第36話 奇跡の跳弾
地獄のタップダンス会場と化したトラップ部屋を抜け、先師京介率いる(ということにされている)『破壊神の信徒』一行は、ダンジョンのさらに奥へと進んでいた。運営の雑な蛍光マーカーと、天井からの奇襲モンスター(全滅済み)の死骸が転がる通路は、もはや冒険の緊張感よりも、このゲームの未来に対する不安を掻き立てるものだった。
やがて一行は、ドーム状の開けた広間に出た。
どう見ても、ボス部屋だ。RPGの教科書があるならば、「ボスの間」の挿絵として掲載されていそうな、典型的なデザインである。
信徒たちが、緊張した面持ちで周囲を見回すが、ボスの気配はない。広間の奥に、巨大な鉄の扉が一つ、鎮座しているだけだった。
「……行き止まりか?」
タンク役のガンジョーが、巨大な盾を構えながら、慎重にその鉄の扉に近づく。そして、扉の表面をコンコン、と叩いた。
「硬いな……。開きそうにないぞ、これは」
ガンジョーがそう報告した、まさにその時だった。
広間全体が、ビリビリと震え始めた。そして、彼らが「鉄の扉」だと思っていたものの、遥か上空から、大地を揺るがすような重低音の声が響き渡った。
「ココカラサキヘ……イキタイナラバ……ワレヲ、タオシテユクガイイ」
京介が「うわっ」と顔を上げると、今まで鉄の扉だと思っていたものが、ゆっくりと動き始めた。いや、違う。あれは扉ではなかった。
それは、あまりにも巨大な、鉄の「脚」。
見上げれば、天井に届きそうなほどの巨躯を持つ、鋼鉄の巨人が、一行を見下ろしていた。
中ボス、【不動の鉄巨人】である。
◇
「オマエタチノヨウナ、チイサキモノデハ、ワレヲタオスノハフカノウダ」
鉄巨人は、まるで絶望を宣告するかのように、ゆっくりと言葉を続ける。
「ナゼナラバ……ワレノジャクテンハ、セナカニアル、コノ、アカイ、スイショウダケダカラナ。ココヲ、コウゲキスレバ、ワレハ、イチゲキデ、ホロビルゾ。ワカッタカ?」
あまりにも親切すぎる弱点解説に、広間が、一瞬、シン……と静まり返った。
そして、次の瞬間、京介の魂のツッコミが、脳内に炸裂した。
(なんで弱点をそんなに丁寧に、しかも念押しまでして自己申告するんだよおおおおお! 親切設計にも程があるだろ! いや、それ以前に、そもそもボスキャラが自分の弱点をペラペラ喋るな! しかも、よりによって『背中』!? どうやって攻撃しろって言うんだ、この図体で!)
京介のツッコミも虚しく、信徒たちは、そのあまりにも絶望的な情報に、打ちひしがれていた。
「弱点が……背中だけだと!?」
「こんな巨人の背中に、どうやって攻撃しろと……!」
「ダメだ! 詰んだ! 我々では、マスターのお力になれない……!」
信徒たちが絶望に膝を折ろうとした、その時。
我らが狂戦士キョウは、違った。彼は、絶望という単語を辞書から破り捨てた男。目の前に「敵」が出現した。ならば、やることは一つ。
「ウガァァァァァァァァッ!!」
渾身の雄叫びと共に、キョウは、不動の鉄巨人に向かって猛然と突進を開始した。
その無謀な姿に、隣を飛んでいたポヌルが、完璧な「翻訳」を当てる。
「『弱点が背中にしかないだと? ならば、正面から殴り続ければ、いずれ背中にも響こう! 俺なら倒せる!』……と、申しておりますニャ!」
その、あまりにも脳筋、いや、あまりにも英雄的な宣言に、信徒たちの瞳に、再び希望の光が宿った。
「マ、マスター……!」
「そうだ、我々が諦めてどうする!」
キョウは、鉄巨人の巨大すぎる足首(もはや、ただの鉄の壁にしか見えない)にたどり着くと、渾身のパンチを、嵐のように叩き込み始めた。
ポコッ! ポコッ! ポコポコポコポコ!
【0】
【0】
【0】
【0】
京介の視界に、無慈悲なゼロの数字が、滝のように流れ続ける。
(だから無茶だって! 絶対に勝てない! さっきレベル3になったばっかりだぞ! ダメージが1も通ってないじゃないか!)
