第31話 京介の新作戦と、ロジックの新解釈
ターゲットフェイスとの死闘(?)を終えた先師京介のアバター、キョウ。その周囲は、いつものように「破壊神の信徒」たちの熱狂的な歓声に包まれていた。
「見たか!レベル1に戻られても、マスターの強さは何一つ変わらない!」
「デコピンだけで、あのモンスターを……! レベルとは、彼にとって何の枷にもならんのだ!」
その狂騒の中心で、京介は、隣を飛ぶ唯一の理解者、ポヌルに向かって、心の中で静かに、しかし強く語りかけた。
(ポヌル。……相談がある)
「ニャ?」
ポヌルが、京介の真剣な雰囲気を察し、怪訝な顔でこちらを見る。
(僕は、このゲームをクリアする。それも、最短でだ。大学受験に間に合わせるために、何としても現実に帰る。そのためには、レベルを効率的に上げ、この世界のラスボスを倒す必要がある)
京介は、自らの決意をポヌルに伝えた。
(そこで、お前に協力してほしいんだ。この熱狂的な信徒たちを利用して、僕とキョウを、僕が望むルートへと誘導する。僕がこの尻尾を動かすから、ポヌルは、それを『神託』として翻訳するフリをして、彼らにメッセージを伝えてほしい)
京介の、あまりにも大胆で、他人任せな作戦。少しだけ良心が痛んだが、すぐに首を振る。現実に帰るためなら、利用できるものは、何だって利用してやる。暴走する狂戦士も、熱狂する信徒たちも、そして、この唯一の理解者(という名の胡散臭い妖精猫)も!
ポヌルは、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「……なるほどニャ。それは面白い。実に面白い計画だニャ! 我輩も、正直、毎日毎日お主の絶望顔を眺めるのにも飽きてきたところニャ。よし、乗った! この不毛なループを終わらせるためにも、そのふざけた計画に、我輩も一枚噛んでやるニャ!」
(助かる!)
京介の心に、確かな手応えが生まれた。
彼は早速、練習中の尻尾を、意味ありげにピクピクと振ってみせた。
ポヌルは、待ってましたとばかりに、周囲の信徒たちに向かって大声で叫んだ。
「刮目せよ、我が信徒たちよ! 今、沈黙を守られていたマスター・キョウより、新たなる神託が下されたニャ! この神聖なる尻尾の軌跡が示すは……『時は満ちた。近くのダンジョンにて、汝らの力を我に示すが良い』との、試練のメッセージだニャ!」
その一言は、信徒たちの熱狂を、臨界点へと押し上げた。
「「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」」
「マスターが! 我々と共に戦ってくださると!?」
「近くのダンジョンといえば……あの山の麓にある、『樹海ダンジョン』ですね!」
「よし! マスターをお連れするのだ! 全ギルドメンバーに伝えろ! 神の御前試合が始まると!」
信徒たちは、狂喜乱舞しながらキョウの周囲を固め、神輿を担ぐかのように彼を誘導し始めた。キョウ自身は、どこへ連れて行かれるのか分からず、「ウガ?」と首を傾げているが、人の波に逆らう術はない。
(よし……! 上手くいったぞ!)
こうして、京介の壮大(で他人任せ)なゲームクリア計画の、第一歩が踏み出されたのだった。
◇
『樹海ダンジョン』へと向かう、大草原。
神輿を担ぐ信徒たちの、大名行列。
その中で、京介は、この貴重な移動時間を無駄にはしなかった。
(この時間を有効活用して、尻尾の精度を上げる特訓だ)
彼は、周囲の信徒たちにバレないよう、尻尾の先端だけを、背後でちょこちょこと動かし始めた。
まずは、指慣らしならぬ、尻尾慣らし。彼が今、最も必要としている知識。そう、受験勉強である。
(サイン、コサイン、タンジェント……。加法定理は、サイン(α+β)=……)
京介は、尻尾の先端で、虚空に数学の公式を書き始めた。
その、あまりにも地道でシュールな努力の光景を、しかし、この世で最もバレてはいけないあの男が、目撃していた。
天才軍師、ロジックである。
彼は、隊列の後方から、師であるキョウの背中を、尊敬の眼差しで見つめていた。
(……ん? マスターの尻尾が、微かに動いている。一見、不規則に見えるあの動き……。まさか、この大隊列の進軍速度や陣形を、リアルタイムで指揮しておられるというのか……!?)
ロジックが、師の深遠な指揮能力に戦慄していた、まさにその時。
隊列の前方で、斥候役の信徒が叫んだ。
「敵襲! フォレストウルフの群れだ!」
信徒たちが、一斉に臨戦態勢に入る。
その戦闘の喧騒の中、京介はニヤリと笑った。
(よし、戦闘が始まったな! これだけ騒がしければ、多少大きく動かしてもバレないだろう!)
彼は、地味な数学の公式の練習から、よりダイナミックな動きを要求される、英単語の筆記練習へと切り替えた。
(まずは、この状況にふさわしい言葉……『Revolution(革命)』だ! R・E・V・O・L・U・T・I・O・N……よし、完璧!)
京介は、尻尾を大きく、そしてまるでサインを書く貴族のように流麗に振り回し、空中にアルファベットを綴り始めた。
その、今までとは明らかにパターンが変わった尻尾の動きを、ロジックが見逃すはずもなかった。
「戦闘開始と共に、尻尾言語のフェーズが変わった! なんと……! なんと力強く、流麗で、そして一切の無駄がない動きだ! あれは……! 敵の行動パターンをリアルタイムで解析し、その最適解を、我々信徒一人一人の潜在能力に合わせて指示する、超高次元の戦術指揮システム! そうだ、あれこそが、マスターの『神の聖鞭』だ!」
◇
戦闘は、レベル1のキョウが何もしなくても、熱狂的な信徒たちの物量によって、あっという間に終わった。
京介は、「よし、『Constitution(憲法)』も書けるようになったぞ」と、自らの尻尾の成長に満足げに頷いていた。
その背後で、ロジックは、新たな真理を発見した興奮に打ち震えながら、その場でアイテムボックスから羊皮紙を取り出し、掲示板への長文考察を書き殴り始めていた。
【緊急考察:尻尾言語の第二形態、戦術指揮システム『神の聖鞭』について】
(マスター……! あなたは、尻尾一つで、これほどの軍勢を、まるで自らの手足のように指揮し、勝利へと導かれるというのか! その深謀遠慮、もはや人知を超えている! このロジック、生涯をかけて、あなたの教えを解き明かしてみせますぞ!)
京介は、自分の受験勉強のためのリハビリが、またしても新たなカルト教義を生み出し、狂信的な弟子(自称)の信仰心をさらに燃え上がらせてしまったことなど知る由もなく、信徒たちに担がれながら、意気揚々と最初のダンジョンへと向かうのだった。




