターが速くなる! つまり、オレのマスター専用シールドバッシュがさらに加速する! マスター・キャノンボールが超音速に! 最高だぜ!」
(やめろ! お前もロジックも、僕の絶望を知らずに! SPDが上がったら、お前のシールドバッシュがさらに予測不能になるだけだろ! むしろ脅威が増すじゃないか!)
京介の魂の絶叫は、誰にも届かない。
魔王城の扉は開かれ、新たな脅威(SPD全振りの狂戦士)が誕生した。
果たして、この加速する脳筋は、魔王城を攻略できるのか。そして京介は無事ログアウトし、受験会場にたどり着けるのか。彼の戦いは、まだ始まったばかりである。




