第17話 意図しないギルドの結成
天才軍師ロジックは、もはやただの軍師ではなかった。彼は預言者であり、そして、新たなる神の教えを広める、最初の使徒であった。
彼の「師」である破壊神キョウの偉大さを、一部の者だけが知る秘匿された真理で終わらせてはならない。そのあまりにも深遠な戦術と思想は、このゲーム世界の全てのプレイヤーが共有し、学ぶべき福音なのだ。
その確固たる信念に基づき、ロジックは公式フォーラムに、一本のスレッドを立ち上げた。
【件名:【創設】ギルド『破壊神の信徒』第一期メンバー募集要項】
1:天才軍師ロジック
同志諸君。我々は、歴史の転換点に立っている。マスター・キョウという、既存の論理体系を破壊し、新たなパラダイムを創造する存在の出現。その意味を、我々は正しく理解し、後世に伝えなければならない。
ここに、マスター・キョウの思想と論理的な戦術を研究し、その教えを広めるためのギルド『破壊神の信徒』の創設を宣言する。彼の『死に戻り情報戦術』『無言の教え』『破壊と創造の哲学』に感銘を受けた、志ある者の参加を待つ。我々と共に、神話の目撃者から、神話の編纂者へと昇華しようではないか。
この、荘厳かつ論理的(に見える)設立趣意書は、瞬く間にキョウの噂を聞きつけたプレイヤーたちの心を鷲掴みにした。
2:名無しの剣士
ロジックさん! 待ってました! 参加します!
3:ワッキヤック
俺も入れてくれ! キョウさんには命を救われたんだ!
4:始まりの村民A
あの温泉には毎日お世話になってます! ぜひ入信させてください!
スレッドは瞬く間に勢いを増し、ギルド『破壊神の信徒』は、設立からわずか数時間で、100人を超える大所帯へと膨れ上がったのである。
◇
そして、京介がいつものように壺を割り、ミノタウルスに殺されている間にも、彼の全く知らないところで、信徒たちの熱狂は凄まじい勢いでエスカレートしていた。
ギルドの本拠地となった始まりの村の空き家では、生産職の信徒たちが、神への愛と忠誠を示すべく、日夜「聖遺物」の開発に勤しんでいた。
「試作品ができたぞ!『破壊神まんじゅう』だ!」
一人の菓子職人が、誇らしげに掲げたのは、見事なまでにひび割れた「壺」の形をした饅頭だった。中には、破壊された壺の無念を表現した(という設定の)黒ゴマ餡がぎっしり詰まっている。
「こちらも完成した!『破壊神せんべい』!」
別の職人が掲げたせんべいには、醤油で「ウガァァァ!」という神の御言葉が、見事な筆致で描かれていた。
彼らの暴走は、もはや誰にも止められない。
ゲーム内の生産システムは、プレイヤーの創造力と素材さえあれば、どんなものでも短時間で作り出すことを可能にする。その便利なシステムが、今、最悪の形で機能していた。
「『破壊神Tシャツ』、量産体制に入りました!」
「『破壊神マグカップ』、お求めやすい価格でギルドメンバーに頒布します!」
「究極の聖遺物が完成した……! その名も『破壊神の御車』! 車体はマスターの神々しいお顔を3Dで再現! クラクションはもちろん『ウガァァァ!』の聖句! さらに! ヘッドライトは、かつてマスターが岩を砕き温泉を湧かせた奇跡にちなみ、最大出力で岩石を粉砕する(理論上は)!」
もはや、それはギルドというより、新興のカルト教団そのものであった。そして、その教祖が、今この瞬間も自分のアバターの中で絶望している哀れな受験生だとは、熱狂する信徒たちの誰もが知る由もなかった。
◇
その夜、ギルドハウスでは、第一回の定例集会が開かれていた。教祖(不在)の代わりに、使徒代表として壇上に立ったロジックが、集まった信徒たちに語りかける。
「同志諸君。我々の活動は、順調な滑り出しを見せている。だが、現状に満足してはならない。我々は、マスターの偉業をただ称えるだけで良いのだろうか?」
その問いに、信徒の一人、ワッキヤックが立ち上がった。
「ロジックさん! 俺もそう思っていたところです! 我々は、マスターに何かお返しをすべきではないでしょうか? 我々信徒の力で、マスターのお手伝いをすることはできないのでしょうか!」
その言葉に、他の信徒たちも次々と賛同の声を上げる。
すると、パーティの隅で静かに話を聞いていた魔法使いの信徒が、おもむろに手を挙げた。
「一つ、提案があります。マスターは現在、レベル1という極限の縛りプレイを敢行されています。それは、彼の深遠な戦術において、現時点での最適解なのでしょう。しかし、いずれ、レベルを上げる『フェーズ』に移行される時が来るはずです」
彼の言葉に、全員がごくりと唾をのむ。
「その『審判の時』のために、我々が『贄』という名の経験値を、マスターに献上するのはどうでしょう?」
「経験値を……献上する?」
ロジックが聞き返すと、魔法使いは自信ありげに続けた。
「はい。マスターが魔王城へ向かうルートは、すでに我々の調査で特定できています。その道中に、我々がパーティーを組んでモンスターを大量に捕獲し、HPをギリギリまで減らした状態で配置しておくのです。そして、マスターには、その清められた『贄の道』をただ歩んでいただく。マスターは、指一本動かすことなく、ただ前に進むだけで、我々が捧げた莫大な経験値を、その身に収めることができるのです!」
そのあまりにも画期的な提案に、ギルドハウスは割れんばかりの歓声に包まれた。
「素晴らしいアイデアだ!」
「それならマスターの『情報収集』の邪魔にもならない!」
ロジックは、壇上で深く頷いた。
「採用だ。論理的に考えて、これ以上の貢献はないだろう。早速、計画を立案する! 総員、マスター・キョウへの『経験値献上作戦』の準備に取り掛かれ!」
「「「オオオオオオオッ!!」」」
信徒たちの雄叫びが、夜の始まりの村に響き渡る。
彼らの純粋な善意と、壮大な勘違いが生み出した「経験値」という名の愛情は、今はまだ、物語の進行上の理由で、レベル1で居続けなければならない一人の狂戦士にとって、致死量を超える『毒』となって迫っていた。




