第24話 尻尾の動きを解読してみた
VRMMO「ミステイク・ダストボックス・オンライン」の公式フォーラム。その中でも、一際異様な熱気を放つギルド『破壊神の信徒』専用スレッドに、ある日、一本の衝撃的な書き込みが投下された。それは、この世界の歴史を、そして先師京介の運命を、再び大きく歪めることになる狼煙であった。
【件名:【緊急速報】破壊神キョウの尻尾言語、一部解読に成功か!?】
1:天才軍師ロジック
同志諸君、刮目せよ。
私は、マスター・キョウが、あの尻尾の動きで我々にメッセージを送っているという重大な事実を突き止めた。私はこの新たなる神託――尻尾言語の解読に、昼夜を問わず取り組んできた。そして今、ついにその一部を、論理的に解読することに成功したことを、ここに報告する。
2:名無しの剣士
≫1 うおおおおおお! ロジックさん! マジか!
3:ワッキヤック
なんと! あの超複雑な動きが言語になっていたというのか! さすがは我らが軍師殿!
4:心優しきヒーラー
しかし、そもそもなぜマスターは、我々と直接言葉を交わさず、尻尾言語などという回りくどい方法でメッセージを……?
5:天才軍師ロジック
≫4 良い質問だ、同志よ。それこそが、マスターの教えの神髄なのだ。マスターは、我々信徒に、ただ答えを与えられるのを待つのではなく、自らの頭で『考え、行動すること』の重要性を示すために、あえてこの尻尾言語という名の試練を創造されたのだ。我々を、真の意味で成長させるために……!
6:始まりの村民A
な、なるほど……! お考えが深い……! 俺たち、ただ待ってるだけじゃダメだったんだな!
7:名無しの魔法使い
で、では、マスターは何と仰っていたのですか!?
8:天才軍師ロジック
うむ。解読はまだ一部だが、特に頻出した『尻尾を右に二回振り、左に一回転させる』という一連の動き。これは、古代ルーン文字における『集合』を意味する記号の軌跡と完全に一致した。ここから導き出される結論は、論理的に考えて一つしかない。マスターは、こう仰っている。『我が元に集え。そして、共に戦おう』と。
9:名無しの斥候
……!
10:ワッキヤック
共に……戦おう……だと……!?
11:名無しの剣士
マスターが……! あの孤高を貫いてこられたマスターが、ついに我々を仲間と認め、共闘を呼びかけてくださっているというのか!
12:心優しきヒーラー
ああ……! 我々の信仰が、ついに天に届き、マスターは沈黙を破られたのだ……! この日のために、私はけがれなき聖水を溜め込んできた!
13:猪突猛進の戦士
マスター! 一生ついていきます! この命、あなたに捧げますぞおおおおおおお!!
ロジックの投下した、あまりにも壮大で、そしてあまりにも的外れなデタラメの解読結果は、信徒たちの熱狂という名の火薬庫に、見事なまでに火をつけた。スレッドは、マスターへの忠誠を誓う絶叫と、感動の涙で、完全にサーバーダウン寸前の様相を呈していた。
◇
その頃、狂戦士キョウは、岩肌に生息する一体の奇妙なモンスターと激しい戦闘を繰り広げていた。
【ヒゲモドキトカゲヒゲ】
特徴:トカゲに似たヒゲを持つヒゲ
(ヒゲモドキトカゲヒゲ……? 『トカゲに似た』は『ヒゲ』の修飾語で、それがさらに最後の『ヒゲ』を修飾する……? 待て、意味が分からない! というか、結局ただの『ヒゲ』じゃないか! トカゲの要素はどこに行ったんだよ!)
京介のツッコミ通り、そのモンスターは、巨大な口髭に、申し訳程度のトカゲの手足が生えただけの、シュール極まりない姿をしていた。
モンスターは、その自慢のヒゲを、まるで鞭のようにしならせて攻撃してくる。しかし、キョウはそれをいとも容易く掴むと、ブチブチと無慈悲に引き抜き始めた。
(ああ、もう……)
戦闘の傍ら、京介は練習の成果を試すべく、尻尾の先端を器用に動かし、地面に文字を書き始めた。本日の習字練習のテーマは、もちろん――
――ヒゲ
「フフッ……」
少し離れた場所でそのシュールな光景を眺めていたポヌルが、静かに口元を綻ばせた。彼は、掲示板の熱狂を察知しているのか、あるいは目の前の「戦闘そっちのけで習字の練習をする男」の姿に堪えられないのか。京介は、そんなポヌルの様子には全く気づいていない。
やがて、ヒゲを全てむしり取られたモンスターが、涙目で後ずさる。キョウは、とどめを刺すべく、大きく拳を振り上げた。
「ウガァァァァァァァァッ!!」
その雄叫びを合図に、ポヌルが、遠くにいるであろう誰かに聞かせるように、大声で「翻訳」した。
「『見よ、我が大地に記した神託の文字を! 我がメッセージに気づいた信徒たちよ、今こそ、この地に集え!』……と、言っているニャ!」
ズドン! という轟音と共に、キョウの最後の一撃がモンスターに叩き込まれ、光の粒子となって消えていった。
その直後、遠くの物陰から、割れんばかりの歓声が上がった。
(お、すごい応援だな。まあ、今の戦闘は一方的だったしな)
京介は、その歓声がモンスターを倒したことに対するものだと、何の疑いもなく信じていた。
【キョウのレベルが 5 に上がった!】
【ステータスポイントを割り振ってください】
京介の脳裏に、ほんの一瞬だけ、「今度こそSPDに……」という希望がよぎる。しかし、そのウィンドウは表示されたコンマ1秒後には消滅していた。
【STRに全ポイントを割り振りました】
(……うん。知ってた。もう何も言うまい)
京介は、もはやツッコむことすら諦めた。
彼は、この後すぐに、「マスター! 我らと共に戦いを!」と涙ながらに叫ぶ狂信者たちに囲まれ、有無を言わさず、このエリアの強力な中ボス討伐戦へと、まるで祭りの神輿のように担ぎ出されることになる運命を、まだ、知る由もなかった。




