第52話 それぞれの謎解き
霧に包まれた「閉ざされた庭園」。その中央には三つの祭壇(〇、△、□)と、無数のスライム石像が乗ったテーブル、そして解読すべき石碑が鎮座している。先へ進む道は閉ざされ、この謎を解かない限り、先には進めない。
信徒たちは固唾を飲んで石碑の文字を見つめ、天才軍師ロジックの分析を待っている。その張り詰めた空気の中、ただ一人、我らが狂戦士キョウだけは、この状況に全く興味がないようだった。彼はテーブルに近づくと、積み上げられたスライムの石像の一つを手に取り、まるで粘土細工でも見るかのように、無表情でそれを眺めていた。
(こいつ……完全に退屈してるな……。頼むから、余計なことだけはしないでくれよ……)
先師京介は、キョウの自由すぎる行動に冷や汗をかきながらも、自らの思考を石碑の謎へと集中させた。ログアウトのためには、一刻も早くこんな場所は突破しなければならない。
(数列:1,3,7,15,31……。この手の問題は、まず差を取るのが定石だ)
京介の脳内で、受験勉強で培った数学的思考が高速で回転を始める。
(3−1=2、7−3=4、15−7=8、31−15=16……。なるほど、階差数列が2のn乗になってるやつか! 2、4、8、16、と来れば、次は32だ。ということは、□に入る数字は、31+32=63!)
数字は解けた。問題は「真なる祭壇」だ。
(『その形が最も「安定」を示し、かつ「完全」なる数と関連するもの』……。「安定」と言えば、やっぱり構造的に一番安定している三角形だな。そして「完全」なる数……最小の完全数は6だ。6の約数は1、2、3で、1+2+3=6。そして、6は1+2+3で表せる三角数でもある……! よし、間違いない!)
京介は、確信を持って結論に達した。
(答えは、『△』の祭壇に、あのスライム石像を63個捧げる!)
完璧な解答。京介が、自らの冴えに小さくガッツポーズをした、まさにその時。隣で同じく石碑を睨んでいたロジックが、静かに口を開いた。
「……ふむ。解けました」
彼は、自信ありげに眼鏡の位置を直すと、周囲の信徒たちに向かって解説を始めた。
「まず数列。これは初項1、公比2の等比数列2 を階差に持つ数列ですね。一般項を Anとすると、An+1=An+2 と表せます。あるいはAn=2 という一般項で直接求めることも可能です。いずれにせよ、6番目の項は2 =64−1=63。論理的に考えると、捧げるべき供物の数は63個です」
(お……! さすがロジック! 解き方はちょっと違うけど、答えは合ってる。やるじゃないか。他の言動はアレだけど、こういう計算系は本当に得意なんだな、この人……)
京介がロジックを見直しかけた、その時。ロジックは、さらに得意げに続けた。
「問題は『真なる祭壇』の特定です。『安定』と『完全』……。これは、古代ギリシャ、ピタゴラス学派が重視した聖なる数『テトラクテュス』の概念を示唆していると見るべきでしょう。テトラクテュスとは、1から4までの自然数の和、すなわち10であり、彼らはこれを『完全数』と見なしました。そして、その配列は、点を1つ、2つ、3つ、4つと並べた『三角形』で示されます。宇宙の調和と安定の象徴たる『三角形』と、完全数10の深遠なる関連……。論理的に考えて、答えは一つしかありません。捧げるべきは、『△』の祭壇です」
(……何言ってんだ、この人? テトラ……? なんでそんな、共通テストにも出ないような古代ギリシャの知識を引っ張り出してくるんだよ! もっとシンプルに考えろよ! 僕の『完全数=6=三角数』の方がよっぽど論理的だろ!)
