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【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】  作者: 空木 架
第4章 尻尾は友達

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第34話 神託のショートカット

 ダンジョンガーディアンとの激闘(という名の、バグと勘違いが織りなす奇跡のアンサンブル)を終え、先師京介せんし きょうすけ率いる(?)『破壊神の信徒』一行は、ついに『樹海ダンジョン』の内部へと足を踏み入れた。


 洞窟の中は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。壁一面にびっしりと苔がむし、ジメジメとした空気が肌にまとわりつく。


「うへぇ……。なんとも蒸し暑い場所だニャ。我輩の自慢の毛並みが湿ってしまうニャ」


 京介の隣を飛んでいたポヌルが、心底嫌そうに愚痴をこぼした。京介も同感だった。この湿度は、受験勉強中の夏の夜を思い出させて、どうにも気分が滅入る。


 信徒たちに神輿のように担がれ(物理的に)、一行は「苔むした回廊」を進んでいく。そして、ダンジョン突入から数分後、彼らは最初の難関に突き当たった。

 回廊の先が、三つの道に分岐していたのだ。左、中央、右。どれも同じように暗く、不気味な気配を漂わせている。


「古典的な三択の扉、か……」


 京介が、RPGのお約束にため息をついた、その時だった。



「マスター、皆様! あちらに石板が!」


 斥候役の信徒が、分岐路の中央に設置された石板を発見した。一行の視線が、そこに刻まれた古びた文字へと注がれる。


『此処より道は三つに分かたれる。

 一つは栄光へ、二つは無慈悲なる終焉へ。

 道を選ぶ者よ、ただ己の「知性」のみを信じよ。

 偉大なる先人、ソクラテスは言った。

 「汝自身を知れ」と。

 偉大なる賢者、デカルトは言った。

 「我思う、故に我あり」と。……』


 ……静寂が、場を支配した。

 京介は、その石板の文面を、一字一句、真剣に読み解いていた。


(ソクラテス……デカルト……。世界史の頻出単語だ。よし、ここまではいい)


 京介は、受験生としての知識が役立つかもしれないと、ほんの少しだけ期待した。


 文章はこう続いていた。


 『……そして、このダンジョンの創造主バイトは、こう書き残した。

 「右の道、なんかヤバい罠、仕掛けといた(ウソ)」と。』


 最後の行を読み終えた瞬間、彼の全身を、凄まじい脱力感が襲った。


(『右の道、なんかヤバい罠、仕掛けといた(ウソ)』!? しかも創造主バイト!? やっぱりバイトが作ったのかよ! 罠があるって言ったのが『ウソ』ってことは……つまり、右が正解ってことじゃないか! なんで、ソクラテスとデカルトの名言の後に、そんな小学生レベルの、答えをバラすようなヒントが来るんだよ!)


 京介が、そのあまりにも安直すぎる答えに愕然としていると、彼の背後で、天才軍師ロジックが、厳かに口を開いた。


「……なるほど。そういうことか」


 ロジックは、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、石板を睨みつけていた。


「『汝自身を知れ』……『我思う、故に我あり』……。これは、我々プレイヤー自身の『在り方』を問うているのだ。そして、最後の『右の道、なんかヤバい罠、仕掛けといた(ウソ)』。この『ウソ』という一言にこそ、深遠なる意味が隠されている!」


(え? そうなの!?)


 京介の困惑をよそに、ロジックの壮大な深読み(勘違い)は加速していく。


「『ウソ』とは何か? それは真実の否定。つまり、『罠がある』というのが真実であり、創造主バイトはあえてそれを『ウソ』と記すことで、我々の真実を見抜く『知性』を試しておられるのだ! ここで言う『我』とは我々信徒自身! 『右』とは『正しい道』の比喩! つまり、これは『汝らが信じ進む道こそが唯一無二の正解ルートとなるが、その道には必ず罠(常識という名の固定観念)が潜んでいることを忘れるな』という、ポストモダン的な哲学的問いかけなのだ!」


「おおおお……!」

「なんと深遠な……!」

「さすがはロジック様! そして、我々に『考える力』を試されるマスター・キョウ!」


 信徒たちが、感涙にむせび泣いている。


(違う! 絶対に違う! これはただのクソみたいなヒントだ! 答えは『右』! どう考えても『右』なんだってば!)


