幕間 京介の言い訳
パリーン!!
けたたましい陶器の破壊音が、先師京介の浅い眠りを打ち破った。
(……ん……うるさい……)
重い頭を覚醒させると、VRヘッドセット越しの視界には、見慣れたファンタジー世界の民家の天井が映し出されていた。そして、彼の聴覚には、連続して響き渡る破壊音が、現実の音を遮断して流れ込んでくる。
パリーン! ガシャーン!
(……朝か? 時間は分からないけど……キョウが壺を割る音で起こされるなんて、最悪の目覚めだ……)
京介は、重い現実を思い出した。昨夜、彼は疲労困憊の末、ヘッドセットを着けたまま眠りに落ちた。そして今、目覚めた。ログアウト不可の状況は、何一つ変わっていない。
(……今日は、全国模試だったはずだ)
大学受験を控えた彼にとって、重要な全国模試の日。しかし、このヘッドセットが頭から外れない限り、会場へ行くことなど、到底不可能だ。
視界の中では、キョウが今日も元気に、民家の壺を片っ端から粉砕していた。
◇
(……明日は、学校だ)
模試は諦めるしかない。だが、学校まで無断欠席するわけにはいかない。どうにかして、休む連絡を入れなければ。
問題は、その理由だ。なんと言って休むか。
(まず王道は、体調不良……。いや、ダメだ。リスクが高すぎる。僕の完璧な皆勤記録を考えれば、教師は間違いなく心配して電話をかけてくる。最悪、『お見舞いに行く』とか言い出すクラスの陽キャがいるかもしれない。この姿でどう対応しろと? 長期化すれば診断書も必要だ。却下だ)
(じゃあ、何か特殊な事情……。例えば、『遠方の祖父が開発した最新医療機器の臨床試験に参加中、予期せぬ副作用が出たため、経過観察が必要』……とか?)
我ながら苦しい言い訳だ。それに、この手探り状態でスマートフォンのメールアプリを起動し、長文を入力するのは至難の業だ。絶対に、誤字脱字だらけの、意味不明な怪文書が出来上がるに違いない。
(……いや、待てよ? その誤字脱字も含めて、『副作用による言語障害』ってことにすれば、あるいは……?)
京介は、一瞬、その悪魔的なアイデアに心が揺れた。だが、すぐに首を振る。
(ダメだ。リアリティがなさすぎる。それに、もし学校が心配して、海外の両親に国際電話でもかけたら、一瞬で嘘だとバレる。僕の人生が終わる。同じ理由で、抽象的すぎる『家庭の事情』も使えない……)
万策、尽きたか。
京介は、頭を抱えた。視界の中では、キョウが全ての壺を割り終え、満足げに次の獲物を探して村の中を徘徊している。その無邪気な(?)姿が、今はただ憎らしい。
◇
しばらくの間、京介はうんうんと唸りながら、完璧な言い訳を模索していた。しかし、どれもこれも、リスクが高すぎたり、実行が困難だったりする。
もう、どうすれば……。
その時、彼の脳内に、一つの単語が、まるで天啓のように舞い降りてきた。
(……そうだ)
それは、あまりにも突飛で、あまりにも現代の高校生らしぬ、古風で、そして何よりも「面倒くさい」言い訳。
だが、それ故に、あるいは……。
(これだ……! 現代のコンプライアンスにおいて、この理由は、教師が最も踏み込みにくい聖域のはずだ! これなら、深く詮索されない可能性が高い!)
京介は、意を決した。彼は、手探りで枕元(ヘッドセットの横)に置いたスマートフォンを探り当てると、ホームボタンを長押しし、音声アシスタント機能を起動した。
ピロンッ。
京介は、かすれた声で、スマホに向かって簡潔に指示を出した。
「……宗教上の理由で休みます。と学校へメール」
(……多分、これで、田中先生宛に、件名『欠席連絡』で送ってくれた……はずだ。頼むぞ、僕のスマホ!)
京介は、スマートフォンの電源を切り、再び布団にごろんと横になった。
そして、小さく、自分に言い聞かせるように呟いた。
「これが最適解だ……よな。多分」
この先、キョウを教祖とした宗教のようなものがゲーム内で出来上がることを、京介は思ってもいなかった。