京介は、ロジックのあまりにも衒学的な(そして間違っている)解説に、全力でツッコミを入れた。だが、周囲の信徒たちは、「おお……」「さすがロジック様……」と、完全に感心しきっている。
そして、その輪の中に、もう一人、目を輝かせている男がいた。チョットツである。彼は、うんうんと一人で頷くと、自信満々に叫んだ。
「分かったぞ! オレにも分かったぜ!」
信徒たちの視線が、一斉にチョットツへと集まる。
「まず、数字だな! 1、3、7、15、31……。これは、あれだ! なんかこう、どんどん増えていってるから、景気づけに全部足せばいいんだ! 1+3は4、それに7足して11、15足して26、31足して……えーっと……よし、63だな!」
(違うわ! なんで全部足すんだよ! その発想がまず意味不明だろ! しかも、仮に百歩譲って足すとしても、1+3+7+15+31は57だ! どこで計算間違えたら63になるんだよ! ……なのに、なんでお前の間違った答え「63」が、僕の導き出した正解「63」と、ピンポイントで一致するんだよ! 奇跡か!)
京介のツッコミも虚しく、チョットツは、自らの(間違った)計算結果に満足げに頷くと、祭壇の謎解きへと移った。
「そして、祭壇だ! 『安定』してて『完全』? そんなの決まってる! このパーティのことだろ! 最強のキョウ様! 天才軍師のロジック殿! そして、マスターの盾たるこのオレ! この『三人』が揃えば、完全無欠で超安定! 向かうところ敵なしだ! 三人カッケー……つまり! 『△』! 三角形の祭壇に決まってる!」
(こいつ……! 自分たちを『完全無欠』とか言い出す、その鋼の自己肯定感と、『三人がカッコイイから三角形』っていう、小学生レベルの脳筋理論だけで、正解にたどり着きやがった……!)
京介は、もはや呆れるしかなかった。ロジックの超絶深読みと、チョットツの奇跡的なアホ理論。方法は違えど、二人とも『△の祭壇に63個』という、自分と同じ結論に達している。
(あれ……? もしかして、僕も含めて、全員正解してる……のか?)
ある意味、奇跡的な状況。京介が、その事実に気づき、わずかな困惑と安堵を覚えた、まさにその瞬間だった。
「ウガッ! ウガァァァァァッッ!!!」
今まで退屈そうにスライム石像をいじっていたキョウが、突然、雄叫びを上げたのだ。
そして、隣でニヤニヤしていたポヌルが、待ってましたとばかりに、その言葉を「翻訳」した。
「『待ちくたびれたぞ! こんな回りくどい謎解きなど不要! 俺に任せろ、こんなものは一瞬で解決してくれるわ!』……と、マスターはお怒りだニャ!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、キョウは、スライムの石像が山積みになっているテーブルに向かって、渾身の力で拳を叩きつけた。
ドッッッッカァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!
凄まじい衝撃音と共に、テーブルは粉々に砕け散り、その上にあった無数のスライム石像が、まるで火山噴火のように宙へと舞い上がった。
そして、放物線を描いて落下した石像たちは……
パラパラパラ……チャリンッ。
信じられないことに、そのほとんどが、正確に『△』の祭壇の上へと着地したのだ。まるで、熟練のディーラーがチップを投げ入れるかのように。
祭壇の上に乗った石像の数を、視界の隅に表示されたカウンターが正確に示している。
【△の祭壇:63】
(そ、そんな訳あるかあああああああああああああああああっ!!!! こっちの苦労(受験勉強)と、ロジックの苦労(無駄知識)と、チョットツの苦労(奇跡の計算ミス)を、全部台無しにしやがった!)
京介が、現実ではありえない確率に絶叫したのと、庭園の奥の壁がゴゴゴ……と音を立てて開き、先へと続く道が現れたのは、ほぼ同時だった。
「……ニャるほど。このダンジョンは、結局『殴って解決』が正解だった、ということニャ。実にこのクソゲーらしい、知性への裏切りだニャ」
ポヌルが、心底どうでもよさそうに呟いた。