 京介は、信徒たちがロジックの誤った解釈に従い、右以外の道(つまり終焉)へと突撃しようとするのを、必死に止めようとした。


(ポヌル! 通訳だ! 『右に行け』と伝えるんだ!)


 京介は、このダンジョン攻略の成否が、受験までのタイムリミットに直結することを思い出し、必死に尻尾を動かした。


(右! こっちだ! 右なんだよ!)


 彼は、尻尾の先端で、右の道を、力強く指し示そうとした。

 しかし、彼の焦りが、まだ未熟な尻尾コントロールを狂わせた。

 おまけに、足元は、ダンジョンの名物である「苔」で、ヌルヌルと滑りやすくなっていた。


 尻尾を、右へと思い切り振った、その反動で。ただでさえ苔で滑りやすい床の上で、キョウの巨体は、まるでギャグ漫画のワンシーンのように、綺麗すぎるくらい見事にツルンッ、とバランスを崩した。


「ウガッ!?」


 そして、物理法則仕事しろと言わんばかりの慣性の法則に従い、コマのようにクルクルと回転しながら、分岐路の「左」の壁に向かって、背中から派手に激突した。


 ゴッシャアアアアアン!


(あああああああああ! なんで左に転ぶんだよおおおおお!)


 京介の絶望的な叫び。

 しかし、その時だった。キョウが激突した壁の一部が、ギギギ……と音を立てて陥没した。

 隠しスイッチだったのだ。


 直後、彼らの足元。三つの分岐路の手前、10メートルほど先の地面が、大きな音を立てて開き始めた。

 中から、下り階段が現れる。第四の道だ。

 そして、その階段の入り口には、手書き風の雑なフォントで、こう書かれた看板がぶら下がっていた。


【↓最短ルート(スタッフオンリー)↓】


(隠しルートなのに『最短ルート』って堂々と書いてある! しかもスタッフオンリーって何!? デバッグ用の通路を消し忘れただけじゃないか、これ!)


 京介がツッコミで眩暈を起こしていると、信徒たちは、目の前で起きた新たな奇跡に、ただただ打ち震えていた。


「ま、まさか……!」

「第四の道……!」

「そうか! マスターは、我々の常識を試されたのだ! 左、中央、右という三択に見せかけたこの問いの、真の答えは……『いずれでもない』! なんと、なんと深遠なお考えだ……!」


 信徒たちが、感涙にむせび泣く。

 京介は、もう何も言うまいと固く誓った。



 一行が、運営の優しさ(手抜き)あふれる「最短ルート」へと進む中、ロジックだけは、先ほどの分岐路に一人残り、壁を食い入るように見つめていた。

 彼が見つめていたのは、先ほどキョウがバランスを崩した際、壁に激突した尻尾が、偶然にも引っ掻いてしまった、一本の傷跡だった。


(……この軌跡。この角度。一見、ただの傷に見えるが……違う)


 ロジックは、羊皮紙を取り出すと、その傷跡を、必死に、そして正確に写し取り始めた。


(これは……! この壁に刻まれた、一見無意味に見える傷跡のパターン……! 古代文明の暗号か!? いや、違う! これは、マスターが尻尾で刻んだ、新たなる尻尾言語テイル・ラングエッジの奥義書! このダンジョンの真の攻略法、あるいは、この世界の『真理』そのものを示す、新たなる神託に違いない!)


 京介がただ転んだだけとは知らず、天才軍師の探究心は、またしても、あらぬ方向へと燃え盛るのであった。

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