第49話 併願城、ボスとの決戦
『魔王城の併願城』の最深部。重厚な黒曜石で作られた巨大な扉の前で、ギルド『破壊神の信徒』精鋭部隊は足を止めた。
『ミニタオルスとの激戦』という名の事故、『ローズアーミーとの死闘』という名の焼却処分、そして『数々のトラップ』という名の運営の怠慢を乗り越え、彼らは満身創痍だった。鎧はへこみ、ローブは焼け焦げ、誰もが疲労の色を隠せない。
ただ一人、その中心に神輿のように担がれる男を除いては。
(よし……!)
アバター『キョウ』の内部で、先師京介は、静かに拳を握りしめていた。彼の精神は疲労の極致にあったが、それ以上に、確かな手応えを感じていたのだ。
道中、京介は尻尾による回避と妨害に全神経を集中させていた。STR全振り、防御力皆無、体力初期値という、触れれば即死のガラス細工のようなアバターを守り抜くためだ。その結果、キョウは奇跡的に無傷。そして、信徒たちが稼いでくれた経験値のおかげで、彼のレベルはついに45まで到達していた。
(レベル45……! あと5レベルで、ついにSTRがカンストするはずだ! そうすれば、この脳筋アバターにも、ようやく知性という光が……!)
京介の胸に、知性への希望がかつてなく膨らんでいた。
◇
「同志諸君! とうとうここまでたどり着いたぞ!」
一行を代表し、ギルドマスター代理のロジックが、疲弊した信徒たちを鼓舞するように声を張り上げた。
「出発前に説明した通り、この『魔王城の併願城』を完全に攻略したプレイヤーは、未だ存在しない! 情報ゼロという極限状況の中、マスター・キョウの神がかりの指揮と、我々の結束によって、我々は前人未到の領域に足を踏み入れたのだ! この扉の先には、十中八九このダンジョンの主がいる! 準備はいいか!?」
ロジックの演説に、信徒たちの疲弊した目に、再び闘志の炎が灯る。
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
「やってやるぜ! ねぇ、マスター!?」
チョットツが、興奮気味にキョウを振り返る。
「ウガッ」
キョウは、やる気があるのか無いのか、相変わらずよく分からない返事を一つ漏らした。
しかし、その一言で十分だった。ポヌルが、待ってましたとばかりに、高らかに通訳する。
「『恐れることはない。皆で、我が尻尾が示す通りに戦えば、乗り越えられない壁など存在しない!』……と、マスターは仰せだニャ!」
「「「マスター!!!」」」
信徒たちは、神の捏造された言葉に熱狂し、最後の力を振り絞る。
その狂騒の中で、京介だけが、深いため息をついていた。
(もう……ツッコむ気力もない……。頼むから、ボス戦では何もやらかさないでくれよ、お前ら……)
京介の切実な祈りも虚しく、運命の扉が開かれる。
チョットツとガンジョーが、巨大な盾を構えて左右に陣取り、他の前衛メンバー二人が、重々しい黒曜石の扉を、渾身の力で押し開いた。
ゴゴゴゴゴゴ…………ン。
扉の向こうは、玉座の間だった。
だだっ広い空間の最も奥、数段高くなった場所に、禍々しい装飾が施された巨大な椅子が鎮座している。そして、その椅子には、一体の人影が深々と腰掛けていた。
距離があるため、まだ姿形ははっきりと見えない。ただ、尋常ならざるプレッシャーだけが、ひしひしと伝わってくる。
一行は、ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと玉座へと近づいていった。
やがて、ボスの姿が明らかになる。
それは、黒いローブを身に纏い、骸骨のような仮面をつけた、魔術師風のモンスターだった。その手に持つ杖の先端には、不気味な紫色の宝石が鈍く輝いている。
しかし、その威圧的な外見とは裏腹に、ボスはこちらを一瞥だにしない。焦点の合わない瞳は、ただぼんやりと天井を見上げているだけだ。
そして、その頭上に表示された名前を見て、京介は凍りついた。
【忘却王アムネシアック】
(忘却王!? 『アムネジア(健忘)』ってことか!? ま、まさか……記憶を消去する特殊攻撃!? そんな厄介極まりないデバフを使ってくるタイプか!? やめてくれ! ただでさえログアウトできなくて勉強時間がゼロなのに、今まで頭に詰め込んだ英単語と数学の公式と日本史の年号まで消し飛ばされたら、僕の帝都大学合格は完全に終わる!)
京介が、かつてない恐怖に打ち震えていると、忘却王アムネシアックは、まるで何百年も動かしていなかったかのように、ゆっくりと、その仮面の口を開いた。
◇
「オマエタチ……ハ……ナニモノダ……?」
かろうじて聞き取れるほどの、か細く、そしてひび割れた声。
「ナニヲシニ……ココヘ……キタノダ……?」
その問いに、ロジックが一歩前に出て、堂々と答えた。
「我々は『破壊神の信徒』! お前を討伐し、このダンジョンの理不尽を終わらせるために来た! 覚悟してもらおう、忘却王!」
ロジックの勇ましい口上に、信徒たちが「そうだそうだ!」と続く。
しかし、忘却王は、何の反応も示さない。ただ、虚空を見つめたまま、数秒間の沈黙が流れた。
そして、彼は、再びゆっくりと口を開いた。
「……ソウカ……。シンニュウシャ……タオス……」
忘却王が、ゆっくりと杖を掲げる。京介が「来るぞ!」と身構えた、その時。
ボスの動きが、ピタリと止まった。
「…………アレ? ワレハ……ダレダ? ココハ……ドコダ?」
「…………は?」
ロジックも、信徒たちも、そして京介も、一瞬、思考が停止した。
(お前が忘れてんのかよおおおおおおおおおお!!)
京介の、魂からのツッコミが炸裂した、その瞬間。
もはや、敵の言葉など聞く気のない二人の脳筋が、動いた。
「ウガァァァァァァッ!」
↑敵を見つけたキョウ
「チェストオオオオオオッ!」
↑とりあえずキョウに合わせるチョットツ
二人の脳筋が、ボスが「えーっと……」と首を傾げている、その無防備すぎる瞬間に、同時に突撃したのだ。
キョウのバーサクパンチと、チョットツの猪突猛進シールドチャージが、忘却王のローブ(というより本体)に、寸分の狂いもなく、同時に叩き込まれた!
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!
「ア…………?」
凄まじい衝撃波が迸り、忘却王アムネシアックは、何かを思い出す暇すら与えられず、まるでホームランボールのように軽々と玉座から打ち上げられた。黒いローブと骸骨の仮面が宙を舞い、部屋の壁を突き破り、遥か彼方の空へと飛んでいく。夜空にキラリと星が一つ増えたように見えたのは、きっと気のせいだろう。
(ひ、ひどすぎる……!)
京介は、もはや良心の呵責で胸が痛んだ。いくらボスとはいえ、言葉すら忘れた相手に、問答無用で殴りかかるのはあんまりではないか。
キョウは、ボスが消え去った方角を一瞥することもなく、くるりと踵を返した。そして、次の獲物を求めるかのように、突然走り出したのだ。
(えっ!? どこ行くんだよ!?)
「マスター!? お待ちください!」
信徒たちが驚きと困惑の声を上げる中、キョウは壁を突き破り、城の外へと飛び出していく。
ファンファーレ!
【キョウのレベルが 46 に上がった!】
(レベルアップは嬉しいけど! もう少し余韻とか……!)
京介のツッコミも虚しく、信徒たちは「マスターを追え!」と慌てて後を追いかける。後に残されたのは、静まり返った玉座の間だけだった。




