第40話 神の啓示
ギルド『破壊神の信徒』に、チョットツという名の、キョウと寸分違わぬ「脳筋」という名の爆弾が加わった。
先師京介の胃痛は、もはや慢性的なものから、いつ穿孔してもおかしくない末期的な段階へと移行していたが、彼の「最短ログアウト計画」は、そんなことにお構いなしで進めなければならない。
ポヌルを介した神託(という名の京介の指示)により、一行が次なるレベル上げの舞台として選んだのは、始まりの村からほど近い、鬱蒼とした森の奥にある遺跡だった。
その名も、【オカラウォール遺跡】。
「……オカラウォール」
ダンジョンの入り口に刻まれたその名前を見た瞬間、京介は、この先に待ち受けるであろう、運営の悪意(あるいは怠慢)に満ちた展開を予期し、早くも帰りたくなっていた。
(オカラウォール……。まさかとは思うけど、本当に壁がおからで出来てるのか……? 運営の予算削減か? それとも、ただの悪ふざけか? どっちにしろ、耐久性に期待できないことだけは確かだ……!)
「ふむ。オカラウォールとは、なかなかヘルシー志向だニャ。栄養価も高いし、壁材としてもエコだニャ。きっと、壁を殴れば大豆イソフラボンがドロップする仕様に違いないニャ。……まあ、どうせゴミアイテムだろうけどニャ」
「そんなわけあるか!」
ポヌルのボケに、京介が鋭くツッコミを入れる。
その背後では、信徒たちが「おお、ここが次なる試練の地か!」と意気込んでいた。そして、その先頭には、誰よりも目を輝かせている男、チョットツがいた。
「ここが、キョウ様と共に戦う、オレの初陣……! 腕が鳴るぜ!」
(頼むから、何も鳴らさないで、静かに盾を構えていてくれ……)
京介の切実な願いも虚しく、一行は、この世で最も脆そうな名前のダンジョンへと、足を踏み入れた。
◇
ダンジョン内部は、その名の通り、まるで豆腐の製造過程で出た「おから」を、無理やり固めて作ったかのような、白く、ポロポロと崩れやすい材質の壁で構成されていた。
「こりゃあ、戦闘で下手に範囲魔法を使ったら、ダンジョンごと崩落するんじゃないか……?」
京介が、構造上の欠陥に冷や汗をかいている、まさにその時だった。
先頭を歩いていた狂戦士キョウが、ピタリ、と足を止めた。
そして、おもむろに、目の前の「おからの壁」に向き直ると、
ゴッ!
何の前触れもなく、その壁を殴り始めた。
「またかあああああああああ!!」
京介の絶叫が、アバターの内部で木霊する。もはや見慣れた光景。ダンジョンだろうが、民家だろうが、この男のやることは、ただ一つ。「目の前に壊せそうなものがあれば、壊す」。
(もうやめてくれ! お前が壁殴ってる間にも、僕の貴重な受験勉強の時間が失われてるんだぞ!)
京介が、頭を抱えて絶望していると、その後方から、一人の男の、歓喜に満ちた声が響き渡った。
「おおおおおおおっ!!」
声の主は、もちろん、チョットツだ。
彼は、壁を殴り続けるキョウの姿を、まるで神の奇跡でも見るかのように、恍惚とした表情で見つめていた。
「見たかお前ら! キョウ様が拳で示してる! 『考えるな、この壁をぶち破れ!』ってことだ! オレに続けえええ!」
(違う! あれはただの癖! 何の意図もない、ただの破壊衝動だ!)
京介が必死に否定するが、その声は誰にも届かない。
チョットツは、キョウの脳筋行動を、自らの脳筋理論で完璧に(誤)解釈すると、手に持った巨大な盾を、高々と掲げた。
「マスターの御意志は、このオレが継ぐ! うおおおおおおおおおっ!」
「ちょ、待て! お前も殴る気か!?」
京介の制止も虚しく、チョットツは、その巨体を丸め、キョウが殴っている壁に向かって、猛然と突撃を開始した。
ゴッ! ゴッ! ゴッ!
ドガアアアアアアアン!
一人は、壁を無心で殴り続け、一人は、その壁に、盾ごとタックルを繰り返す。
あまりにもカオスで、あまりにも知性のカケラもない、二人の脳筋による共同作業。
その光景を見て、ポヌルが、心底うんざりしたように呟いた。
「……バカが、一人増えたニャ。しかも、タチの悪いことに、同じ種類のバカだニャ」
(本当にどうしてくれるんだ、これ……)
京介が、このダンジョンの未来を(物理的な意味で)本気で憂いていると、その背後で、ロジックが、その光景を真剣な眼差しで分析していた。
「……なるほど。マスターの『啓示』は、尻尾言語だけではなかったのか。マスターの『存在』そのものが神託であり、その『行動(破壊)』を見た者が、自らの役割を悟り、思考すら介さず『実行』する……! これこそが、神と使徒による『奇跡の顕現』! マスターとチョットツ君という、二つの特異点が引き起こした、必然の共鳴……!」
(違う! あれはただの脳筋の共鳴! 思考を介さないんじゃなくて、思考が存在してないだけだ!)
京介のツッコミも虚しく、二人の脳筋の、無慈悲なまでの同時攻撃によって、「オカラウォール遺跡」の壁は、その名の通り、おからのようにポロポロと崩れ始めた。
そして、ついに。
ドガアアアアアアアアン!!!
壁が、完全に崩落した。
◇
壁の向こう側には、巨大な空間が広がっていた。
砂埃が晴れると、その空間の奥に、無数の「何か」が横たわっているのが見えた。
「おお……! やはり、隠し部屋だったか!」
「宝物庫だ! マスターとチョットツ殿のお手柄だ!」
信徒たちが、色めき立ち、松明の光で、その空間の先を照らし出した。
そして、彼らは見た。
そこに転がっていたのは、宝箱などではなかった。
無数の、巨大な……それこそ、ティラノブースト級の、恐るべき高レベルモンスターたち。
彼らは、気持ちよさそうに、その場で「うたた寝」をしていたのだ。
壁が崩落した、けたたましい物音。
そして、信徒たちが放った、松明の光。
それらは、安眠を妨害されたモンスターたちを目覚めさせるには、十分すぎる刺激だった。
「……グルルルルルルル」
一斉に、何十もの巨大なモンスターが、その血走った目を開き、けたたましい咆哮を上げた。
その咆哮は、ダンジョン全体を揺るがし、彼らの獲物――京介たち一行が、完全に包囲されているという、絶望的な事実を突きつけていた。
(……だから、壁なんか殴るなって言ったんだ……)
京介は、もはやツッコむ気力もなく、目の前に広がる、自らが招いた(ことになっている)地獄絵図――数十体の高レベルモンスターによる、絶望的な包囲網――を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
次回、壮絶な(一方的な)戦いが、始まる。




