第33話 奇跡の三位一体攻撃と驚異的な拳圧
『樹海ダンジョン』の入り口に立ちはだかる、巨大なダンジョンガーディアン【森の守り人(β版)】。それは、無骨な金属装甲に覆われ、関節からは怪しいオイルを漏らしている、二足歩行のロボットだった。その単眼カメラのような赤い瞳が、侵入者であるキョウたちを捉え、機械的な合成音声を発した。
「警告…シンニュウシャ…ハッケン…。モクヒョウ…ハイジョ…スルルルルルー…… ERROR: Code 404 Not Found…ピーガガガ」
明らかに何かが致命的にバグっている、不気味な宣戦布告。
先師京介は、ゴクリと喉を鳴らした。相手は、このダンジョンの門番。レベル1でどうにかなる相手ではない。だが、今は違う。彼には、自らの計画の駒となる(と勝手に期待している)信徒たちがついている!
(よし、皆! やってやれ!)
京介が心の中で檄を飛ばした、その時。彼は、異様な光景に気づいた。
誰も、動かないのだ。
タンク役のガンジョーを筆頭に、数百人の信徒たち全員が、武器を構えたままピタリと静止し、その視線を、ただ一点――キョウの尻尾――に、真剣な眼差しで集中させていた。
(……え? なんで誰も動かないんだ? まさか……僕が何かするのを待ってる? いやいや、そんなはずは……でも、この数百人分の期待のこもった視線は、明らかにキョウの尻尾に向けられている……!)
ダンジョンガーディアンは、ギギギ、と関節を鳴らしながら、こちらに向かって歩き始めた。
敵が、どんどん近づいてくる。
「指示……は……まだか……?」
「もっと……引きつけろ……ということか……?」
最前線の信徒たちが、小声でそんなことを呟いている。
敵は、ついに最前線に立つタンク役のガンジョーの目の前に到達した。しかし、当のガンジョーは、巨大な盾を構えながらも、その視線はキョウの尻尾に釘付けだ。
(まだ動かないのか!? いや、しかしマスターの聖鞭は振られていない! 動くな、俺!)
(なんで戦わないの!? 目の前に敵がいるだろ! タンク仕事しろ!)
京介の心の叫びも虚しく、信徒たちは「神の聖鞭」が振られるその瞬間を、固唾を飲んで待ち続けていた。
◇
ダンジョンガーディアンは、目の前で微動だにしないガンジョーを、まるで道端の石ころのように無視すると、その横をすり抜け、集団の中心に立つキョウの目の前へとやってきた。
どうやら、キョウを目標としたらしい。
「ウガァァァァァァァァッ!!」
目の前に敵が現れたことで、キョウの狂戦士としての本能がついに着火した。彼は、レベル1の貧弱なステータスも顧みず、雄叫びを上げてガーディアンに向かって突進していった。
その、あまりにも無謀な突撃を見た信徒たちの目が、一斉に輝いた。
「今か!」
「もしかして敵を陣形の中心まで引きずり込み、包囲殲滅する作戦だったのか!」
後方で見ていたロジックは、その光景に深く頷いていた。
(……なるほど。あのガーディアンは、『最初に行動を起こしたオブジェクトを最優先ターゲットとする』というβ版特有の単純なAIルーチンを持っていたのか。それを見抜いていたマスターは、あえて我々全員に『待機』を命じ、敵が陣形の中心に入ったこの瞬間に、ご自身を『最初の行動者=囮』とすることで、敵のヘイトを一身に集め、我々に安全な攻撃チャンスを与えてくださった……! なんという自己犠牲! なんという完璧な戦術眼だ!)
もちろん、キョウはただ本能で殴りかかっただけであり、信徒たちはただ尻尾の指示を待っていただけである。
キョウの渾身の拳が、ガーディアンの金属装甲に叩き込まれる。
【ミス!】
【ミス!】
(だよな!)
京介は、もはやお約束となった無慈悲な表示にツッコミを入れつつ、自らも戦闘に参加する。
(この図体! まずはバランスを崩す!)
京介は、渾身の意志を込め、尻尾を右から左へと思い切り振り抜き、ガーディアンの足首を強かに打った。
【ダメージ 1!】
その直後。
京介が、体勢を立て直すために、尻尾を左から右へと戻した、その動き。
それが、偶然にも、信徒たちが暗記していた『暫定版・尻尾語(聖鞭)解読ルールブック』の一つと、完璧に一致してしまった。
――尻尾が、強く右に三回しなったら、『全軍突撃』の合図。
(※実際は、足を払った反動で尻尾がブルンブルンと三回ほど不規則に揺れただけである)
「き、来た! 『全軍突撃』のタクトだ!」
「続けえええええええ!」
「マスターの神業に遅れるな! イナズマァァァァァン!」
魔法使いの一人が叫ぶと同時に、彼の杖から放たれた稲妻がガーディアンを直撃した。それを皮切りに、信徒たちが一斉に攻撃を開始する。魔法が炸裂し、剣が閃き、ガーディアンの巨体が大きく揺らぐ。
信徒たちがガーディアンに殺到する中、キョウは自然と少し後方の位置に下がっていた。
その時、ガーディアンが反撃を開始した。その右腕が、ロケットのように射出されたのだ。
「ロケットパンチだ!」
射出された鉄の拳が、一直線に一直線に少し離れた位置にいるキョウめがけて飛んでくる!
キョウは、あろうことか、迫り来る鉄の拳を、自らの拳で迎え撃とうとしていた。
(馬鹿か!? また死ぬぞ! レベル1なんだぞ、こっちは! 無茶するな!)
京介が絶望した、まさにその時。
パンチが激突する、寸前。
キョウに向かっていたはずのロケットパンチは、まるで発射直後に目標を見失ったかのようにフラフラと迷走し、最終的にはあらぬ方向(空高く)へと急上昇、そのまま自爆した。
「……目標座標の指定ミスか、あるいは単純なオーバーフローかニャ。さすがはβ版、期待を裏切らない致命的なバグだニャ」
ポヌルが、どこか楽しそうに、冷静にバグの原因を分析した。
しかし、その光景は、信徒たちの目には全く違う奇跡として映っていた。
「す、すげええええ!」
「マスターが……! 拳圧! 拳圧だけで、あのロケットパンチの軌道を逸らし、自爆させただと!」
「神の拳……いや、もはや覇気だ……!」
信徒たちは、神の奇跡に勇気百倍となり、一斉にガーディアン本体へと雪崩れ込んだ。
そして、数分後。
物量に押し切られたガーディアンは、断末魔のノイズを残し、大爆発を起こした。
◇
【EXP:5000を獲得しました】
【キョウのレベルが 3 に上がった!】
【ステータスポイントを割り振ってください】
【STRに全ポイントを割り振りました】
(少しだけでいいからINTに割り振ってくれないかな……)
お約束の全振りを確認し、京介は遠い目をした。
その周囲では、信徒たちが、レベル1で中ボスを撃破した(ことになっている)教祖を、熱狂的に称えていた。
「マスター! あなた様の指揮、見事でした!」
「尻尾の一振りで、我々の力を何倍にも引き出してくださった!」
(僕はただ、足を払っただけなんだけど……)
京介の困惑をよそに、勘違いの伝説は、またしても、より強固なものとなってしまったのだった。




