第42話 破滅の輪舞曲
「グルルルルルルル……」
けたたましい咆哮と共に、先師京介一行は、完全に包囲されていた。
円陣は崩壊。仲間(信徒)たちは後方で散り散りになり、頼みの綱だったタンク役のガンジョーもブレスに焼かれて戦闘不能。そして、目の前には数十体の高レベルモンスター【モメントキヌドラゴン】が、今まさに牙を剥かんとしている。
だというのに。
この男、チョットツは。
京介の(というよりキョウの)背中にピッタリと張り付き、誰一人としていない後方に向かって巨大な盾を構え、「マスターの背後は、このオレが命に代えても守り抜く!」と、一人だけ、全く違う次元の戦いを繰り広げていた。
(前だ! 敵は前! お前が守るべきは、僕の背中じゃなくて、僕の『前』なんだよ!)
京介の魂の叫びも虚しく、ガラ空きになった最前線で、狂戦士キョウは、ついにその本能のスイッチが完全に入った。
目の前に、敵がいる。
ならば、やることは一つ。
「ウガァァァァァァァァッ!!!!」
キョウが、腹の底からの雄叫びを上げると、単身、最も近くにいたモメントキヌドラゴンの群れに向かって、猛然と走り出した。
その、あまりにも無謀で、あまりにも脳筋な突撃。その隣には、いつの間にか、炎上する戦場からしれっと戻ってきていたポヌルが、完璧なタイミングで「翻訳」を叫んだ。
「『我に続け! 雑魚どもを蹴散らすぞ!』と、申しておりますニャ!」
「「「おおおおお! マスター!」」」
「承知しました! お供しますぜ!」
信徒たちが熱狂し、チョットツが目を輝かせて叫ぶ。
(言ってない! 絶対に言ってない! あれはただの威嚇の鳴き声だ!)
京介がツッコミを入れる間もなく、キョウはドラゴンの懐に飛び込み、その岩のような鱗に、渾身の拳を叩き込んだ。
ゴッ!
【20】
(おお、ダメージが通った! ……って、たったの20かよ! 雀の涙だ!)
レベル20になったとはいえ、STR《筋力》に全振りされたステータスをもってしても、高レベルダンジョンのモンスターの防御を貫くには、まだ程遠いらしい。
当然、殴られたドラゴンは、鬱陶しい虫けらを払うかのように、その巨大な尻尾を横薙ぎに振り抜いた。
(来るぞ! 回避だ!)
京介は、もはや熟練の域に達しつつある尻尾コントロールで、キョウ自身が避けるとは到底思えなかったため、古典的な「猫だまし」のように、外部からの刺激で無理やり行動をキャンセルさせようという、苦肉の策に出た。
狙うは、人体の急所。
京介は、アバターへのわずかな罪悪感を振り払い、キョウの股間を、尻尾の先端でペシッ!と軽く叩いた。
「ウガッ!?」
股間への予期せぬ一撃に、キョウの巨体が、まるで黒ひげの海賊のように真上に跳び上がる。
そして、そのコンマ数秒後。キョウが先ほどまで立っていた空間を、ドラゴンの巨大な尻尾が、轟音と共に通過していった。
(よし! 完璧な回避! ……だけど、なんて絵面だ……)
京介が、自らの超絶テクニック(という名のセクハラ攻撃)に、密かにガッツポーズを決めつつも、どこか遠い目をした、その瞬間。
回避した尻尾攻撃は、その勢いのまま、キョウの後ろに、律儀に着いてきていた男の胴体に、クリーンヒットした。
ドッゴオオオオオン!!!
「ぐわあああああああっ!!」
チョットツが、ありえない角度でくの字に折れ曲がり、後方の(おからの)壁まで派手に吹き飛ばされた。
しかし、彼は、壁に叩きつけられ、HPゲージを半分近く持っていかれながらも、よろよろと立ち上がると、血まみれの顔で、なぜか満面の笑みを浮かべていた。
「だが……いいッ!! これぞ戦場! マスターの背中を守る盾となれたなら、この身、いくら砕けても本望!!」
(正真正銘の変態がここにいたあああああああ!)
京介は、そのあまりにも純粋すぎる脳筋(というかドM)の姿に、戦慄を禁じ得なかった。
「ウガッ!」
着地したキョウは、再びドラゴンに殴りかかる。ドラゴンも、再び尻尾で反撃しようと構える。
(まずい! 尻尾vs尻尾の、不毛な戦いが始まるぞ!)
京介が、次の回避行動に移ろうとした、その時だった。
キョウが、ふと、自らの背後で不規則に蠢く「何か」に気づいた。
そう、京介が必死に回避の準備をさせていた、彼自身の「尻尾」である。
キョウの赤い瞳が、カッと見開かれた。
目の前のドラゴンなど、もはやどうでもいい。彼の本能は、今、自らの身体に寄生し、あまつさえ股間を攻撃してくる、この不埒な「尻尾」を、最大の敵と認識した。
「ウガアアアアア!」
キョウが、突如として方向転換。あろうことか、自らの尻尾を、拳で殴りつけようと襲いかかった。
(あぶなっ!)
京介は、必死に尻尾を操作し、キョウの拳から逃げ惑う。
ブンッ!
キョウの拳が、背後の尻尾を狙って空を切る。
ペシッ!
京介が、尻尾を操作して間一髪で回避する。
「ウガッ!」(キョウ、さらにキレる)
ゴッ!
キョウは、再び尻尾に殴りかかるが、京介がそれを回避。避けられた拳が、そのままオカラウォールの地面を強かに殴りつけた。
(こいつ……! 自分の尻尾を本気で殴りに行ってるぞ!)
ゴッ! ゴッ!
殴りかかる拳。避ける尻尾。そして、空振りして地面を穿つ拳。
その、あまりにも不毛な「自分vs自分」の戦いは、結果として、キョウが自らの尻尾を追いかけてクルクルと回っているかのような、滑稽な光景を生み出していた。
(まるで、自分の尻尾を追いかけ回す犬じゃないか……!)
この、あまりにも滑稽な一人相撲が、後にギルド『破壊神の信徒』の間で、『神の輪舞曲』として伝説的に語り継がれていくことになるのを、京介はまだ知る由もなかった。




