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【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】  作者: 空木 架
第1幕 京介の絶望と周囲の勘違い

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第2話 そうだ、魔王城へ行こう(レベル1で)

 待て、待て、待て、待てーーーっ!!


 先師京介せんし きょうすけの脳内で、大学入試の警告アラートと、避難訓練のサイレンと、スクールカウンセラーの「落ち着いて、まずは深呼吸よ」という幻聴が同時に鳴り響いていた。彼のアバターであるキョウが猛然とダッシュしている先、その地平線の彼方にうっすらと見える、あの禍々しいシルエット。どう見ても最終ダンジョンである。


「そっちは魔王城だ! レベル1で行く場所じゃない! 普通はスライムとかゴブリンとかを乱獲して、地道にレベル上げをするのがお約束だろ!」


 もちろん、京介の常識的な意見がこの肉体に届くはずもない。キョウは村の出口に設置された、見るからに初心者向けの「安全な狩場はこちら→」という看板をへし折り、逆方向へと突き進んでいく。京介のVRMMOライフは、開始早々からハードモードどころか、発売初日にクソゲー認定されるタイプの「詰みモード」に突入していた。

 おばあさんから半ば強奪する形でもらった猫のぬいぐるみが、キョウの巨大な手に無造作に掴まれている。


(脳筋ゴリラとファンシーなぬいぐるみの組み合わせ、絵面が地獄すぎる……)


 そのあまりにシュールな光景に、京介の精神力ゲージはゴリゴリと削られていた。

 その時だった。キョウの手に握られたぬいぐるみが、淡い光を放ち始めたのだ。


(え、なに? ファンタジーのお約束イベント? こういうのは大抵、重要なキーアイテムだったり、あるいは可愛いマスコットキャラになったりするやつじゃ……)


 京介の予想通り、光はみるみるうちに形を成していく。ぬいぐるみの綿が抜け、代わりに滑らかな毛並みが生え、ぴんと伸びた耳と、くるりと巻いた尻尾が現れる。

 光が収まった時、そこにいたのは一匹の猫だった。ピンと立った二本の耳、宝石のような翠色の瞳、そして何より特徴的なのは、その背中に生えた小さな妖精の羽。いわゆる、ケットシーというやつだろう。

 おお、これは頼もしい相棒の登場か!? この理不尽な状況を打開してくれるガイド役かもしれない!

 京介が希望に胸を膨らませたのも束の間、ケットシーは京介の(というよりキョウの)顔を見上げ、威厳たっぷりに口を開いた。しかし、その口から発せられるべき第一声は、無慈悲な物理法則によって無惨な断末魔へと変換された。


「ぐえっ……! わ、わ、我輩は……お、お主のサポ、ポ、ポ、ポ、ポ……!」


 そう、キョウは走っているのだ。一切の歩みを止めることなく、猛然と走り続けている。そして、ぬいぐるみからケットシーに変わった後も、その手はがっちりと相手の……尻尾を掴んだままだった。

 結果、ケットシーは尻尾を掴まれたまま逆さ吊りの状態で、キョウの爆走に合わせてガックンガックンと振り回されていた。その姿は、もはや偉大なる妖精猫ではなく、使い古された雑巾か、あるいは埃を叩くためのはたきにしか見えなかった。


(ダメだ、何を言っているか全然聞き取れない! というか、こいつの視点と連動している僕の三半規管がダイレクトアタックを受けてる! サポートを受ける前に、乗り物酔いで僕の精神が強制ログアウトする!)


 京介は内心で絶叫した。

 振り回されながらも、ケットシーはプロとしての意地があるのか、必死に自己紹介を続けようとする。


「こ、この無礼者め! 人が、は、話している時は……と、止まるのが礼儀というものニャ……がっ!」


 語尾に「ニャ」がついたことで、彼のアイデンティティは辛うじて保たれたようだ。だが、その抗議も虚しく、キョウは一切聞く耳を持たない。それどころか、目の前にぬるりと現れた一体のモンスターに、ようやく足を止めた。

 緑色で、ぷるぷるしていて、つぶらな瞳を持つ、RPGの序盤における経験値の代名詞。スライムだ。

 スライムの出現に、キョウは邪魔だとでも言いたげに、掴んでいたケットシーの尻尾をポイと手放した。

 地面に叩きつけられたケットシーは、数秒間ピクピクと痙攣していたが、やがてむくりと起き上がると、プロ根性で毛並みを整え、咳払いをした。


「……ゴホン! 改めて自己紹介させてもらうニャ。我輩はポヌル。この世界のことわりを伝え、お主を正しく導くために遣わされた、偉大なる妖精猫であ……」


 ポヌルの自己紹介は、突如として轟いた破壊音によって遮られた。

 京介らの狂戦士キョウは、ポヌルが体勢を立て直しているわずかな時間で、スライムに正拳突きを叩き込んでいたのだ。レベル1とは思えない、岩をも砕かんばかりの一撃。

 哀れスライムは、最期の断末魔に「ぷるぅ…」と切ない声を漏らす間もなく、ポリゴン片となって霧散した。あまりにも一方的な、暴力という名のコミュニケーション(物理)であった。


【キョウは スライムを やっつけた!】

【10EXPを かくとく!】

【2ゴールドを てにいれた!】


 脳内に響く無機質なシステムメッセージに、京介はもはや何の感情も抱かなかった。

 自己紹介の最高の見せ場を台無しにされたポヌルは、口を半開きにしたまま呆然と立ち尽くしている。その背中からは、言いようのない哀愁が漂っていた。


(ああ……ポヌル……。君の気持ちはよくわかる。僕もこいつにはずっと話を聞いてもらえてないから……)


 京介が心の中でそっと同情の念を送った、その瞬間だった。

 用済みとばかりにスライムを葬ったキョウが、おもむろに振り返る。そして、何事もなかったかのようにポヌルの背後に回り込むと、そのふさふさとした尻尾を、再び「むんず」と鷲掴みにした。


「ニャッ!?」


 ポヌルが驚きの声を上げる。デジャヴ。あまりにも鮮やかな既視感。


(やめろ! その流れはさっき見た! 学習しろ、僕のアバター! というか僕の脳と直結してるなら僕の記憶を少しは参照してくれ!)


 京介の制止も虚しく、キョウは再び魔王城の方角へ向かって、猛然とダッシュを開始した。


「ニャーーーーーーーーーーッ!!」


 今度こそ、ただの悲鳴だった。ポヌルの威厳もへったくれもない絶叫が、平原に虚しく響き渡る。

 眼前に広がるのは、レベル1には到底不釣り合いな、凶悪なモンスターたちが闊歩する危険地帯。そして遥か彼方には、絶望の象徴たる魔王城。


 だからそっちは魔王城だって言ってるだろ! あとサポートキャラは荷物じゃない! ちゃんと話を聞いてやれ、この脳筋コミュニケーション不全ゴリラァァァァ!

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