第45話 ドラゴンのボーナスタイム
(……終わった……)
ボス【カゴモリキング】が光の粒子となって消滅し、祝福のファンファーレが鳴り響いたボス部屋。先師京介は、満身創痍の信徒達に囲まれたアバターの内部で、深い、深ーい溜息をついていた。
目の前では、チョットツがボロボロと涙を流しながら感極まっている。
彼は、先ほどのロジックの解説(という名の妄想)を聞き、自分がキョウの壮大な計画の「触媒」として使われたことに、この上ない喜びを感じているらしかった。
「マスターが、このオレを……このオレの『一点突破』の力を信じてくれたから……! うっ、ううっ!」
(いや、信じてないし、そもそもお前の力は『一点突破』じゃなくて『背中絶対守るマン』だろ! さっきまで敵に背中向けてたの忘れたのか!)
京介が、その暑苦しい信仰心に若干引き気味になった、その時だった。
キョウたちが開けた上階の穴から、何かがこちらに向かって落下してくる気配がした。
「……ん?」
チョットツが、涙まみれの顔で、天井を見上げた。
そして、その巨大な「何か」が彼の頭上に、寸分の狂いもなく着弾した。
ドチャァァァァァァァァッ!!!!
「ぎゃああああああああああああっ!?」
チョットツの、先ほどの感動が全て吹き飛ぶような、素の絶叫が響き渡る。
何の前触れもなく、純白の「何か」に押し潰された彼の姿は、あまりにも無様だった。
そして、京介の視界には、無慈悲なシステムメッセージがポップアップする。
【モメントキヌドラゴンを討伐しました!】
【経験値を獲得しました!】
【キョウのレベルが 29 に上がった!】
(えええええええええええ!?)
京介は、混乱の極みにあった。
(今、何が起きた!? ていうか、何でレベル上がったの!? 殴ってないよ!?)
ポヌルは、チョットツを押し潰した「何か」を触って確かめる。
「なるほどニャ……」
いち早く状況を理解したポヌルが、冷静に呟いた。
「キョウたちが開けた穴のせいで、上階の床の崩壊が進んでるニャ。で、運悪く穴のそばにいたドラゴンが、そのまま落ちてきたんだニャ」
ポヌルは、豆腐と化したドラゴンを、前足でツンツンとつついた。
その、あまりにも非現実的な光景を目の当たりにし、知性派のロジックが、カッと目を見開いた。
「……まさか。まさか、これも……!」
彼は、わなわなと震えながら、天を仰いだ。
「マスターは、ボスを倒すことだけが目的ではなかった! 床を破壊することで、上階に残った敵戦力を、このボス部屋に『落下』させ、一網打尽にすることまで、計算されていたというのか……!」
(そんなわけないだろ! 事故だよ! ただの豆腐製造事故だよ!)
京介の魂のツッコミも虚しく、ロジックの妄想は、現実のものとなっていく。
彼の言葉に呼応するかのように、天井の穴から、次々と白い影が降り注ぎ始めた。
ドチャッ!
「ぎゃっ!」(ガンジョーにヒット)
【モメントキヌドラゴンを討伐しました!】
【経験値を獲得しました!】
ドチャッ!
「うわっ!」(ロジックの頭上にヒット)
【モメントキヌドラゴンを討伐しました!】
【経験値を獲得しました!】
ドチャッ! ドチャッ! ドチャチャチャチャチャチャチャッ!!!!
「「「「ぎゃあああああああああああああああ!!!」」」」
それは、もはや戦闘ではなかった。
ただの、ボーナスタイムだった。
上階から落下してくるモメントキヌドラゴン(豆腐形状)が、ボス部屋にいた信徒たちの上に、無差別に降り注ぐ。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、京介の視界だけが、レベルアップのファンファーレで天国だった。
【キョウのレベルが 30 に上がった!】
【キョウのレベルが 31 に上がった!】
【キョウのレベルが 32 に上がった!】
・
・
・
【キョウのレベルが 37 に上がった!】
(レベルが、レベルが9も上がったあああああああああああ!!!)
