第44話 計算通り(?)のダンジョン攻略
先師京介の視界が安定した時、そこはボス部屋の床……ではなく、巨大な豆腐の上だった。
落下してきたキョウとチョットツの二人は、ダンジョンボス【カゴモリキング】の、まさに本体である巨大な豆腐部分に、見事に突き刺さる形で着地(?)していたのだ。
「ぐふぅ……」
チョットツは、着地の衝撃と、豆腐の柔らかすぎる感触に脳をやられたのか、短い呻き声と共に白目を剥いて気絶していた。重そうな盾が、豆腐の上にボトリと落ち、ズブズブと沈んで行く。
しかし、我らが狂戦士キョウは、そんなことでは動じない。
彼は、自分が何の上にいるのか、足元のボスが瀕死の状態であることなど、全く気にも留めていない。ただ、目の前に、殴り心地の良さそうな、白くてプルプルした塊がある。それだけで、彼の行動原理は満たされた。
「ウガッ! ウガガガッ!」
短い雄叫びと共に、キョウはカゴモリキングの本体(豆腐部分)に、楽しそうに拳を叩き込み始めた。
ビチャァ!! バチャァ!! ブチュ!
ボス部屋に、大量の豆腐を素手でかき混ぜるような、およそ戦闘らしからぬ、水気の多い音だけが虚しく響き渡る。カゴモリキングは、最後の力を振り絞って「ト……フ……(やめ……て……)」と呟いているようにも聞こえるが、キョウの無慈悲な豆腐コネコネパンチの前には、もはや風前の灯火だった。
(な、何やってんだ、こいつ……! しかも、なんか楽しそうだぞ!? もう瀕死なんだから、普通に殴れば倒せるだろ! なんでわざわざ豆腐をこねくり回してるんだよ!)
京介が、あまりのシュールな光景にツッコミを入れる気力すら失いかけていると、キョウの無意味な豆腐コネコネラッシュが十数発続いた後、カゴモリキングの巨体は、ふっと光の粒子となって、静かに消滅した。
ボスという名の巨大な足場が消滅したことで、キョウと、気絶したままのチョットツは、わずかに残った豆腐(?)の欠片と共に、ボス部屋の硬い大理石の床へと落下した。
そして、彼らの落下からワンテンポ遅れて、豆腐に沈みかけていたあの巨大な盾も、重力に従って落下し――
ゴイーン!!
気絶しているチョットツの頭部に見事なクリーンヒットを決めた。
「いいー!!! ん……むにゃ……。はっ! ここは!?」
その衝撃で、気絶していたチョットツが目を覚ました。
彼は、目の前で光の粒子が消えていく光景と、その中心で仁王立ちするキョウの姿を認めると、瞬時に状況を理解(大誤解)した。
「おおおおおっ! キョウ様! やりましたな! 落下という絶体絶命のピンチすら利用し、ボスの脳天に我々が直接『神罰』を下すとは! なんと素晴らしい作戦でしたかっ!」
(いや、作戦も何も、ただ床が抜けて落ちただけだからな? あと、お前はずっと気絶してたし、なんか今とんでもない寝言言ってたぞ……)
京介が、もはや諦めの境地で遠い目をしていると、頭上から、ウィーン、という機械的な駆動音と、どこか祝福するような音楽が聞こえてきた。見上げると、信じられない光景が広がっていた。
先ほど崩落した大穴から、なんと、まるで結婚式の入場シーンのように、ドライアイス(?)のスモークと共に、豪華な装飾が施されたゴンドラが、ゆっくりと降りてくるではないか。ゴンドラの中には、ロジックを始めとする『破壊神の信徒』のメンバーたちが、心配そうな顔でこちらを見下ろしている。
(バブル時代の結婚式かよ! ていうか、そのゴンドラは一体どこから持ってきてるんだ! ダンジョン攻略に必須アイテムなのか!?)
京介のツッコミも虚しく、ゴンドラは静かに着地し、中から信徒たちがワラワラと降りてきた。
ファンファーファンファーファーン!
その瞬間、ダンジョン全体にファンファーレが鳴り響く。京介の目の前に、祝福のウィンドウが表示された。
【ダンジョンボス:カゴモリキングを討伐しました!】
【クエストクリア:オカラウォール遺跡を破壊しました!】
【フロア破壊ボーナス経験値を獲得しました!】
【莫大な経験値を獲得しました!】
【キョウのレベルが 28 に上がった!】
「おお! 一気にレベルが8も上がったぞ!」
「さすがマスター!」
「あの落下も、フロア破壊ボーナスも、全て計算通りだったというのか……!」
信徒たちが、口々にキョウのレベルアップを祝福し、その偉業(?)を称える。
その中で、ただ一人冷静な(しかし、方向性は完全に間違っている)男、ロジックが、眼鏡をくいと押し上げながら、事の真相を解説し始めた。
「……ふむ。やはり、私の読み通りだったか。全ては、あの『壁殴り』から計算されていたのだ」
彼の声に、信徒たちが静まり返る。
「マスターは、最初の壁殴りの時点で、この『オカラウォール遺跡』の構造的脆弱性を完全に見抜いておられた。そして、チョットツ君という『一点突破』の力を持つ『触媒』が加わったことで、この常識外れの戦術を実行に移すことを決断されたのだろう」
ロジックは、確信に満ちた口調で続ける。
「通常の攻略ルートでは、我々の戦力ではカゴモリキングを倒すのは困難だったはずだ。しかし、マスターはあえてチョットツ君の純粋な信仰心を利用し、彼と共にダンジョンの床そのものを破壊。通常ではありえない『天井からのダイレクトアタック』というルートを創造し、ボス部屋に侵入すると同時に、最小限の戦闘でボスを無力化する……! なんと恐ろしく、そして美しい戦術だ!」
「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」
ロジックの完璧すぎる(勘違い)解説に、信徒たちは熱狂し、キョウへの信仰をさらに深めていく。その熱狂の輪の中で、チョットツは、先ほどの戦闘でボロボロになった盾を抱きしめながら、男泣きに泣いていた。
「キョウ様……! このチョットツ、あなたの偉大なる『神撃』の一部となれたのですね……! この盾、まさに神の槌となることができた……! うっ、ううっ……!」
(いや、だから、お前はただの重し……いや、今回は加害……いや、もう何も言うまい……)
京介は、感動に打ち震える巨大な脳筋ガーディアンを見ながら、新たな、そして非常に厄介な頭痛の種が増えたことを、はっきりと自覚していた。
今までは、ロジックという「知的バカ」が、キョウの奇行を都合よく解釈し、信徒たちを扇動するという、ある意味、一方通行の勘違い構造だった。
だが、そこに、チョットツという「真正バカ」が加わった。
ロジックのトンデモ理論を、何の疑いもなく100%信じ込み、それを実行に移してしまう可能性のある、超弩級の行動力の持ち主。
(ロジックの狂った理論 + チョットツの盲目的な実行力 = 制御不能の破滅方程式、完成だ……!)
天才軍師(?)と最強の盾(?)。
この二大バカが、今後どのような恐るべき化学反応を引き起こし、自分のログアウト計画を、そして自分の精神を、木っ端微塵に破壊し尽くしてくれるのか。
京介は、レベルが一気に8つも上がったというのに、全く喜べず、ただただ、未来への戦慄に打ち震えるしかなかったのだった。
そして、この直後、チョットツがその多大なる功績(という名の勘違い)を認められ、ギルド『破壊神の信徒』の『マスター護衛隊長』という、あまりにも危険な要職に任命されることになるのを、京介はまだ知る由もなかった。




