第47話 門番との対決(魔王城ではない)
『オカラウォール遺跡』攻略の祝宴は、狂信的なまでの熱気に包まれていた。信徒たちは、神の偉業と、自らがその奇跡の一部となれたことに酔いしれている。その喧騒の中心、玉座という名の豪華な椅子にふんぞり返るキョウの中で、先師京介だけが、冷めた目でこのカオスを観察していた。
(……この熱狂、利用しない手はない)
京介の決意は固まっていた。最短でログアウトする。そのためには、この制御不能なアバターと、この制御不能な信徒たちを、どうにかして「正しい方向」へと導かねばならない。
宴もたけなわとなった頃、ギルドマスターであるロジックが、パンパン、と手を叩いて皆の注目を集めた。
「同志諸君! 今宵の勝利、誠に喜ばしい! マスター・キョウの神がかりの戦術と、チョットツ君の『神託受信者』としての覚醒、そして我々信徒の結束! これらが奇跡的な化学反応を起こし、我々は不可能とさえ思われた『オカラウォール遺跡』の完全攻略を達成した!」
おおおお! と、信徒たちの雄叫びがギルドハウスに響き渡る。
「しかし! 我々の歩みは、ここで止まるわけにはいかない!」
ロジックは、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、次の目標を高らかに宣言した。
「我々が次に挑むべき試練は、高レベルダンジョン――その名も、『魔王城の併願城』だ!」
「「「併願城……!!」」」
信徒たちが、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。明らかにヤバそうな名前の響きに、緊張が走る。
しかし、京介だけは、全く別の意味で頭を抱えていた。
(併願城って何だよ! 滑り止めか!? 僕が今一番考えたくない単語をピンポイントで抉ってくるな! こっちはこのクソゲーのせいで、リアル受験が『滑り止め』どころか『崖っぷち』だっていうのに! ふざけるな運営め!)
ロジックの説明は続く。
「情報の少ない、未知のダンジョンだ。全員で攻略するにはリスクが高い。よって、今回はギルドの最高戦力であるマスター・キョウ、そしてマスター護衛隊長チョットツ君を中心に、レベル60以上のメンバーで構成された精鋭部隊で攻略を目指す!」
再び、おお! と沸き立つ信徒たち。選ばれし者たちの顔には誇りと使命感が浮かんでいる。
その中で、京介だけが、深いため息をついていた。
(レベル60以上……? こっちはレベル37(豆腐のおかげ)だぞ……。明らかに足手まといじゃないか。……次こそ、デスペナルティでレベル1に戻る未来しか見えない……)
彼のささやかな希望は、早くも暗雲に覆われ始めていた。
◇
そして翌日。
キョウを先頭に(というか、また神輿のように担がれ)、『破壊神の信徒』精鋭部隊は、意気揚々と次のダンジョンへと向かっていた。目的地は……驚くべきことに、あの忌まわしき魔王城の、すぐ隣だった。
「うそだろ……。こんな禍々しい城が、魔王城のすぐ隣にあったなんて……今まで全く気づかなかったぞ」
京介が、その黒曜石でできたような不気味な城を見上げ、呆然と呟く。すると、隣を飛んでいたポヌルが、呆れたように言った。
「当たり前だニャ。お主、いつも魔王城の門の前で、秒で瞬殺されてたからニャ。周囲をゆっくり見る余裕なんて、1ミリもなかったニャ」
(ぐうの音も出ない……)
京介は、忌まわしい記憶を振り払うように、併願城の門を見上げた。魔王城のそれと比べると、やや小ぶりだが、それでも威圧感は十分だ。
「……こっちには、ミノタウロスみたいな、ふざけた門番はいないんだな。よかった……」
安堵しかけた京介の言葉を、ポヌルが即座に否定した。
「いや? こっちにも、ちゃーんと門番はいるニャ。ほれ、あれだニャ」
ポヌルが前足で指し示した先。城門の奥から、ゆっくりと姿を現したのは、ミノタウロスによく似た、巨大な牛頭人身のモンスターだった。筋骨隆々で、鼻息も荒い。
ただ一つ、決定的に違うのは、その手に握られているものだった。
巨大な戦斧ではなく、なぜか、明らかに不釣り合いな、小さな、白い、フワフワの……高級デパートの紙袋に入ってそうな、上品なタオルハンカチ?
【ミニタオルス】
(くだらねええええええええええ!! なんだその安直すぎるダジャレネームは! 運営の正気を疑うぞ!)