あまりの経験値効率に、京介が、アバターの内部で狂喜乱舞する。
レベル20でこのダンジョンに入り、ボスを倒して28になり、そして今、豆腐シャワーを浴びただけで37。
これが……これが狂戦士の力なのか……!(絶対に違う)
やがて、豆腐の雨は止んだ。
どうやら、上階にいたドラゴンは、全て落ちてきたらしい。
ボス部屋は、静まり返っていた。
そこにあったのは、先ほどまでの激戦の痕跡ではなく、おびただしい量の木綿豆腐、絹ごし豆腐、そしてダンジョンの床材だった「おから」が混ざり合い、積み上がった、巨大な「豆腐マウンテン」だった。
(なに、これ……地獄の豆腐ビュッフェ会場……?)
京介が、目の前の光景に絶句していると、豆腐の山の中から、むくりと一人の男が起き上がった。
チョットツだ。
彼は、顔面にこびりついた豆腐を、犬のようにブルブルっと振りはらうと、何を思ったか、その巨大な盾をスプーンのように構え、目の前の豆腐の山を、ガバッと掬い取った。
そして、それを、何の躊躇もなく、口いっぱいに頬張った。
(……え?)
京介の思考が、一瞬、停止する。
モグモグと、何かを咀嚼するチョットツ。
やがて彼は、その目をカッと見開くと、歓喜の声を上げた。
「うまーーーーーいッ!! なんだこれ! めちゃくちゃ美味いぞ! 誰か! 誰か醤油を持ってないか!」
(食べるなあああああああああああああっ!!!)
それは敵だ! さっきまで君を殺そうとしていた高レベルモンスターだぞ! 食用じゃないんだよ! そもそも味覚があるって、どうなってるんだよこのヘッドセットは!?
京介のツッコミも虚しく、チョットツは、さらに一口、豆腐(元ドラゴン)を頬張る。
すると、彼のHPゲージが、僅かだが、ピコンと回復した。
「おお! 回復した! マスター! この豆腐、HPが回復しますぜ!」
その時、キョウが偶然「ウガッ」と吠えた。
すかさず、ポヌルが、待ってましたとばかりに翻訳する。
「『フン。何を驚いている。この豆腐に回復効果があることなど、全て計画通りだ』……と、申しておりますニャ」
(絶対言ってない! どうせ『豆腐うめぇ』くらいにしか思ってないだろ、こいつは!)
だが、その一言が、決定打だった。
「「「おおおおおおおおおっ!!」」」
「さすがマスター!」
「このための豆腐!」
「醤油はないが、岩塩ならあるぞ!」
阿鼻叫喚の地獄から一転、信徒たちは、我先にと豆腐マウンテンに群がり、手や盾で、貪るように食べ始めた。
その中で、ロジックだけが、腕を組み、真剣な表情でブツブツと呟いていた。
「ふむ……確かに美味だが、この大豆(?)の風味を最大限に活かすなら、岩塩よりも、ゆず塩が最適解ではないか? いや、待て。このダンジョンの特性を考えるなら、あえてワサビ醤油で……」
(もうグルメレポートになってるじゃないか!)
京介は、アバターの中で、天を仰いだ。
敵の死骸(豆腐)を、皆で美味しくいただくパーティ。
なんだこれは!
「まぁ、ラッキーだったニャ。HPも回復するし、腹も膨れる。一石二鳥だニャ」
ポヌルが、京介の心情を察したのか、肩をすくめてみせた。
(……ああ、そう……。ラッキー、ね……)
京介は、遠い目(のような雰囲気)をしながら、このカオスな食事風景を眺めていた。
もう、ツッコむ気力も湧いてこない。
(……さて。腹も膨れたみたいだし……帰るか)
京介が、心の中で、完全に「オフ」のスイッチを入れた。
豆腐をたらふく食べ、ご満悦の一行は、ぞろぞろとゴンドラに乗り込む。
「よし、全員乗ったな」
ロジックが、指差し確認をすると、ゴンドラの起動レバーの横にあった、謎のボタンを押した。
「それでは、皆様。凱旋であります。……スモーク、焚きます」
ブシュウウウウウウウウウウッ!!!!
(そんな余計な演出は要らないんだよおおおおおおおおっ!)
京介の最後のツッコミは、派手に焚かれたスモークの音にかき消された。
こうして、レベルだけが爆上がりし、心に深い疲労を刻み込んだ一行は、謎の豆腐ダンジョンを後にするのであった。




