第48話 尻尾の進化(?)
ミニタオルスという、あまりにもふざけた名前の門番を(主に信徒たちの力で)退けた一行は、ついに『魔王城の併願城』の内部へと足を踏み入れた。
外観同様、内部も黒曜石のような光沢を持つ壁で覆われ、不気味な紫色の松明が通路を照らしている。魔王城本家と比べると、やや小ぢんまりとしてはいるが、それでも高レベルダンジョン特有の重苦しい雰囲気が漂っていた。
「気を引き締めろ! ここからが本番だ!」
ギルドマスター代理のロジックが、冷静に指示を飛ばす。信徒たちは、先ほどの門番戦でのマスター・キョウの活躍とレベルアップを目の当たりにし、士気は最高潮に達していた。
その先頭には、相変わらず神輿のように担がれたキョウと、そのすぐ後ろを意気揚々と歩くポヌル、そして「マスター護衛隊長」のチョットツ、古参タンクのガンジョーが続く。
(レベル40か……。STR全振りのおかげで、攻撃力だけなら、そこらのレベル60プレイヤーより高いかもしれない。だが、防御力は紙同然……。油断はできないな)
先師京介は、アバターの内部で冷静に状況を分析していた。ログアウトという最終目標のためには、無駄な死に戻りは避けたい。尻尾によるサポートも、より精度を上げていく必要がある。
一行が、最初の広間のような場所に出た、その時だった。
前方の通路から、カサカサという不気味な音と共に、何かが大量に押し寄せてくる気配がした。
「敵影多数! 接近してきます!」
斥候役の信徒が叫ぶ。
松明の光に照らし出されたのは、薔薇のような深紅の花を咲かせた、しかし全身が鋭いトゲで覆われた、不気味な植物型モンスターの群れだった。
【ローズアーミー】
その名の通り、まるで軍隊のように統率された動きで、広間を埋め尽くさんと迫ってくる。
◇
「全軍、戦闘態勢!」
ロジックの号令と共に、信徒たちが一斉に武器を構える。
「植物タイプだ! おそらく火属性が弱点だろう!」
誰かが叫ぶと、後方に陣取った数人の魔法使いが、即座に詠唱を開始した。杖の先端に、炎の魔力が収束していく。
その間にも、ローズアーミーの群れは、距離を詰めてくる。そして、一定の距離に達すると、一斉にその身を震わせ、トゲのようにも見える硬質な「種」を、マシンガンのように撃ち出してきた!
シュシュシュシュシュッ!
無数の種が、雨のように降り注ぐ。
(うわっ!)
京介は、キョウが全く避けようとしないのを見て、咄嗟に尻尾を高速で振り回し、飛来する種を叩き落とし始めた。ペシペシと小気味よい音が響く。
「マスターをお守りしろ!」
ガンジョーとチョットツは、巨大な盾を構え、キョウの前に立ちはだかる。盾に種が当たる、カンカンカン! という硬質な音が響き渡った。
しかし、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
盾に当たった種が、まるでエイリアンの幼体のように蠢き始め、次の瞬間、プレイヤーのHPを養分にするかのように爆発的な速度で発芽、成長! あっという間に、鋭いトゲを持つ蔦となって、盾を持つ腕に絡みついてきたのだ!
「ぐわっ!?」
「い、痛え!」
ガンジョーとチョットツは、予想外の攻撃に、思わず盾から手を離してしまう。
そして、それは京介の尻尾も例外ではなかった。種を叩き落とした尻尾の表面に、いつの間にか数粒の種が付着していたらしく、そこから瞬く間にトゲだけの蔦が伸び、尻尾全体に絡みついてしまったのだ。
(いっ……! いや、痛くない……!?)
京介は、鋭いトゲが皮膚に食い込む感覚を覚悟したが、なぜかキョウのアバターは全くダメージを受けていない。それどころか、蔦はまるで装飾品のように、上手い具合に尻尾に巻き付き、妙な一体感を生み出していた。
(……なんだこれ? トゲ付きの尻尾……? まるで悪魔の武器みたいだ……。いや、中二病全開で、ちょっとカッコいい……かも?)
京介が、己の尻尾の新たな可能性(?)に困惑していると、後方で詠唱を続けていた魔法使いたちの呪文が、ついに完成した。
「炎よ集え! 敵を焼き尽くせ!」
「燃えろよ! 燃えろ!」
二人の魔法使いが、杖を高々と掲げ、叫んだ。
「ヒダルマーン!!!」
「タキビーーーーム!!」
ゴオオオオオオオオッ!!
凄まじい火炎放射と、巨大な火球が、ローズアーミーの群れに叩き込まれる。
(……ヒダルマーン? ……タキビーム?)
京介は、そのあまりにも緊張感のない魔法の名前に、思わず思考が停止した。
(なんだそのネーミングセンスは……! 小学生の放課後のノリかよ! もうちょっとこう、あるだろ!? 『インフェルノ』とか! 『ファイアストーム』とか! 運営の語彙力はどうなってるんだ!)
京介のツッコミを察したかのように、隣でポヌルが、やれやれといった様子で解説を始めた。
「……ああ、それニャ? あれは、このゲームの開発会社の社長が、酔った勢いで悪ふざけで考えた魔法名らしいニャ。誰も逆らえなくて、そのまま実装されたのニャ……前にも『イナズマーン』っていう魔法があったの忘れたニャ?」
(社長……! そういえばそんな魔法があったな。あの時はロケットパンチに集中してて聞き逃してたよ)
京介は、この世界の理不尽さの一端に触れた気がした。
名前はアレだが、魔法の効果は絶大だった。
植物タイプのモンスターにとって、炎はまさに天敵。ヒダルマーンとタキビームの直撃を受けたローズアーミーたちは、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして燃え上がり、灰と化していった。
◇
ファンファーレが鳴り響き、キョウのレベルアップを告げる。
【キョウのレベルが 42 に上がった!】
【ステータスポイントを割り振ってください】
【STRに全ポイントを割り振りました】
(しかし……魔法か。いいなぁ、魔法使いは)
敵を一掃する派手なエフェクト。遠距離から安全に攻撃できる利便性。京介は、素手で殴ることしかできない(しかも操作不能)自分のアバターと比べて、少しだけ羨ましく思った。
(なんで僕のアバターは、スキルの一つも覚えないんだろうな……? レベル42にもなったのに)
その呟きに、ポヌルが、まるで心を読んだかのように答えた。
「スキルを覚えたところで、どうせ任意で発動できないニャ。宝の持ち腐れになるだけだニャ」
「……あ。……それも、そうか」
京介は、あまりにも正論すぎて、反論の余地が1ミリもなかった。操作不能という根本的な問題がある限り、どんな強力なスキルも、ただの「飾り」でしかない。
(結局、僕にできることは……)
彼は、自虐的な笑みを浮かべながら、ふと自分の尻尾に目をやった。
そこには、先ほどの戦闘で絡みついた、トゲだけの蔦が、まるで「俺を使え」とでも言いたげに、奇妙な一体感を保ったまま、巻き付いていた。
(……まあ、スキルはなくても、この『トゲ付きの鞭』があるか)
京介は、少しだけ器用に動かせるようになった尻尾を、軽く振ってみせた。トゲ付きの尻尾。これは、運営が意図しなかった、僕だけの専用武器かもしれない。
そんな、ささやかな希望を胸に、一行は、煙が立ち上る広間を後にし、ダンジョンのさらに奥へと進むのだった。