京介が、このゲームのネーミングセンスに本気で眩暈を覚えていると、ミニタオルスは、その手に持ったタオルハンカチを、まるで闘牛士のように、ひらりと翻した。
ブオンッ!!
次の瞬間、タオルハンカチから放たれたとは思えないほどの、凄まじい風圧が、一行に襲いかかった!
「「「うわあああああっ!」」」
レベル60を超える信徒たちは、悲鳴を上げつつも、その場に踏みとどまる。しかし、唯一レベルの低いキョウだけは、その風圧に抗えず、まるで木の葉のように宙へと舞い上げられた。
(またこのパターンかよ!)
京介がデジャヴに襲われる中、吹き飛ばされたキョウは、放物線を描き、一直線に後方のチョットツの巨大な盾に向かって飛んでいく。
それを見たチョットツは、しかし、慌てるどころか、まるで「この時を待っていた!」とでも言いたげに、ニヤリと笑った。
「なるほど! マスターが自ら『弾』となる! そういうことですね! このときのためにこのスキルを取得しておきました!」
彼は、盾に向かって飛んでくるキョウを、避けるでもなく、受け止めるでもなく、なんと、完璧なタイミングで、渾身のマスター専用シールドバッシュを繰り出し、ミニタオルスに向かって打ち返したのだ!
「喰らえ! 我が渾身の! マスター・キャノンボール!!」
ドゴォォォン!
盾に弾かれたキョウは、凄まじい勢いでミニタオルスへと射出される。京介は、もはや何が何だか分からないまま、尻尾を動かせることすら忘れ飛ばされていく。
衝突の寸前、キョウが本能的に拳を繰り出した。
ゴッ!
【100】
キョウの拳が、ミニタオルスの顔面にクリーンヒット! レベル37のSTR全振りパンチは、さすがに豆腐相手とは違い、確かなダメージを与えた。ミニタオルスは、よろめきながら数歩後退する。
「ウガァァァァァァァァッ!!」
地面に着地したキョウが、勝鬨のように咆哮する。
すかさず、ポヌルがそれを完璧に翻訳した。
「『見たか! 俺が活路を切り開いてやったぞ! いまだ! かかれ!』……と、マスターは申しておられるニャ!」
その言葉に、先ほどの風圧で戦意を削がれかけていた信徒たちが、再び闘志を取り戻す。
「おお! マスターが、あの化け物を怯ませたぞ!」
「チョットツ殿との連携、見事なり!」
「続けええええええ!」
信徒たちは、雄叫びを上げながら、一斉にミニタオルスへと突撃を開始した。
◇
数分後。
信徒たちの猛攻を受け、ミニタオルスの持っていた自慢のタオルハンカチは、もはやズタズタのボロボロになっていた。まさに、繊維喪失である。
やがて、タオルを失ったミニタオルスは、悲しげな鳴き声を上げると、光の粒子となって消えていった。
ファンファーファンファーファーン!
【キョウのレベルが40に上がった!】
【ステータスポイントを割り振ってください】
【STRに全ポイントを割り振りました】
(うおお! レベル40! さすがは高レベルダンジョンの門番、もらえる経験値が桁違いだ!)
京介の心に、再び希望の光が差し込む。
その背後で、ロジックが興奮した様子で羊皮紙に何かを書き殴っている。
「……! そういうことか! ついに、ついに『収穫の時』が来たのだ! マスターは、これまでの魔王城への無数の『死に戻り』で、あのミノタウロス(実際はミニタオルス)の行動パターン、風圧の軌道、その全てを完璧に解析しておられた! そして、チョットツ君の『マスター専用スキル』という最後のピースが揃った今、その膨大なデータを元に、この『人間大砲』という唯一無二の最適解を実行されたのだ! あれは偶然の連携ではない……! 積み重ねられた『死』のデータが導き出した、必然の勝利なのだ! なんという恐ろしい知性だ!」
(このペースなら、ダンジョンをクリアする頃には、レベル50に届くかもしれない。レベル50になれば、STRはカンストするはず……! そうなれば、さすがのこの脳筋アバターも、他のステータス……例えば、INT(知力)とかにポイントを振らざるを得なくなるはずだ! INTに振れば……もしかしたら、ほんの少しは、まともな思考回路が……! いや、それどころか、このアバターで『勉強』ができるようになるかもしれない! ゲーム内で受験対策が!?)
京介は、自らの手でアバターを強化できるかもしれないという可能性と、ゲーム内受験勉強という、あまりにも歪んだ、しかし彼にとっては最高に輝かしい未来に、思わずほくそ笑むのであった。




