第32話 尻尾語、再び解読(?)される
狂戦士キョウを神輿のように担ぎ上げ、ギルド『破壊神の信徒』一行は、意気揚々と『樹海のダンジョン』へと向かっていた。その道中、彼らの熱狂は、ギルドチャットや公式フォーラムを通じて、さらに加速・伝播していた。
発信源は、もちろん、あの天才軍師ロジックが投稿した、長文の考察レポートである。
件名:【緊急考察 尻尾言語の第二形態:戦術指揮システム『神の聖鞭』について】
『……戦闘開始と共に、マスターの尻尾の動きは、微細な暗号伝達から、流麗かつ力強い「指揮」へと移行した。これは、単なる威嚇や攻撃ではない。敵の行動を予測し、我々信徒を鼓舞し、戦場そのものを支配するための、まさに『神の聖鞭』と呼ぶべきものである。我々信徒は、この聖鞭が示す一瞬の軌跡から真意を読み取り、神の御意志を地上で実現する、思考する『駒』とならねばならないのだ!』
この、あまりにも熱のこもったレポートは、信徒たちの心を再び鷲掴みにした。
◇
ギルドチャットは、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。
「読んだか、ロジック様の最新考察!」
「ああ! つまり、俺たちはマスターの尻尾の動きを見て、どう動くべきかを『考えろ』ってことなんだな!」
「しかし、あの複雑な動きをどう解読すれば……」
「ロジック様が、基本的なパターンをいくつか解析してくださったぞ!」
彼らのチャットウィンドウには、ロジックによって作成された『暫定版・尻尾語(聖鞭)解読ルールブック』が共有されていた。
一.尻尾が、強く右に三回しなったら、『全軍突撃』の合図。
二.尻尾が、上から下へ大きく振られた後、静止したら、『集合及び待機』。
三.尻尾が、大きく右回りに回転したら、『全方位へ散開、敵を撹乱せよ』。
四.尻尾が、計算不能なほど小刻みに震えている時。それは、マスターが我々の理解を超えた超々高次元の思考を行っている証拠であり、『行動予測不能な、規格外の脅威の接近』を意味する。最大級の警戒と共に、マスターの次なる一手を待て。
もちろん、その全ては、先師京介が虚空に綴っていた受験用英単語や数学の公式を、ロジックが必死に解読(誤読)した結果のデタラメである。
「なるほど! これさえ覚えれば、俺たちもマスターの手足となれるんだな!」
「よし、全員暗記だ! 次の戦闘で、マスターの期待に応えるぞ!」
信徒たちは、京介の尻尾のリハビリ(兼・受験勉強)を、本物の軍事教練さながらの真剣さで学び始めたのだった。
そんなことになっているとは露知らず、京介は、信徒たちに担がれるキョウのアバターの中で、次の練習課題に取り組んでいた。
(よし、次は物理だ。運動方程式、F=ma……。Fが力、mが質量、aが加速度……うん、完璧だ。尻尾でアルファベットと数式を書くのも、随分と上達してきたぞ)
彼は、己の尻尾の操作精度が日に日に向上していることに、確かな手応えを感じていた。
ふと、彼は周囲の信徒たちの視線に、微かな違和感を覚えた。
(……なんだ? さっきから、信徒たちの視線が、やけに僕のお尻に集中している気がする……。いや、いつも熱い視線は感じていたけど、今日は何というか……僕の尻尾の動きを一挙手一投足、分析しようとしているような……?)
まるで、難解な講義に必死で食らいつく学生のような、真剣すぎる眼差し。それが、数百人分、一斉にこちら(の尻尾)に向けられている。
(気のせいか……)
京介が首を傾げていると、隣を飛んでいたポヌルが、その全てを察したように、肩を震わせ、必死に笑いをこらえていた。
もちろん、尻尾の練習に夢中な京介が、その笑みに気づくはずもなかった。
何も知らないのは、この世界の「神」であり「教祖」である、京介ただ一人であった。
◇
やがて、一行は鬱蒼とした森の奥深く、巨大な洞窟の入り口――『樹海ダンジョン』のゲート前にたどり着いた。
その入り口を守るかのように、一体の巨大なモンスターが、一行の前に立ちはだかった。
それは、無骨な金属装甲に覆われ、関節からは怪しいオイルを漏らしている、二足歩行のロボットだった。森の風景とは絶望的なまでにミスマッチなその機体には、明らかに後付けされたような角や、とってつけたような緑色の迷彩塗装(?)が施されている。そして、その金属製の額には、まるで子供の落書きのように、油性マジックか何かで雑に『ゴーレム』と手書きされていた。極めつけに、その頭上に表示された名前は、その存在の矛盾をさらに加速させるものだった。
【森の守り人(β版)】
(ロボット!? なんで森のダンジョンにロボットがいるんだよ! しかもベータ版!? その上、額にゴーレムって書いてある!? 情報量が多すぎる! どっからツッコめばいいんだよ、このポンコツは!)
京介の、あまりにも真っ当なツコミが、脳内に木霊した。
「ダンジョンガーディアン出現!」
「敵は一体! ……ロボット? 額にゴーレム……? しかもベータ版?」
信徒たちも、さすがにその異様な情報量に脳の処理が追いつかない様子だ。しかし、すぐに彼らは信仰心で全ての矛盾を統合した。
「な、なるほど! これぞマスターからの試練!」
「ロボットであり、ゴーレムでもある……! 存在の二元性! 深い!」
「β版……つまり、完成されていないが故の、無限の可能性を秘めた存在! 油断は禁物だ!」
彼らは、まるで訓練された軍隊のように、即座に行動を開始した。
「陣形を組め! タンク役はマスターの前に!」
「後衛は距離を取れ! ヒーラーは詠唱準備!」
「全神経を、マスターの『聖鞭』に集中させろ!」
次の瞬間。
ダンジョンガーディアンを取り囲んだ数百人の信徒たちの視線が、一斉に、ただ一点に注がれた。
狂戦士キョウの、お尻から生えた一本の尻尾に。
彼らは、固唾を飲んで待っていた。
自分たちの神が、この戦いを勝利に導く、最初の一振りを、今か今かと待ちわびていたのだ。
(……なんだ、この異様なプレッシャーは!? まるで、センター試験の開始直前、試験官が問題用紙を配り終えた、あの静寂と緊張感……!)
京介は、背中に突き刺さる、数百人分の重すぎる期待の意味を全く理解できず、ただただ混乱するばかりであった。