京介がツッコミ疲れで眩暈を覚えたその時、彼の視界の端に、あるものが映った。
足元に転がっている、小さな「小石」。
(……何もしないよりは、マシか)
京介は、自らの唯一の武器である「尻尾」に、意識を集中させた。狙うは、遥か上方、巨人の背中にあるという水晶。
(いけっ! 僕の、必殺尻尾スナイピング!)
尻尾で小石を弾き飛ばす。しかし、その一撃は、狙いを大きく、大きく逸らし、京介の視界から見えない、広間の明後日の方向へと飛んでいってしまった。
(……やっぱり、ダメか)
京介が諦めかけた、その時。
小石が飛んでいった方向から、奇妙な音が響き渡ってきた。
「ぼよ~~~~~ん」
(……ぼよーん??)
京介が首を傾げる。その音は、小石が広間の壁に当たって跳ね返った音らしかった。
そして、その音は、止まらない。
壁に当たった小石は、あろうことか、近くの柱にぶつかった。
「ぱこ~~~~ん!」
柱にぶつかった勢いで、今度は床に叩きつけられる。
「ぽこ~~~~ん!」
なぜか、小石は、何かに当たるたびに、その勢いを増している。物理法則など、このクソゲーには存在しなかった。
「ズギューーーーーーン!」
跳ね返った小石は、あろうことか、キョウの背後で防御を固めていたガンジョーの盾にクリーンヒットした。
「ぽきゅーーーーーん!」
盾で弾かれた小石は、もはや光速を超えたかのような速度で天井に激突し、さらに加速する。
「ドギュウウウウウウウン!!」
そして、天井からプラズマを纏いながら跳ね返った小石は、なぜかダンジョンの片隅に、まるで「ここに当ててください」と言わんばかりに無造作に置かれていた、カエルの絵が描いてあるプラスチック製の風呂桶(ご丁寧にお湯が張ってあり、湯気が立っている)の側面に当たり、湯しぶきと共に最後の、そして完璧な軌道修正を行った。
(なんで風呂桶!? しかもお湯!? 誰が入るんだよおおおおお!!)
京介のツッコミが炸裂した、その直後。
ピンボールのように、ありとあらゆる障害物で加速と軌道修正を繰り返した奇跡の小石は、完璧な軌道を描き、不動の鉄巨人の背中、そのど真ん中に埋め込まれた水晶に、クリーンヒットした。
ガシャァァァァァァァァン!!!!
水晶が砕け散る、派手なエフェクト。
そして、それと全く同じタイミングで、キョウが足首に放っていた、ゼロを量産するパンチが、最後の一撃を叩き込んだ。
「ポコン」
【1】
たった「1」のダメージ表示。
しかし、それが、この長すぎた戦いの終わりを告げる合図だった。
鉄巨人は、「ソンナ……バカナ……」と断末魔の声を上げながら、ゆっくりと崩れ落ちていく。
それと同時に、京介は、(んなアホな……)とツッコむ声を上げることも出来ずに、膝からゆっくりと崩れ落ちた。(脳内で)
やがて巨人は光の粒子となって消えていった。
◇
静まり返る広間。
信徒たちは、目の前で起こった出来事が理解できず、呆然としていた。
彼らの目には、キョウが叩き込んだ無数の「0」と、最後の「1」が、あまりにも高速で表示された結果、一つの巨大な数字に見えていた。
「い……」
「いち……じゅう……ひゃく……」
「10億……!? マスターは、たった一撃で、10億ダメージを叩き出されたというのか!?」
「「「「「うおおおおおおおおおお! マスター! マスター! マスター!」」」」」
信徒たちの熱狂が、ダンジョンを揺るがす。
その背後で、ロジックだけは、熱狂の輪に加わらず、一人、羊皮紙を片手に、今しがたの小石の軌道を、ブツブツと呟きながら計算していた。
「……ありえない。あの壁の角度、柱の材質、ガンジョー君の盾の反発係数、そしてあのカエルの風呂桶の曲率……。その全てを計算した上で、あの一点に命中させるとは……」
彼の目には、京介の盛大な尻尾の失敗が、神による必中の弾道計算にしか見えていなかった。
「この軌道……! 偶然では断じてありえない! マスターは、このダンジョンの構造、材質、空気抵抗、重力加速度、盾の反発係数、風呂桶の曲率、その全てを瞬時に計算し、さらには、この世界の歪んだ物理法則すら完全に把握した上で、あの『因果律操作レベルの神撃』を放たれたのだ!」
ロジックは、新たな神話の誕生を確信し、その神々しいまでの計算式を、歴史に残すべく羊皮紙に刻み込むのだった。




